第7話 サンタクロース?
しばらくすると男が風呂から出てきた。バスタオルを腰に巻きつけ、色白の肌をほんのりと透き通るピンク色に染め上げ湯気まで立ち昇らせている。この蒸したての海老シュウマイが、つい先ほどまで血の気も失せてブルブルと震えていた男とはとても思えなかった。身長は僕よりは少し低いだろうが、体重はどう見ても五割り増しといったところか。口の周りから顎、頬にかけては切れ目無くごま塩の髭をたくわえている。
「すっかり、お世話になってしまって……」
「あ、いいえ。お世話だなんて、さぁ、こちらに座ってください」
僕は部屋の隅にあった座布団を腹ばいに取るとストーブの前に敷いた。
「恐縮です」と、男がそれへ腰を沈めたひょうしに、肉まんのようなお腹がバスタオルを左右に割った。
「おっ、これは失礼しました……」
男は苦笑い、慌ててバスタオルをかき合わせた。
現在、僕の持っている衣服のすべてが、男には役立たないのがわかった。
「何か着る物が必要ですね」
コンビニで下着だけでも買ってきますよ、と立ち上がりかけると、
「恐縮です。しかし、あれなら着ることができると思うのですが……」
男はサンタクロースの衣装を指さした。
「えっ? あれですか……いいですけど」
外側は若干雪の湿り気が残っていたが、中綿が入っているので内側はほとんど影響がない。驚いたことに、男が着てみるとズボンも上着もあつらえたようにピッタリだった。
「どうです、似合いますか?」
男は照れくさそうに帽子までかぶって見せた。
「ええ、よく似合いますよ。本物のサンタクロースのようです」
とは言え実際、本物のサンタクロースなど見たこともないし、また、存在するなどとも思っていない。しかし、この男、髪や髭の長さや色合いこそ違えど、映画や絵本の中に登場するサンタクロースにそっくり、というか、そのもののように見えたのだ。
「ところで、どうなさったんですか?」
とりあえず、それを訊ねなければならなかった。
他に共通の話題があるわけではなし、こちらから自己紹介するのもへんだし、まずはやっぱり事の顛末というか、なぜ深夜の川土手に裸で転がっていたのかを訊ねなければならないし、おそらく男もそれを訊ねてくれるのを待っているのだろう。
「お恥ずかしい次第です……」
「警察とかへの連絡はどうしましょう?」
まさか夜間に、真っ裸で寒中水泳でもしていたのであれば話は別だが、そんなやつは滅多にいない。だから僕は、何かしらの事件に巻き込まれたのだろうと考えたのだ。
「それはちょっと、待ってくれませんか……」
男の顔に困惑の翳が浮ぶ。
「ええ、それはかまいませんが……」
へんな沈黙と気まずさが、少しずつ部屋の中を支配していく。
まったく見知らぬ赤の他人同士が、一つ部屋でイブの夜を過ごしている。男もそうだろうが、僕自身もこれからの展開が気がかりだった。
「いやぁ、驚きましたよ。最初見たとき、ぶ、たぁじゃない……あの、あれ、そう、ターミネーターかと思いましたよ」
場を繕うとして言ったのだが、顔が熱くなった。
「はぁ? 何ですか、その……」
「タ、ターミネーターですよ。シュワちゃんの代表作の映画で、突然、空中から裸の男が落ちてくるんです。その男は、実はある目的で未来からやってきたのですがね」
「そういえば、観た覚えがあります。ターミネーターか……。未来から過去へ、ですか……。できれば私も過去に戻ってみたいものですねぇ……」
男は感慨深げに目を閉じた。僕は所在無く、煙草に火をつけた。
「あのう、私にも一本いただけませんか?」
「ええ、どうぞ」
僕は、男に煙草を差し出しライターで火をつけてやった。そうして台所へ行ってインスタントコーヒーを淹れて戻ると、煙草の煙をぼんやり見ていた男が、ゆっくりと話し始めた。
「――実は、川に投げ込まれたんですよ。いや、違うかな……むしろ、私が自ら飛び込んだのかもしれません……」
(つづく)
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