▽それは春と共にやってきた△<9>
6
土の月、三十三日。
古今東西、権威を極めようとする人物が取る行動といったら、その権威を目に見える形にして民衆に示そうとする事と相場が決まっている。格式が悪いとは思わないけれど、それに巻き込まれた一般市民からしたら迷惑な話だ。今私が見上げているこの城は、一体どれだけの血税を搾り取って建てられたんだろうなと考えると当時の市民に同情せざるをえない。
王都の中心に位置する一般人立ち入り禁止区域、王城。強固な城壁に囲まれた内側の土地は、それだけで一つの街が作れるんじゃないかというくらいに広い。そしてその中でも特に目立つのが天を衝くような二つの城だ。
「山みたいだな」
視界の端と端にある両者を見比べながらぽつりと呟いてみた。自分がちっぽけな存在である事を嫌が応にも知らしめてくるそれらのうち一つへと歩く。
王城内部は大きく分けて三つの区画がある事は知っていた。結構有名な
私から見て左に位置する方向に
そしてその城と私の間にある緑の一帯。あれが庭園区。なんというか、これを庭と呼ぶのが馬鹿らしいくらいの大きさの自然公園がこの城の中にはある。残念ながらこちらも開放はされていないので、楽しめるのは一部の権力者のみとなっている。
今度は右を見る。色々な建物が入り乱れた区画が見える。ここは行政区と呼ばれ、数々の府庁、合同庁舎が集まる場所となっている。その中でも目立っているのは今私が向かっている場所であり、王城よりは小さい物の城の形をした建物だ。
行政施設までも王城の中にあるのには勿論理由がある。
昔、多くの貴族が王に反乱を起こした事件があった。他の貴族達は事態がどう動くのか静観していた時、たった一人の貴族が立ち上がり王を城から救出し再起を整え、反乱軍を打ち破ったという逸話が今日まで語り継がれているが、王はその貴族を己の半身と褒めたたえ、王城の敷地の一部を分け与えた。更にはそこに城を建てさせたという。
その貴族の一門が没落した後に、再利用される形でここを議会にしたらしい。時が過ぎ、王族の権威が失墜するとこの議会を中心に国の運営が行われ、周囲に他の政治の場を集めた結果、いわばリオネン王国の頭脳ともいうべき行政区が出来上がったわけだ。
昔の王様の半身ともあろう人は自分の居城がこうなっている現状をどう考えるだろうか。国の舵取りの場となって貢献している事を誇りに思うだろうか。それとも自分の家が潰されて城までもが奪われ、利用されている事を憎らしく思うだろうか。
「ん……?」
はて、この話を聞いたのは師匠の所だったか。この感想をどこかで聞いた気がするが、そうだとすれば師匠以外の口から出そうにもない言葉だけど。しかしそれは記憶の集積所に埋もれてしまって定かではなく、どうしても思い出せなかった。
学校に通っていた頃に習ったとしても先生がそんな皮肉を喋る事はないだろうし、議員になってから聞いたのなら記憶に残ってそうなものなんだけどな。
一旦思考を切り上げる。行政区域前にある噴水広場に到着したからだ。煉瓦の石畳と花壇が芸術的に配置されたこの広場だって相当立派なのだけれど、向こうに見える王城前の庭園区はもっと凄いんだろうな。背の高い生垣によって見えないようにされているから想像でしか語れないけれど。
いや、王城はいい。行政地区を見る。
西州議会も歴史で見ると相当古く、また大きいのだけれど、さすがに目の前にそびえる城には敵わない。議会をするだけならば大きな広間が一室あればいいだけなのだし、待機所やその他運営するために必要な部屋を揃えるにしてもこの城程の大きさは必要ない。一体他の空間は何に使っているのか謎である。
もしかしたらまだ城としての機能も残っているのだろうか。有事の際には防衛に使えるようにされているとか。少し知的好奇心に掻き立てられる。
ほとんど真上を見上げる形で下から城の天辺を見る。雲に届きそうに見える城の頂点は、剣のように尖っている。
なんだか上を見るだけで疲れて視線を下に戻した。ずっと見上げていると首が痛くなりそうだ。これでまだ小さい方の城というのだから恐ろしい話だろう。遠くに見える王城は、これよりも更に大きくて派手だ。
「…………」
そこで視線と小さな笑い声に気付いた。恐らくこの行政区で働いている人達だろう。田舎者を嘲笑うような視線が突き刺さる。
広場の真ん中でぼけっと上を見ていれば私は田舎から来ましたと喧伝しているようなものだ。勝手に田舎者だと思われる事はいいけれど、自分から田舎者だと名乗っていた事は恥ずかしい。眼鏡をかけ直す仕草をしながら噴水の方に近付いた。
色のある煉瓦は不思議な模様を描いて足元を楽しませている。広場の大きさと比べると可愛らしい花壇には、これまた小さくて可愛らしい花々が植えられている。多分疲れた人の目を休めるためにわざとそのような工夫がされているのだろう。確かに派手な景色を見ているとさっきの私みたいに疲れてしまう。素朴さや小ささを眺めていると、心が癒される気分だ。
しかし、
「早かったかな」
はてさて、広場には人影はない。呼び出された場所はここで間違いないはずなんだけど。事実、城門を通る時にはここに行くようにと指示されていたし。
本来であれば公務が優先であり今日にでも国立第一魔法研究所に訪ねるべきなんだろうけれど、それを先送りにして私はここに来た。それだけの理由があるんだけど、私がここに呼ばれた理由に関しては分からない。一体あの方は私に何の用があって呼び出したのだろうか。
