第4話 勇者の成れの果て(後編)

「不死の呪い……だって?」


「そうだ。魔王のおかげで、俺は死ねなくなった。それだけならまあ良かったんだが、ある時肉体が粉微塵になっちまってな。少々の傷ならそのうち回復するんだが、跡形もなく吹き飛ぶと無理らしい。それでも魂は死なないもんだから、近くにいたこの魔物の体に定着しちまったのさ。で、この有様だ」


 自称勇者にして不死者、リント・オルシーニ。彼の話に、ディルクはもう一人の不死者、サトヴァナを思い出していた。

 エクヴィルツ薬草店を訪れる度に痛み止めをまとめ買いする、死にたがりの女を。


 普通なら不死の呪いなんて一笑に付すところだが、なにぶん類例がある以上、笑い飛ばすことは出来ない。


「んで、今回魔王がまた復活したっていうじゃないか。もう一回奴をとっちめて、恩返しするのが今の俺の旅の目的さ」


「恩返し?」


「俺はまだまだ死ねないんでね。騎士は守るべきもののためならなんだって顧みないのさ。例えば自分の体とかな。というわけで魔王には感謝してるんで、その気持ちを込めてぶちのめそうと思う」


「なんと言っていいのやら……。ま、あんたはどうやら立派な騎士らしいな」


「それで、だ。――あんたはこの話を信じるか?」


 リントは赤い瞳でディルクを見つめた。試すような問いかけに、ディルクはやれやれ、とため息をつく。


「ホラ話だろ、と本当は言いたいところだが――。ちょっとは信じてやってもいい」


「へえ、物好きな奴だ」


「心当たりがないでもないんでね」


 リントはぴくりと両耳を動かした。あんまり突っ込まれても少々困るので、ディルクは話を変える。


「それにしてもドラゴンがこの近辺に出るとはな。二つ三つ峠を越えた奥にはドラゴンの巣がある、なんて噂は聞いたことがあるが」


「魔王が復活して活発化したんじゃねーのか? あるいは群れからはぐれたドラゴンだったのかもな」


 リントの言葉に、ディルクはひとまず納得する。本当にドラゴンと戦ったのかどうかはわからないが――――嘘を言うメリットも、話を面白くする以外には思いつかない。

 コイツならやりそうだ、とも思わなくはなかったが。

 そこで、ディルクはずっと横になって黙っている少女に問いかけることにした。


「さて、聞いてもいいかな、お嬢ちゃん。この魔物もどきが魔王退治に参加する理由はまあ一応納得するが、君はどうして魔王を?」


 しかし、ディルクの問いに少女、シーラは答えなかった。そういえば、彼女は今まで一言も発していない。


「無駄だぜ。シーラは幼い頃に魔物に両親を惨殺されて以来、言葉を失ったんだ」


 リントの言葉に、ディルクは何も言えない。沈黙が場を支配したその瞬間――――。


 突然シーラが立ち上がって手を伸ばし、むんずとリントの長い両耳を引っ掴んだと思うと、口を開いた。


「別に喋れないわけじゃないし、両親も無事。静かなのが好きなだけ」


 か細い声でそう言うと、リントをさっきまで自分が寝ていたベッドにぶん投げた。ぼふっ、という音とぎゃっ、という悲鳴が重なる。


「魔王がいると騒がしいから」


 それが、彼女が魔王を退治する目的らしい。見た目とその行動とのギャップに、流石のディルクも口をあんぐりと開けたままだ。

 怪我をしたばかりでまだ痛むだろうに、リントをぶん投げても少女は平然としている。鉄仮面を貫いていた。


「…………全く、妙な奴らだ」


 どうにか、そう言うのが精一杯だった。まあ、広い世界にはこういう奴らもいるのだろう。お喋り好きの勇者とか、無口な魔法使いとかが。





「やー、世話になったな。ディルクとか言ったっけ?」


 とりあえず人心地はついた。シーラの怪我も、骨や内臓なんかに異常はなかったので、薬を塗るのを忘れなければ化膿することもなくすぐに治るだろう。


「ま、礼はたんまりとさせてもらうぜ。こう見えても結構路銀は持っているのさ」


 な、という感じでシーラの方に顔を向け、同意を促すリント。一方のシーラは無表情で、首を横に振った。


「え、まさかドラゴンとの戦いで無くしちまったとか?」


 今度はこくん、と頷く。どうやら彼らは一文無しらしい。


「こりゃ参ったな……。他に金目のもんなんてねえしなあ。あ、ここで働くってのはどうだ?」


「あんたを置いておくと変な噂が立ちそうだな。……ん、待てよ。いい案がある」


 ディルクはにやりと笑う。その笑みに何か嫌な予感を感じたのか、リントはわずかに後ずさる。

 シーラは相変わらず、平然としていた。





 一週間後。シーラとリントは、ドラゴンとの戦いからすっかり回復していた。


 そして今日は、彼らの旅立ちを見送る日だ。――――そこにはフリッツも加わっている。鍛冶屋のガンツの孫にして、魔王討伐の志願者だ。

 仲間を探していたフリッツにとって、かつて魔王と戦った経験のあるというリントと、ドラゴンとの戦いから生還したらしいシーラはうってつけの仲間のはずだ。ほら話でないとすれば。

