第12話 御堂筋の恋人たち

 午後の御堂筋は日も翳って寒々としていた。葉を落とした銀杏並木を縫って冷たい北風が吹きつけてくる。僕は地下鉄には乗らずに難波まで歩いた。べつに運賃を節約しようと考えたわけではなかった。だから単なるその場限りの気まぐれだったのか、それとも凡人特有の愚にもつかない閃きだったのか、いや実際それもさだかではないが、二駅2キロ弱の行程は思惟思索には適していた。ただ、アパートへ帰るのが三十分ほど遅れるが、それは大した問題ではなかった。だから、とぼとぼとでも歩いた方が、たしかに気がまぎれてよいのかもしれなかった。


 しかし、目に入るのは大阪のメインストリートに割拠する一流企業。都市銀行だの百貨店だのホテルだの、僕をさんざんもてあそんだ恋人たちだ。そんな御堂筋から外れた裏通りの裏筋の、受付もエレベーターもない四階建てのビルの一室、倉庫とも呼べそうなすすけた穴蔵を借りている河野マネキンとは、同じテナントであっても天と地以上に大違いだった。


 大企業にはステータスがある。プライドがある。給与が高い。福利厚生が充実している。若くて美しい女性がいる。エリート社員として対外的にももてる。つまり、充実した生活を送れるということだ。新卒で入社して、社長とは臨むべくもないが、平取締役の一人くらいには何とか昇進したいものだと思う。


 ところが心の中で描いてきたそれらの理想も、最近なにやら胡散臭いリストラとかいう外国の施策に翻弄されている。今や終身雇用制度は廃止、年功序列制度は撤廃、と高度経済成長時代を支えてきた日本的企業理念の根幹が崩壊し、結果、社員・従業員はないがしろにされ確固たる理由もなくただリストラの名の下に切り捨てられるのだ。さながら戦国時代の下克上を思わせる世の中――。


 そんな厳しい状況下、僕は生きてゆけるだろうか……。たとえ入社できたとしても、果たして僕は権謀術数をろうしてまで同僚たちを騙し、欺き、押し退けて、這い上がっていけるのだろうか。途中でリストラの餌食にならないともかぎらない。で、あればいっそうのこと――。いや、やっぱり、やってみない限りは――。と、考えが錯綜する。


 しかし、できるできないはまず入社試験に合格しなければ考えても無駄である。と、結論づけたところで顔を上げると、難波だった。僕は目の前にある地下街への階段を駅へ向かって下りていった。



                              (つづく)

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