第2話 触手と肉

いつものように目が覚める。

身体を起こすと同時に目覚まし時計がなるのですぐさま止めてやる。

軽く体をひねったりしながら、全身に血が行き届くようにする。

頭がまわりはじめたところで、水槽の前に向かう。

相変わらず、丸くなっているのかと思ったら平べったくなっていた。

こんなに薄くなるのか、と感心しながら眺めていると、身体の内側から羽状の器官が伸びていることに気が付いた。

色はくすんだ緑だ。

もしかすると、体内のバクテリアと共生しているのかもしれない。

サンゴだとかそういう生き物だ。

これはウミウシのような感じだが。

こんこんと水槽を叩く。

ぴくりとそれは動いた。

ややあってから、ゆっくりと開いていた羽をしまっていつもの形に戻る。

まるで布団をたたんでいるようだった。

「おはよう」

と挨拶をするとぺこりと返してきた。

言葉がなくても日常生活が成立するのだな、と妙な感心。

朝食はトーストに適当にちぎったサラダ、目玉焼きにオレンジジュースだ。

とりあえず、栄養価は考えては、ある。

さて、問題はこの新たな同居人が何を食べるか、である。

「腹は減っていないのか?」

と尋ねるとやる気なさげに潰れていたそれは身体を少し起こして、よぼよぼと動いて、倒れた。

「腹が減っているなら何か作ってやろう。ああ、そうだ。ちょっと待っていろ。鶏肉があった」

トーストをかじりながら冷蔵庫に向かう。

鳥のささ身だ。

これを軽く湯がいてちぎって与えればいいだろう。

魚のほうが望ましいかもしれないがそんなものはない。

「鳥は好きかね?」

問いには小躍りが返ってきた。

どうやら、とても好きなようだ。

「もう少しで出来上がるから待っていろ」

すくいあげた鶏肉をざるに移して余計な水分を切る。

細かく裂いて水槽の上からゆっく落とすと触手がゆらりゆらりと伸びて、その肉を捕まえる。

そして、肉は触手に絡めとられて体の中に消えていく。

面白くなってきたので、それの目前まで肉を沈めてやる。

今度は私の手の形を確かめるように触手がはってきた。

くすぐったいぞ、もう、と餌をあげたあとに手を放す。

別にそこまで悪い感じはしなかった。

なんとなく配慮というか愛情を感じた。

親愛の感情だろうか。

不思議と悪い感じはしなかった。

彼は肉を食べるようだ。

彼と思ってしまったが、本当に男なのだろうか。

「男か?」

しばらく身体をくねらせてから、それはうなずいてみせた。

「そうか。よかったな、美女と二人暮らしだぞ」

などというと小首をかしげるような動きを見せた。

まぁ、顔が見えないのだから姿をどうこう言ってもしょうがない。

「ま、残念系だがね。さて、肉はまだあるぞ」

身体を起こして口らしき部分から触手が伸びる。

似たような構図を何かで見たことがある。

イソギンチャクだ。

触手をゆらゆらと揺らしながら肉を待ち受けている。

肉が触手に触れると絡めとって口に運んでいく。

なかなか見ていて飽きない。

「塊でも食べられるか?」

自分の食事のことを忘れていた。

それは身体を起こして胸を張るような仕草をした。

「任せろ、ということか」

今度は首を縦に振る。

「いったな。男に二言はないな?」

といいながら肉の塊をぶち込む。

塊が触手の先端に触れるとすべての触手で塊を覆いつくした。

「えらい光景だな」

と横目で見ながら飲むコーヒーは冷めていた。

だいぶ、彼にかまっていたらしい。

冷めたコーヒーはおいしいし、面白生物が眺められたので満足だが。

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