少女の夢の街

空美々猫

色彩を欠いた世界

人間は夢の中に生きている。その人にとってその夢は、その人の現実である。人間はそれぞれ別々の夢を見ている。


人間は本来、孤独である。単独である。決して他人のことを本当に理解することはできないし、共感することもできない。

人間は他人の目で世界を見ることはできないのだ……。


しかしまた、人間は時に他者を求める。だから夢の中に共通了解のルールを設けたりする。


「これこれついてはみんなこう思うということにしましょう」


そういうルールの総体を社会という。そしてそれこそが唯一の現実であるなどという変な取り決めをしたりする。これは言ってみれば共同幻想だ。あたかもみんな同じ世界を観て、同じ世界を生きているのだと刷り込み、言い聞かせ、思い込む。


でも本当のところは、みんな別々の夢を見ている。みんな誰とも出会っていない。


出会っていないが、共通のルールを守ることで出会っているのだと言い張る。そうせずにはいられないほど、孤独が辛く苦しい時があるからだろう。だから人間は自分を欺く。出会っていると言い聞かせる。それはもう強迫的に……。


本当に人が人と出会うのは他人の夢に入り込む時である。あるいは他人の夢との境界線が揺らいだ時である。


僕はそんなふうにして彼女と出会った。


寂れた、日の昇ることのない街で。


人間のいない、その街で――。




実態の無い動物達が虚無をさまよっている。


彼らは何も食べないし、何をすることもない。


ただ彼らは移動し続けるだけだ。大地に吹きつける風が、一度として留まることなく、大地を吹き続けるように。


その街は狭くて細い路地だらけだった。


すべては石造りで、ひんやりとしている。


そんな無数の路地の中の、他よりも一層暗く、入り組んだ路地の一つで一人の少女と出会った。


僕はいつの間にか彼女の夢の中に迷い込んでいたようだ。


見慣れない風景、知らない街。


でも不思議な事に、なんの感慨もない。僕はそこに居て、そこに居た少女をただ眺めていた。


知らない女の子。黒髪で、なんの飾り付けもない粗末なワンピースを着た女の子。


少女は僕の方を見た。僕を見ているのか、僕の後ろの風景を見ているのか、そんな曖昧な視線をこちらに向けて、ただそこに立っている。


彼女はあまりおしゃべりではないようだ。


「こっち」


伝える気があるのか無いのかわからないくらいの微かな声でそう言うと少女は路地を奥の方へと歩き出した。


少女は裸足でペタペタと石畳の上を歩いていく。


路地にはもちろん人はいない。


遠くで獣の啼く声がする。


獣達は蜃気楼のようにぼんやりと漂っている。


少女は僕をどこに連れていく気なのか。


少女は振り返ることなく進んでいく。


少女の足取りには一片の迷いもない。ただ予め決められていたことを淡々と消化していくように、ただひたすらに歩き続けた。しかし僕が少女を見失うことはなかった。少女は僕が後を追うのに最も適した速度で歩いているようで、その背中は、僕にただひたすらついてくるように言っているように思えた。


その街はどこまで行ってもほとんど何の変化も見受けられなかった。それ程飾り気が無く、どこか不愛想に見えた。


そもそも人間が少女以外いないのである。


そういう場所の事を街と言えるのかどうかもわからない。


ただ石作りの建物があって、石畳が続いている。太陽が無い。街全体が薄い青みがかった膜で包まれたような色をしている。


ふと気付くと少女はいなくなっていた。


少女がいなくなると、もはやそこには実在性というものが存在しないようにさえ思えた。


蜃気楼のようにぼんやりと実体のない獣達が漂う石の街。


少女の見ている夢の街。


しばらくあてもなく歩き続けるうちに、急に喧騒が漏れ聴こえてくる場所に出た。


路地の向こうからはけたたましい騒音と、チクチクするような色が刺し込んくる。


そういえばこの街にはほとんど色というものがない。


路地の向こうから暴力的に刺し込んでくる光を見て不意にそんなこと気付いた。


僕はその路地の向こうへ行きたくなかった。


でもそれは否応なく僕の方へ迫ってきた。


「夜が明けるのよ」


ふと少女の声が聴こえた気がした。


またこれからあの不自然な夢を見ないといけないのか。


喧騒と光が僕を包んだ。


また僕は夢の中に産み落とされた。


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少女の夢の街 空美々猫 @yumesumudou

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