第10話 夢?

 翌日、目をさましたのはお昼に近い時刻だった。昨夜、鳴瀬が帰ってから、すぐに寝床へ入ったのだが、目をつぶってもなかなか寝つかれないでいた。奥の部屋に住むホステスの酔いつぶれた足音が、いつものように暗い廊下に響いていたのを覚えている。だから時刻は三時を過ぎていたのだろう――。

 それからしばらくしてドアの向こう側に人の気配を感じ、僕は寝返りを打ったのだ。そうしてふと目を闇に凝らしてみると、そこには場違いな大きな窓があり、その窓の外には美しい街の夜景が拡がっていた。僕はすぐに理解した。いま自分がいるのは、あのシティホテルの一室であると。クリスマスケーキを販売しながら眺めた駅向こうのシティホテルのベッドに、僕は横たわっているのだ。

 突然、カーテンの一つが大きく内側にひるがえった。どうやら窓を閉め忘れたらしい。閉めようとベッドから起き上がると、いつの間に現れたのかサンタクロース姿のゲンさんが、「ほい、メリークリスマス!」と笑いながら部屋に入ってくるところだった。ゲンさんは、肩に何かを担いでいた。ぶ、たぁではなかった。よく見ると女性だった。ゲンさんは裸の女性を担いでいるのだ。僕からは女性の尻から下しか見えないが、薄桃色の肌は透けるように薄く、大きな尻が左右に割れて、両腿との間にひし形の影をつくっていた。ちょっとかわいい、店の女の子――あのマリア様に違いなかった。

 なるほど、そうだったのか……。店長が「持って帰ってもいいよ」と言ったのは、彼女のことだったのか。そう思うと、ゲンさんには申し訳なくて、「すみません。わざわざ届けていただいて……」と言いながら近づき、背後に回ってみると、背中に担がれていた女がくるりと顔を向け、「決まってるじゃない、弁償よ。弁償!」と甲高い声で言ってからケラケラと笑った。女はマリア様ではなくて、土田弥生だったのだ。それからどうなったのか、僕の記憶にはなかった。


 しかし、おかしな夢を見たものだ、と僕は布団の中で渋面を作った。部屋には薄地のカーテンを透かして僅かだが陽の光が洩れ入っている。起き上がってカーテンを開けると、北側の屋根や軒下に薄っすらと雪が残るだけで、地上は汚い茶色の泥となっている。壁の時計を見ると、11時半を過ぎていた。


「結局、返しにこなかったなぁ……」


 事情が事情だけに、僕は腹立たしくは思わなかった。むしろ、悪い予想が的中したように、素直に諦めがついた。せいぜいアルバイト代で弁償できるかどうかの方が気がかりになってしまった。いや、それ以上に土田にどう言い訳をすればいいのかを考えなければならない。そうなると、やっぱり気持ちが萎えてくる。サンタクロースの衣装なんて、どうせ来年のクリスマスまで使わないのだろうし……だから事務所へは慌てて顔を出すこともない。僕はアパートの隣にある喫茶店に昼飯を食べに行くことにした。


 ところが、玄関のドアを押し開けてみると、外側のノブに紙袋がぶらさがっていた。中を覗くとサンタクロースの衣装とスニーカー、それにメモ程度の手紙が添えられていた。


 ――昨夜は、思ってもみなかった楽しいクリスマス・イブを親子三人で迎えることができました。

   ほんとうに、ありがとうございました。――


 たったそれだけの文章だった。


 どうやら深夜の人の気配は、夢ではなかったようだ。ランチを食べ終わるとその足で、僕は事務所まで行くことにしたのだった。



                               (つづく)

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