 まあ中身にいくらか問題がありそうだが、それはフリッツもお互い様だと思うので、ディルクは気にしないことにした。



「んじゃま、コイツの面倒はしっかり見させてもらうぜ。安心しろ、無事に魔王を討伐して戻ってくるさ」


 御者台のフリッツの膝の上にちょこんと座るリントの言葉に、横のシーラも取り敢えず、という感じで頷いた。


「ああ、よろしく頼む」


「いやー、しかし最初はたまげたぜ、ディルクの兄貴。見た目完全に魔物だもんなー」


 そう言ったのはフリッツだ。餞別としてガンツから送られた薬草類と鎧兜は馬車の荷台で、今は短剣だけを身に着け、鞘に収めた剣は脇においてあった。


「うるせーよ。ま、コイツもそんなに筋は悪くなさげだし、何より装備がいい。コイツに持たせるのが勿体ない業物揃いだ」


「うちの爺ちゃんと父ちゃんの作だからな! 魔王もいちころに決まってるぜ」


 威勢のいいフリッツに、ディルクは苦笑いをする。リントも先が思いやられる、といった感じでため息を吐いた。


「まあ、剣の使い方も道中みっちり教えてやるとするか」


 三人の見送りはレネとディルクだけだった。ガンツたちには適当なことを言っておいた。

 レネには事情を話したが、リントの存在は一応周囲には伏せられているためだ。皆との別れは前日の送別会で済ませてある。

 この中でも一番深刻そうな顔をしているのは、間違いなくレネだった。まあ何せ旅に出るのがフリッツだ、心配したくもなる。

 鍛冶屋の家系に生まれ、父や祖父から跡継ぎとして目をかけられていたのに、「飽きた」の一言で家業を放り投げてしまったような男だ。


 かと思えば、魔王退治である。一体何を考えているんだか。まあ、例えフリッツがボンクラだとしても、長い付き合いだ。その無事は祈ってやらなくもない、と思うディルクである。


「本当に行っちゃうんだね……」


「心配するな、レネ。俺はちゃんと戻ってくるさ」


「……うん」


 フリッツの言葉にも、レネは全く安心出来ない様子。彼らに世界の祝福がありますように、なんて唱えている。

 そんな二人のやり取りを見て、そうだ、とディルクは思い出す。


「おい、フリッツ。例のアミュレットはちゃんと身に付けてろよ」


「わかってるって、兄貴。そんじゃま、行ってくるぜ」


 フリッツは、胸元にぶら下げた白い魔物の後ろ足を右手でかざして見せる。そして、左手で元気よく手綱をさばいた。





「それにしてもお前、良い物を持っているな」


 馬車に揺られながら膝の上のリントが言うので、ああ、とフリッツは答える。


「爺ちゃんの剣と鎧か。それとも父ちゃんの短剣のことか?」


「確かにどれも逸品だが、それはさっき褒めただろう。俺が言っているのはそのアミュレットさ」


「あん、ああ、これか」


 胸元の幸運のお守りだ。さて、どれほどの効果があるのか。あれほど念を押されたんだから、それなりには期待していいだろう、とフリッツは思う。


「俺の経験上、そいつを持っている奴が死んだのを見たことがないぜ。魔王との戦いでもだ」


 しかし、リントの語る効用は予想より凄い。まあ、どこまでアミュレットのご利益なのかわからないが、とにかくフリッツは驚いて叫んだ。


「そうなのか、そりゃすげえ! ――じゃあこれは、嬢ちゃんにやるよ」


「は? お前の方が弱いんだからお前が持ってろよ」


「問題ないさ、あんたの後ろ足を切り落とせば丁度三つになる。三人とも生きて帰れるぜ」


「ふざけんな!」


 フリッツのとんでもない提案に、リントは全力で突っ込んだ。それからやはりため息を吐いて言う。


「――――ま、俺の経験上、こういう軽口を叩く奴は意外としぶといからな。期待してるぜ、フリッツ」


「軽口? 結構いい案だと思ってたんだけどな」


「やめろ! 後ろ足に手を伸ばすな! 短剣を握るな! コイツホントに大丈夫なのか!」


 リントが悲鳴を上げると、横から手が伸びて、その長い両耳をしっかりと握り締める。


「リント、うるさい」


 シーラが無表情で言うと、ぎゅっと両手に力が込められた。


「うわぁっ!? だからやめろって! 俺の耳は繊細なんだよ!」


「いやあ、大変だねえ、あんたも」


「半ば以上お前のせいだからな、フリッツ!」



 見送るものの胸中などお構いなしに、三人、あるいは二人と一匹の旅は賑やかに始まった。

 魔王討伐の旅立ちにしては先が思いやられる物だったが、胸躍る冒険の門出としては、それなりだったかもしれない。

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