【短編】食卓と毒薬

食卓と毒薬

 今日は復讐の日だ。

 準備は完璧だ。もし、私が殺されても目的を遂行できるようにトラップも仕掛けてある。

 私は、化け物を遠くから見つめた。

 不自然に白い薄気味悪い色の肌、私達の何百倍もある異常に大きな身体にはおぞましい量の毛が生えている。身体にお似合いのドタドタした動きが煩わしい。他の生物を殺してもまったく心を痛めない腐った心の化け物め。

 少しづつ歩みを進め、彼らが囲む食卓へと近づいていく。

「みんなの仇は私がとるからね」

 奴らに聞こえないように小さく呟いた。

 まぁ私達の言語などこいつらには聞こえるはずもないだろうが。

 私達一家は、数年前までは平凡でありながらも幸せな毎日を送っていた。

 それなりに広い家。たまの休日にはご馳走を。父は厳格で、母はおおらか。しっかり者の姉に、少し抜けている兄、そして可愛らしい妹弟たち。

 しかし、幸せな日々はそう長くは続かなかった。

 私が成人を迎える日、両親が化け物に襲われたのだ。

 奴らとは、お互いを恐れ、敬いながらも長年共存してきていたはずだった。私達のご先祖さまの時代から、お互いを傷つけることは極力しないように暮らしてきていた。姿形が違うもの同士、相容れることは出来ないけれど同じ世界で共に生きる仲間であると思っていた。

 その証拠に、その日までは私達は彼らを見つければ視界に入らないように身を潜めていたし、彼らも私達の行動時間には眠るようにしてくれていたのだ。

 だけどそれは、私達が勝手に抱いていた幻想だったのかもしれない。

 ケーキを作るための材料を探しにいこうとしていた両親をみつけた化け物は、妙に甲高い声で叫び、曇天のような色をした棒で両親を殴り飛ばした。奴らと私達とでは腕力の差は歴然であり、母は一撃で亡くなった。父は動けなくなったところを何度も殴られ、そのまま絶命した。

私はなす術もなく、柱の陰からその様子をみていた。

その後、奴らは私達を根絶やしにしようとした。

私達の家に毒ガスを撒いた日もあった。食事にこっそりと毒をまぜ、私の家族たちを奪っていったのだ。無邪気な妹の好物に混ぜられた毒は妹の身体をじわじわと蝕んだ。

 最期に告げられた「ごめんなさい」という言葉を私が忘れることは一生ないだろう。あの子は何も悪くないというのに。

 残ったのは私だけだ。

 私は、奴らに一矢報いなければならない。そうでなければ、天国の家族も報われないだろう。

「絶対に後悔させてやる……」

 私の何倍もの高さがある、足の長いテーブルの下にたどり着く。

 木製の足に手をかけ、木の出っ張りを利用しながら登っていく。まるで、テレビで見たロッククライミングだ。

 奴らへの復讐は簡単だ。驚かしてやればいい。

 あんな図体のでかい化け物相手に、まともにやって勝てるわけがない。殺せるだなんて露に思えない。

 だから、驚かすだけでいい。

 ただ一度、私の姿をみて、叫べばいい。それだけで満足だ。奴らが恐れ、慌てふためく姿をみて鼻で笑ってやるのだ。

 闘志を燃やす。復讐をもう一度心に誓う。憎しみの炎を心に燃やし続けていなければ、疲れで手を離してしまうだろう。この程度で疲れるような鍛錬は積んでいないはずだが、高揚と緊張、だろうか。うまく手が上がらない。

 ゆっくり、ゆっくりとテーブルの足をのぼっていく。

 楽しそうに会話をしている。

 奴らと私たちの扱う言語は同じだ。声の高さは違うが聞き取ることは可能なのだ。今日の出来事を報告しているようだ。父と母、幼い二人の子供たちが笑う。なんとも幸せそうな図なんだろうか。

 憎い。なぜ私達はあんなめに合わされたのに、加害者である貴様ら一家は笑っていられるんだ。罪悪感の欠片もないのか。屑め。

 ああ、腕が痺れてきた。

 だが諦めるわけにはいかない。力を振り絞り、腕を伸ばす。テーブルの頂上に片手をかけ、もう片手もテーブルに。両腕に力をこめ、身体をもちあげる。

 這うようにしてテーブルへとたどりついた。

 食卓には沢山の料理が並べられていた。

 新鮮な野菜が盛られたサラダ、つやつやと光るご飯、もくもくと湯気をだす煮込みハンバーグ。黄色の油がきらきら光るキャロットグラッセ。あさりの香りを強く残すクラムチャウダー。

 なんて立派な食事なんだろうか。

 心を渦巻いていた憎しみがだんだんと落ち着きをみせる。

 いや、憎しみが減っていくのではない。ただただ冷静になっているだけだ。

 息を整えながら、この家の主である男を睨み付ける。

 そして、目があった。

 男は言葉を発さない。何も言わずこちらを見つめている。

 その視線をおって男の妻が私をみる。黒い瞳が大きく開かれ、金きり声をあげた。

 子供たちも母親の姿を見て、わんわんと泣き叫ぶ。

 一家は阿鼻叫喚と化した。ざまぁみろ。

 父親が勢いよく立ち上がり、どこからか曇天の色をした棒をとりだした。両親を殴り殺したあの武器だ。勢いよく私に振り下ろす。

 私はとぶようにその攻撃をよける。

 いや、実際に飛んだのだ。



「お父さん!お父さん!飛んだ!ゴキブリ飛んだよ!!」

 涙目の娘が私に駆け寄る。息子も目に涙を浮かべ、縋るような視線を送ってきた。

 二人とも、妻の虫嫌いの血を色濃く受け継いだようだ。

「……なんでまだいるのよ……」

 妻は深くため息をついている。

「まぁ、ゴキブリは一匹いたら百匹いると思えというからなぁ」

 辺りを探す。あいつらは、すぐさま巣に帰るような逃げ方はしない。経験上、一旦飛んだ場合近くの壁か天井に張り付いているのは分かっている。

 ぐるりと部屋を見回すと……いた。

 妻の背後の壁。真っ白な壁紙に換えたばかりだから、ゴキブリの姿を見つけるのは簡単だった。

 妻に目で合図をし、静かにしゃがませる。

 そして、丸めた新聞紙で奴を叩いた。



 背後から、バンッという大きな音が聞こえた。

 いや、背後からではなく私の背中からだ。

 息苦しさにうめくよりも先に、身体が壁から離れゆっくりと落下していく。

 身体が地面に叩きつけられるのと同時に私は死ぬだろう。そこで死ななくとも、あの男は私が死ぬまで、殴り続けるだろう。結局、この場で死ぬことには変わりない。

 だが、大丈夫だ。

 最後の最後にとっておきのトラップを用意してある。

 お前たちは私を殺した後、安心して食事をとるだろう。いつものように、メインディッシュはおかわりするんだろう?

 煮込みハンバーグの入った鍋に、仕掛けておいた。

 卵を、産んでおいた。私の子供たちを、お前らの腹の中で育ててくれよ。

 ね?私達ゴキブリが大嫌いな人間に対しての、最高の復讐でしょ?


                       【end】

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【短編】食卓と毒薬 @naoru

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