第13話 実家の危機
アパートへ帰ってきて集合ポストを覗いてみると、取り忘れた朝刊と夕刊、そのほかに不動産やデリヘルのチラシなどにまじって実家からの手紙があった。電話をかけてもロクに話も聞かないで切ってしまう僕に業を煮やして送ってきたものだろう。部屋に入って一息ついたところで携帯電話が鳴り出した。それは母親からで、手紙は着いたか、着いたのならじっくり読んで返事をくれという内容のものだった。
しかし僕は、どうせ読んだとしても自分の気持ちは変わらないと考えていた。よしんば田舎に戻ったところでいったい何ができるというのだ。もちろん僕は家業を継ぐ気持ちなどはまったくなかった。酒とビールとジュースの自動販売機に囲まれて、日中は軽トラに乗って旅館や料理屋へ配達や御用聞きにまわり、そしてまだ日も沈まない夕方からは近所のノンべー相手にコップ酒を売る立飲み屋のおやじなどには、とてもじゃないがなる気はなかった。すでに酒屋が酒を配達し、酒屋に酒を買いにくる、そんな悠長な時代はとおの昔のことのなってしまったのだ。
手紙の内容は、やはり実家へ帰れというものだった。それは一時的な帰郷ではなく、大阪を引き揚げてこいというものだった。僕が考えていた以上に実家の状況が変わっていた。つまり父親が腰椎を痛めたらしい。そのため店は休業し、母親が付き添って治療とリハビリのための通院をしているが、その効果如何では入院して手術もしなければならない状態であるらしい。治療費はかさむし収入がない。この際、思い切ってコンビニエンスストアーにしたらどうかとひとに勧められたのだが、ぜひ相談に乗ってくれというのだ。なるほど実家は県道のそばにあり、近くには最近十階建ての県営住宅や分譲マンションなども建設され立地条件としては悪くないらしいのだ。
しかし入院して手術というのは眉唾物だろう。たしかにビールケースの積み降ろしは腰に負担がかかり腰椎を痛めることにもなるのだが、僕が実家を出るかなり以前にはもうほとんど配達はなかったはずだ。むしろ立ち飲み屋のおやじとして肝臓を悪くしたというのならもう少し説得力もあるのだが……。だからもしコンビニを始めるにしても、それは両親がするのではなく息子である僕に店のすべてを任せてしまおうという魂胆があるのではないか……。そう思うと、さすがに両親のことは気がかりだが、簡単に「はい、わかりました」と踏ん切りがつくものでもなかった。
(つづく)
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