Fifth

 来た時と同じ二輪のモーターサイクル。シートの後方にはレザー製のバックが装着されている。雑多なものを少しばかり入れる事が出来た。大型の自走二輪は若者の間で人気だが、かつて地球を走っていた時の派手なエンジンの唸りは聞かれなくなった。ガソリンは供給停止、代わるエネルギーの電気自動車ばかりになっている。彼の二輪もそうだ。今も健在なハーレー社製。別に彼が所有しているわけでもなかったが。

 雑多な荷物の中から、通信機を取り出す。掌に収まるサイズのコンパクトなタイプだが、デイビスはあまり頻繁に使用しない。

 警察車両が数台、ホテルを包囲するように停車している。周囲の野次馬はポリスの制止に怯みながらも首を伸ばしている。少しでも情報が欲しいのだろう。

 彼は何食わぬ顔で、遠くホテルを見下ろす河の堤防にモーターサイクルを停めている。鉄格子の向こうに見えたあの風景は、実際に造成されたものだった。

 どこまでもノスタルジーに浸ろうとするこのドームの住民は、未来に目を向けるつもりがないらしい。

 ポプラの街路樹がどこまでも続く大通り、長閑な田舎の田園風景、そのどれもが絶望を映している。

 未来を諦めた街。


「ご苦労様。」

 通信機を耳に当てたデイビスの隣に女が立って声を掛けた。モンローウォークの艶っぽい足取りで近付いてきた女。腰に当てられた手が、何かを言いたげな彼女の意志を代弁している。

 紅いルージュが引かれた唇は少し厚ぼったいが、魅惑的にぬめっている。扇情的な目元には濃い色のアイシャドー。ブラウンの目じりはパールで煌いていた。均整の取れた小麦色のボディを黄色いスーツに包んでいる。黒人系のソバージュヘアに、エキゾチックな中東風の顔立ち。美しい容姿と言えた。

 さして興味もない風で、デイビスは通信機の向こう側に集中している。

「先に本部へ連絡を入れさせてくれ、……任務完了、これより帰投する。」

『了解です、BC-2045。帰還の後、メンテナンスルームへ直行願います。』

 肩を竦めて、デイビスは通信機を切り、バックの中へ投げ落とした。

 両腕は、血の滲む包帯が厚く巻きつけられていて、一見すると痛々しい。本人は平然としており、事実、痛みもない。痛覚は自在にカット出来るのだ。デイビスの本体は、チタン合金の骨格のみと言っても良い。


「無茶な動きは控えるようにって言われてたでしょう。自業自得、よ。」

「面倒だったんだよ、あの禿げ頭は近付くのもうんざりだ。」

 ソニックウェイブはデイビスにとっては、切り札にも近かった。負荷が高く、メカニズムに変調をきたす可能性がある。その為にメンテナンスルームへの直帰を命じられた。

 月面のみにその居住区を縮小された人類だが、変わらず国際連邦は機能した。むしろ、人口が減ったが故に正しく機能し始めたという面もある。

 人間は数が少ない。危険な職業はロボット化された。連邦捜査官もその一環だ。

「禿げた中年男は嫌いだ。ボスを思い出す。」

「言いつけてやろ、」

 美女が唇を歪ませてくつくつと笑う。


 デイビスはフロントの男を思い出していた。

 鋭く、無遠慮な視線。なによりあの禿げ上がった頭の形が、苦手な人間ボスにそっくりだった。結果的には、それが連中の油断を招き寄せてくれた側面もある。

 鬼と呼ばれる教官は、連邦捜査局の長官を拝命し、そのままデイビスの上司となった。

 デイビスの名前も偽名だ。人間ではない彼に名前や本籍などはない。コードはBC-2045。

 機械である彼には本来、性別すらも無かった。油圧シリンダーのコントロールと筋力調整をするだけで、簡単に顔の造詣、体格まで変化する。事件捜査に特化した機体。

 だが、完全なロボットではない。人工頭脳に宿る意識は人間のものをコピーしている。

 コピーされた意識は、果たして純粋な人間のパーツと呼べるモノなのか否か。機械たちは関知しない。


「今回の事件、概要を聞きたい?」

 美女が意味深な微笑を浮かべて、流し目を送り付ける。

 顎で促すと、小さく頷いた。

「被害者の累計は百名を越すと見られているわ。貴方の到着で救い出されたのが三名、いずれも成人男性、年齢は二十代前半が一人、後半が二人。モーテルの経営者家族はここを訪れる若者を狙って拉致、監禁していたようね。」

「そうして、順番に殺して食ってたんだろう。聞いた。」

 人類が破滅に向かい始めてから、このタイプの犯罪者が増加した。

 人が人を食うのは、優越感を求めるためとも回帰願望とも言われているが、増加の原因は不明だ。


「自分たちで食べるだけでなく、鹿の肉と偽って市中の肉屋に売りつけてもいたらしいわね。……他者にも食べさせたいと思うようなら、末期だわ。」

 女は精神分析医だ。捜査局に勤務している。

 常習的殺人者の特徴として、その犯行を密かに社会へ認めさせたい欲求があるらしい。彼らもまた、肉屋を介して一般市民が人肉を口にする様を想像して悦に入っていたのだろう。

 デイビスにとっては、殺人者の精神構造などはさして関心もない。

「あの中年女、容姿は四十代半ばといった風に見えたが実際はどうなんだ?」

「延命処置を早くに受けていて、半機械化。実際の年齢は86よ。亭主が89、逮捕された祖母は135歳で、娘に至っては65歳。」

「ロリババァか、」

 侮蔑を込めた嘲笑。

 人類は、未来を諦めている。だが、人生まで諦めきれる者は少ない。


「通報はその肉屋から来たわ。定期的に鹿の肉を売りに来る知人が居るが、どこから仕入れてくるのか調べてほしい、という内容のメールが衛生局へもたらされたのが去年の中頃。サンプルとして送られた肉の成分が極めて人間に近いという結果をもって、捜査局へ回されたのが今年の初め。

 で、現在、ね。」

 地球は滅びたのだ。鹿や猪といったポピュラーな野生動物も、動物園にでも行かない限りは見ることが叶わない希少生物だ。人間よりも遥かに数が少ない。

 犯罪者は、思考回路が徐々に崩壊してゆくから、簡単な矛盾にも気付かなくなる。

 デイビスは頷いた。

「綻びは意外なところから、か。」

「十数年間、事件は発覚することがなかった。その原因については目下調査中ね。」

 彼女はさらに近付いて、デイビスの隣に密着して二輪に体重を預ける。

 機械でも構わないというこのテの女には理解が及ばず、デイビスは眉を顰めた。人間は人間と恋愛をするべきだ、未来を思うのなら。機械に恋をしても、何の発展もありはしない。溜息を吐き出した。

 この事件が明るみに出なかった理由は、おそらく人間には見つけることが出来ないだろう。

 冷酷な眼差しで見守る者だけが気付いている。

 徐々に狂い始めている人類を。


「きゃっ、」

 突然、デイビスはエンジンを掛けて発車させた。

 安心しきっていた彼女は前のめりになって二輪から離れる。同じ色のヒールが片方脱げて、さらに前方へ転がった。

 脱げたヒールを拾い上げて彼女が屈めた腰を伸ばした頃には、もうデイビスの駆る自走二輪の姿は遠くなっていた。

「んもうっ、覚えてなさい、機械人!」

 減った人間の代わりに増えているのは、デイビスと同じコピーの人類だ。


  demi-human(デミ・ヒューマン)。 ―――人類にとって代わる者たち。


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【SF】DEMI‐HUMAN 柿木まめ太 @greatmanta

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