そんな事を考えていると、これからの事を思い出して緊張で胃の辺りがキリキリとしてきた。遣いの方が来た時にも胃が痛くなった。そりゃあそうだ。私が会えるような身分じゃない人からいきなり面を貸せという伝言をもらって呼び出されたのだから。
私は気を紛らわせるようにもう一度眼鏡に触れる。お願いだから早く来てくれ。胃がもたない。
「ん?」
ふと視界に入った広場の中心にある噴水が気になった。
噴水のある方向から流れてくる水気のある空気は、気分の優れない私に清涼感を与えてくれている。しかし同時に、ちょっとだけ違和感を覚えたのだ。例えるなら、夏の熱気にやられている時に感じた風が、自然によるものではなく人の手によって作られた物だった時のような違和感。どこか空気の流れが人工的で、張りぼてのようなぎこちなさを感じる。
噴水に近付く。噴水の像――瓶を優雅に担ぎ上げた美しい女性――から水は流れ出ている。それ以外には何もない。少しはしたないと思いつつも好奇心が勝り、瓶を横から覗き込んでみた。
「やはり……」
瓶の奥に光る物を発見して呟く。これは魔法道具だ。
魔法道具が誕生したのは確か世歴215年だったか。二百年も経つとここまで進化するものなのだろうか。顔を流水に当たるすれすれにまで寄せて、ようやくマナの流れに気が付く。極限までマナの消費を抑えているからこそ気が付かなかったのだろう。
奥に見える光はマナ・マテリアルといい、マナを出来るだけ濃縮させて水晶やガラスに閉じ込めた物だ。意図した魔法の発動には人間の意識的なマナの操作が必要である、という常識を覆させたという事で魔法界の歴史の転回点を作り出した画期的な発明品。
魔法の原理に関しては旅の途中の本にも記されていたが、魔法のためにマナに意図した形や流れを与えなければ意図した魔法の発動は不可能である。それ故に人の意志なしで魔法は発動不可能とされていた。
ところがその通説は覆された。マナ・マテリアルの外側にマナを操作できる機能を予め作っておく事で、マナ・マテリアルから解放されたマナがその流れの通りに働く。そうすれば魔法と同じ効果を発動出来る。これらの働きをするものを魔法道具といい、今までの常識を覆した魔法道具は急速に人間社会に普及していっている。
だけど、魔法道具を作るのは言葉で言う程に簡単なことじゃない。生半可な知識と魔法の技量では元となるマナ・マテリアルさえ作る事が出来ないのだから。
瓶の奥にある光のように、通常見る事も触る事も出来ないマナは、一定以上にまで濃縮されると光を放つようになる。この発光するまで濃縮する作業はマナさえあればどこでも実行出来るのだけれど、これが途方もなくしんどい。普通の魔法を使用する際にはまずやらない。
私は魔法の操作に関してはそこそこの自信がある方なのだけれど、発光状態を維持しろと言われても一分も持たないだろう。イエン氏とひと悶着あった時もそうだったけど、マナはなるべく均一になるように動くという性質上拡散しやすいから、その場に保ち続けるのが難しいのだ。筆舌に尽くしがたい難しさがある。
しかし魔法を発動させるには一定以上のマナが必要。魔法に必要なマナの量を空気中に存在するマナと同じ濃度で閉じ込めておくとしたら、とんでもなく大きな容量が必要となってくる。そんな物は勿論持ち運べるわけがないし、設置するのも大変だ。
かといって、濃度を圧縮してもすぐに拡散してしまう。この特性故に魔法道具は何度も発案されながらも実現不可能とされていた。
だけど、二百年程前にマナを発光状態で保ったまま水晶の中に閉じ込める方法が確立される事によってその不可能は打ち破られた。そしてマナ・マテリアルが作られ始めると魔法道具の発展の夜明けとなる。
なにせ先も述べた通りにマナ・マテリアルとそれに意図した魔法を発動させる機能を職人が組み込みさえすれば、魔法道具の使用者自体は魔法に対する造詣がなくとも使用出来るのだから便利だ。しかも水晶自体は小さいため、用途を選ばずに魔法道具として利用できる。
まあ、とはいっても自由に作れるわけじゃないんだけど。
この噴水の仕掛けで一番気になった事が一番の問題点。
マナの流動に関してだ。
魔法アレルギー疾患者が急増している今日、魔法使いに対する魔法禁止令だけでなく魔法道具に関しても制限がかかっている。
一定以上のマナ操作量を超えた魔法道具は許可がない限り使用は禁止。街の街灯も昔は魔法道具単体が吊り下げられていたらしいけれど、今は大体銅といった金属が周囲につけられる事によって、弱い光が金属に反射し、光を増幅させて照らせる範囲を広げたり光量を増したりといった工夫がされている。つまりは大掛かりな魔法を使う魔法道具は作った所で使えない。
魔法道具製作者は、強すぎず弱すぎない魔法道具の製作を求められている。ただ強力な道具を作る事が出来るだけではこの仕事は勤まらない。これがこの道が難関・難問と言わせしめた。憧れてその道に進んだ人はまず魔法道具が作れなくて挫折し、次にこの絶妙な折り合いを実現出来ずに挫折するらしい。
そうして生き残った一握りだけが魔法道具製作者になる。優秀な者しか残らないわけだ。
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