第一章

王祖伝説




 曾て、大陸にはカーヴィナという名の国があった。


 カーヴィナは土が豊かで、他国との国交も盛んな国。これは、その時代よりも遥か昔から続いている事柄である。

 他国と良好な関係を結んでいたカーヴィナ。大陸でもその力をいや増す一方だったが、それには他の国の支持もあった。

 が、しかし、ある時を境に状況は一変する。

 三十二代国主として玉座に就いた男グラハム。──彼は暴君だった。それも、即位して僅か一年足らずで暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くし、稀代の暴君としてその名を大陸にとどろかせる程の。

 その目に余る悪行に、とある国の王が見るに耐えかねてグラハムを諌めた。

 諌めた王の国は、の国よりもカーヴィナと深い関係にあり、国交の歴史も何処よりも古い。故に、いくらグラハムでも自分の言葉なら無碍むげには扱わぬと考えたのだ。それには、他の国の王も同意見だった。

 彼ならば、と誰もが期待した王の諫言かんげん

 が、しかし、グラハムは行いを改める事はなく、それどころか大いに怒り、その国との国交を断絶した。

 ──それは、諌めた側としては大きな痛手だった。

 その豊かな土壌と地形や気候などの関係により、カーヴィナでしか生息・栽培する事が出来ない稀少な植物が数多くある。

 そしてその中には、難病に効く薬草も含まれていた。それも一種類ではなく、数十種類。

 国交を断絶されるという事はそれらが手に入らないという事。

 つまりは生死に関わる。

 輸出を停止されたの国は、カーヴィナ以外の国から薬草を秘密裏に流してもらい、何とか薬を製造した。しかし元々稀少な植物。数手に入るわけもなく、何十、何万もの民の命が失われたという。

 以来、他の国の王は、自国民に被害が及ばない限りはグラハムを黙認するようになった。


 その事実は、カーヴィナの民に絶望を与えた。


 幾人もの臣下や民がグラハムを討とうと立ち上がるも、内通者がいたのか、それとも其処此処に見張りがいるのかことごとく失敗。

 加担した者は一家皆殺しは当たり前。一族皆殺しなどという事例も多発した。

 自分だけならばともかく、愛する者達の命まで奪われるとなれば、誰でも躊躇ためらう。

 他国の救援もなく、自らが立ち上がる事も叶わない人々は、グラハムの布く悪政に只々苦しみ、怯えて暮らさねばならなかった。


 ──そんな絶望に包まれたカーヴィナの地に、ある時、一人の青年が降り立った。


 その容姿は並外れて美しく、その髪と瞳は銀色に輝き、彼の纏う空気は人々に畏怖の念を感じさせるものであった。

 美しき青年は、何故か人々からグラハムの事を聴きたがった。

 しかし、いくら彼が畏怖の念を感じさせる存在であったとしても、それ以上にグラハムを恐れる人々は彼の要望に応える事はない。

 彼は、決して無理強いはしなかった。話したくないと言われれば簡単に身を引いた。

 彼は話してくれる者が現れるのを、ただひたすらに待った。


 そんな中、王都から東に離れた村に住むマグリッドという若い娘が彼の要望に応え、恐れる事なくグラハムの事を詳しく語って聞かせた。


 話を聴き終えた青年はマグリッドに望みを訊いた。


 ──グラハムの退位と国の安寧。


 そう答えた彼女を連れ、彼は王都へと旅をする。


 マグリッドに家族はない。

 グラハムの悪政に苦しみ、体調を崩し、そしてマグリッドを残して息を引き取った。

 マグリッドは天涯孤独の身であった。

 王都へ向かう道中、グラハムの悪政にも屈せず、息を潜めてグラハムを討つ機会を伺っていた者達に出逢う。

 青年はその者達を仲間に引き入れ、グラハムの許へと導いた。


 ──青年の正体は、神だった。

 苦しみ喘ぐカーヴィナの民を救うために地上に降り立った慈悲深き神であった。

 しかし、神である彼が行動を起こすには、人々から直接話を聴き、願いを聴かなければならない。

 だが人々はグラハムを恐れて口を閉ざした。

 たとえ強制して聞き出したとしても、それでは何の意味もなさない。

 そんな時、マグリッドがそうと知らずにその役目を務めた。


 但し、神は万能ではない。

 神の世のことわりがあり、人に直接手を下すという事が出来なかったために、苦しみながらも決して屈せずに立ち向かおうとした者達の前、敵が阻む道を開いたのである。

 彼は、戦い、剣を振るう仲間を敵の刃から護りながらグラハムの許まで導いた。


 そして──、退位を拒んだグラハムは討たれ、暗黒の時代は幕を下ろした。


 彼は、仲間に全てを話した。

 自分が何者であるか、なぜ導いただけなのか。

 ──神である彼は謝罪した。

 だが、その謝罪は意味をなさなかった。仲間達は彼に只々感謝していたのだ。

 役目を終え、本来あるべき場所へ戻る段になって、彼は初めて迷いを持った。

 仲間に強い情を覚えてしまったためだ。

 そして何より──マグリッドを愛してしまったため。

 マグリッドもまた、彼を愛していた。

 彼女も仲間も、彼が地上に残る事を心の底から望んだ。

 けれどもそれは、神を辞めるという事。

 残れば唯の人になり今までのように護れなくなるがそれでも良いか、と問う彼に、皆、いい、と応えた。


 ──そして慈悲深き神は、神を辞めた。


 人となり、『人として生きて人として死ぬ』事を彼は選択した。

 人々は彼を新たな王にと望んだ。

 グラハムの息の掛かった者達は既に捕らえられており、異議を唱える者はない。

 彼は人々の願いを受け入れた。

 即位するにあたって、彼は僅かに残っていた力を幾つかの石として具現化させた。

 そして、その石にはそれぞれに役割を持たせた。

 それは、国の安寧、というマグリッドの願いを叶えるため。


 一時的な安寧など意味はない。


 自分が人として死したのちも国や民を護れるように、国と民のためとなる王が立つように、その石達を生み出した。


 そして彼は即位した。

 隣に立つのは妻となったマグリッド。

 彼の額には、自身が生み出した石が埋め込まれている。──それは王を選ぶ、王だけの石。

 マグリッドの額にも彼が生み出した石が埋め込まれている。──それは王の伴侶を選ぶ、王の伴侶だけの石。




 即位した彼は、ラージン・アンハルト・クレスフェルトと名乗り、国名をカーヴィナ国からシルフェレスト王国へと新たにした──。



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