第9話 触手と長風呂
黒服は資料の入ったSDHCカードと連絡先の書かれた名刺を置いて帰っていった。
自分のペースを取り戻すと冷静になるのだな、と思いながら見送った。
それからしばらくして、外から「終電が……っ」という叫びが聞こえたのはオチとしてはどうなのか。
「しっかし、間の抜けていた黒服であったな」
ゆーまはくいくい、と縦に体を動かす。
SDHCカードの中には件の団体の連絡先、ゆーまの種族に関する資料が収まっていた。
資料が読み込めるのを確認すると、ノートPCを閉じて、
「お風呂、はいろっか」
今度は嬉しそうに体を横に振った。
実際、ゆーまにとって風呂は気持ち良いもののようで。
桶の中に入れると身体から力が抜けてくたーっとしたり、触手を伸ばしたりしている。
触手を伸ばしているのはストレッチなんだろうか。
今日も桶の中で触手を伸ばしていた。
イソギンチャクのそれに似ている。
「風呂は気持ちいいかね」
ちゃぷちゃぷと水の音がした。
ならば、よし。
この風呂の時間にも慣れてきた、というか、楽しみになっている。
ゆーまを見ると目があった。
いや、目はないのだが頭をこちらのほうに向けている。
何を考えているのだろうか、と尋ねても答えてもらえないので、私が何がしたいのかを考えて、はい、か、いいえに答えられるようにせねば。
「来るか?」
くい、と頷いてからゆーまは、身体を深く曲げて、跳ねた。
空中で二回転を決めて湯船に飛び込んだ。
ちゃぽん、といい音がした。
湯船の中をゆっくりと沈みながら着地した。
私の右ひざの上に、だ。
服越しに肩に乗るのとまた違う感触。
これは、あれか、吸盤でくっついているのか。
試しに足をあげて膝を傾ける。
ゆーまは転がり落ちることもなく、右ひざにいる。
それどころか体を左右に揺らしながら触手を広げて歓喜の舞を披露してきた。
「ふむ」
あわせて自分も体を揺らすと、なんだか楽しくなってきた。
時間を忘れて、そして、のぼせた。
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