第9話 手ぶらのサンタは絵にならない!

「いや、すっかりお世話になりました。おまけにくだらない身の上話にまでつきあっていただいて……」

 鳴瀬は深々とお辞儀をしてから立ち上がった。


「警察へ訴えたらどうですか」

 同じように僕も立ち上がった。


「警察ですか……」


 ヤミ金は所在が明らかではないが、債権譲渡した暴力団はおそらく関連があるのだろう。その事務所がわかっていて、橋の上から落そうと脅したやつらも判明している。一網打尽に捕まえれば、辛い毎日から解放されるのだ。


「そうですよ。殺人未遂で逮捕してもらうんですよ」

「なるほど、そういう手もありますね。いや、いいことを教えてもらった。ありがとうございます。ついでといっちゃなんですが、この衣装をお貸しねがえませんか。明日の朝には、必ずお返しにあがりますので――」

 男は僕の提案に、さほど興味もしめさずに言った。

 僕の脳裡には、土田の怒った顔が浮んだが、しかし他に服はないし、返すというので応じた。


「ええ、どうぞ。かまいませんよ。それで警察へは……」

「とにかく一度、家へ帰ってみようと思います。たぶん心配していると思いますので……」

「そうですか。じゃあ、これ使ってください」

 僕は携帯電話を差し出した。


「あ、いいです。家の電話は料金未納で止められているものでね」

「じゃあ、早く帰られたほうがいいですね。――そうだ! スニーカーは履けるでしょう。無理だったらかかと踏んづけちゃってください。これはもう、返さなくっていいですから」


 玄関へ行き、下駄箱から擦り切れたスニーカーを引っ張り出した。


「恐れ入ります」

「あのう、タクシー呼びましょうか。五千円くらいならいま持っていますから」

「とんでもない。近くですから歩いて帰ります。今夜はイブだから、まんざらこの恰好でも違和感ありませんものね」

 鳴瀬は子供のような無邪気な顔で笑った。


「でも、寒くないですかねぇ」

「大丈夫ですよ。ごらんの通りの体で暑がりなものでね。では、失礼します」


 ドアから出て行こうとする鳴瀬の大きな背中が、なんとなく物悲しい。何かが……何かが足りないようなきがする――。


「そうか! ちょっと待ってください!」


 僕は台所のテーブルの上に置いてあった紙袋を取って、鳴瀬に渡した。

「何ですか?」

「クリスマスケーキです。お嬢さんに、お父さんからのプレゼントですよ。手ぶらのサンタクロースは絵になりませんものね」

 言いながら気恥ずかしくなって、僕は苦笑ったのだが、鳴瀬は涙ぐんでしまった。そうして頭を下げると顔も上げずに出ていってしまった。


 その夜、僕は寝床の中で今日一日の出来事を考えていた。

 雪のせいで普段よりも明るさを増した窓明かりは、くっきりと天井をひし形に区切っていた。なかなか寝付けない僕は、あれこれと呻吟し、寝床の上を輾転反側しながらも、いつのまにか眠りの中へと落ちていったのだった。



                               (つづく)

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