第4話 サンタと天使
駅へ続く商店街はクリスマスと歳末セールで、各店の軒先から軒先へは通りをまたいで小さな万国旗が張りめぐらされ、冷たい風に揺れている。スズラン灯に結わえつけられたラウドスピーカーからは、桑田佳祐の「白い恋人達」が流れはじめた。
僕は雨に打たれた捨て犬のようにじっと立ち尽くし、深く目を閉じ、寒さに震える体を両腕に抱きしめ、しばらくの間、その旋律に耳を傾けていた。
「ああ、なんと可哀想な美少年だこと……」と、しばし悲劇の主人公になってみたりして――。
すると、誰かが袖を引っ張った。見ると、熟れた桃の表皮のように頬を赤く染めた女の子が見上げるようにティッシュを差し出している。
「うん? どうしたの?」
膝を折ってしゃがむと、そう訊ねた。
「だって、サンタさん、おはなたらしてるもん」
女の子はあどけない笑顔を見せている。そのおかっぱ頭に照明の明かりが虹色にきらめいて、鮮やかに天使のリングを映し出している。
「えっ、なんだって?」
この女の子は何を言っているのだ。僕は戸惑って苦笑いを噛み殺したのだが、すぐに自分が、女の子が言う“サンタクロース”であることに気がついた。派手で真っ赤な衣装を着込み、頬から顎にかけては大仰な白い髭さえたくわえている。ただ、口髭だけはくすぐったくて止していたのだが、その上唇をツゥーと鼻汁がつたい落ちた。
「あ、そうだったね。どうもありがとう!」
僕は笑顔でティッシュを受け取ると、軽く鼻の下を拭きながら、「ちょっと待って!」と、立ち去ろうとする女の子を呼び止めた。
「なにぃ?」
不思議そうに言いながら、女の子が振り返った。
咄嗟に僕はワゴンにくくりつけてある、おまけの風船を一つ持たせた。
「くれるの?」
「そう。サンタさんから、かわいい天使へのプレゼントだよ」
「わーい、ありがとう!」
女の子は赤い風船を風に踊らせながら、自らも踊るようにスキップしながら駈けていく。
たしか自分にも、あんな時代があったよなぁ、と僕はその様子を微笑みながら見送っていた。するとその先で、同じように女の子を見ている小柄な女性と目が合った。同時に、女性は丁寧に頭を下げた。僕は慌てて立ち上がりペコリと会釈を返した。その後、二人(おそらく母娘だと思う)が駅舎の中へ消えるまで、僕は見送った。
二人の温かい思いやりのおかげで、僕のすさんだ侘しい心が、ほんの少しだが温まったようだった。僕は妙に感傷的な気分に陥って、そう思った。少なくともあの母娘は、僕に気づいてくれたのだ――。
僕は天に向かってお祈りをした。
母娘が“負け組”に属していないことを……。
そうして明日になればまた日が昇って、暖かい日差しで母娘を優しく包み込んでくれることを……。
今夜に限っては、どの店もきらびやかに装っている。その十二月二十四日のクリスマス・イブが醸し出す不思議な雰囲気が、僕の心をもてあそんでいる。普段なら気にもならない些細なことが、その人その人の立場や状況に応じて微妙に作用してくる。
だから僕は、そんなクリスマスが大嫌いだった。
(つづく)
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