第5話「日本人」
あっ…もう終わりか…日本帰るか…
そう考えていると、入り口から一人の男性が歩み寄ってきた。
「日本人ですか?」
日本語だ!この人日本語話したぞ!
どうやら話はできるらしいな、早速事情を説明してみる。
「今日はもう手続きは終わりました」
違う!その話はもうそこの女性と何回も話したんだ!問題は寝る場所なんだ!
「じゃぁついてきてください」
おお!わかるじゃないか!流石日本語を話せる人だ!でもなんで私が中国語で話して貴方は日本語なんだ?
違う、そんなことはどうでもよくて。
受付を行っていた建物の隣の宿舎(?)へ。
中にはカウンターがあって、購買らしきところもある。どうやらここが留学生用の寮らしい。先ほどの男性はカウンターの女性と話している。
まずい、明らかに表情が曇っている。嫌な予感しかない。男性が戻ってきて一言
「部屋がありません」
なんてこった…受付で男性と会って20分、何も変化していない…
「なので、別の宿舎になります」
「は?」
「ここから歩いて20分です」
「あ、全然いいです寝れればなんでもいいです」
野宿危機、回避。本当に、本当に良かった。
この男性は良い人だ。ハーゲンダッツを奢ってあげてもいい。今はそんな金もないが。
建物の外に出るともう暗くなっていて、霧が立ち込めていた。男性はすたすたと歩いていくので私はただ着いていくことしかできなかった。
話が変わるが中国の大学は日本の大学とは違うユニークな個性がある。大学の敷地内に一般人が住んでいるのだ。家、レストラン、スーパーに市場、床屋まで揃っている。幼稚園もある。なので生活しようと思えば大学の範囲内のみで生活することもできる。まるで一つの町のようになっているのだ。
そんなちょっと不思議な場所を歩いていると男性が立ち止まった。
「ここです。」
ん?どうみても廃墟だが?中はまるで空き巣にでも入られたように散らかっていて、入り口には南京錠で鍵がしてある。
と思ったらここは元レストランだったところらしい。建物をぐるっと回りこんだところに小さな入り口があった。紛らわしいからやめてくれ。
中に入ると、ビジネスホテルのような小さなロビーに女性スタッフが二人と私と同じ日本人らしき男性が二人いた。
だが今はチェックインが先だ。男性が女性スタッフと話している。先程と違い空きがないという雰囲気ではなさそうだ。
「えっと、相部屋です」
男性は振り返りそう言った。留学に行く時点で二人部屋になることは知っていたので何も問題はないと言うと、男性は
「彼とです」
と言って奥の二人の内の一人を指した。
「どうも」
「あっどうも」
やはり二人とも日本人だった。よく見ると二人の内一人は見覚えがある。中国に来る前にゼミの教授に紹介された人だ。偶然にも、二人とも私の大学の先輩だった。私と相部屋になった人は面識が無いが、飛行機で私を見かけたらしい。
そこから面倒な手続きの説明が続いたが、殆どが右から左へと流れていった。一日目にして肉体的にも精神的にも疲れた。早く横になりたい。やっと鍵を受け取り、部屋へ向かう。階段しかないので、重たいキャリーバックを担いで上がる。やっとのことで部屋の前に着き、カード式の鍵でドアを開く。
中は意外にも綺麗で、不潔な印象は受けなかった。相部屋になったLさんと話し合い、窓側のベッドが私、手前がLさんということになった。互いに無言で荷物を確認する。
「X君(私の事)、俺今からS(もう一人の日本人)とご飯に行くけど一緒にどう?」
「すいません、食欲がないので…どうぞ二人で行ってきてください」
そっか、と言うとLは外に出て行った。と、同時に私はベッドに倒れこんだ。
嗚呼…ベッドだ…寝れる…
もうこれ以上の幸せはないのではないかと思うほどベッドは柔らかくて気持ちいい…わけでもない。やや硬い。だが日本の私の家の布団よりは上等だ。
あっそういえば案内してくれた男性の事を忘れていた。
因みに私は彼の名前も知らないし、今後ずっと会うことはなかった。
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