第3話 僕は就職浪人です

 しかし、だからといってどうしようもない。今春、大学を卒業したのがそもそもの間違いだった。それはむしろ後先も考えず、不注意で卒業してしまったと言えるのだ。

「就職先が決まってから卒業する。でなければ単位を落して留年し、学生の身分で就職活動するほうがよっぽど精神的にも有利だ」と知ったかぶりに言ったのは、同じゼミの仲間だろうか、それとも就職課の職員だったろうか、……いや、誰だっていいのだが、本当にそう思う今日この頃。そんな重要なことは、卒業試験を受ける前に言って欲しかった。


 現在の僕は、学生でも社会人でもない宙ぶらりんの身分のままに、すでに今年も終わろうとしているのにいまだに就職先が決まらない。まさに泥濘の中で一人のた打ち回っている状態だ。就職先の決まった後輩たちが卒業旅行を計画したり、久しぶりに正月を故郷で迎える準備をしたり、今日だって目の前にあるシティホテルへしけこんで、いちゃいちゃと気持ちのよいことをしているというのに、僕は厳冬の街中で、寒さに震えながら店頭販売のアルバイトなどをしている。しかも、酔っ払いになぶられながら――。


 しかし考えてみると、四年を限度に仕送りしてもらっていた僕は、やっぱり四年で卒業し、生活費を稼ぎながら就職活動するしかないのだった。でも、だからといって、これだけは言っておきたい。僕はアルバイトはするが、いわゆるフリーターなどでは決してないことを――。そうして、そんなものにはなりたくないし、なった覚えもないことを――。


 自由で闊達でカタカナの持つ洗練さと、時代の変化に機敏に反応しているかのようなイメージを醸し出すフリーターという呼称が、実際のところ、軽薄で思慮分別もなく、道義もわきまえず、思いつくままに転職を繰り返す中途半端な落伍者に対する蔑視を含んだ呼称であることを、僕はちゃんと知っているからだ。だからフリーターと言われるとむしょうに腹が立つ。そんなときはきっぱりと言ってやる。

「僕は就職浪人です」――と。


 まあ、多少のむさい感じはいなめないが、意気込みや一途さは感じてもらえると思う。そうして、なにより大事なのはそのバージニティーだ。

 あくまで一流企業を目指している僕は、実はそのバージニティーを自負することを頼りに頑張っているのだ。志を高く持ち、まだ正業に就いていないのはそのためで、だから僕は、社会から落伍者としての烙印は押されていない、将来性を秘めたダイヤモンドの原石だ。安っぽい企業に中途採用などで入ってはならないし、必ず一流企業の“新卒採用”に合格しなければならないのだ。


 だが、その原石を見つけ出せない企業のぼんくら採用担当者たち――。

「……で、あなたは我が社で何をなさりたいのですか?」

 いずれの企業も判で押したようにくだらないことを訊く。


 そんな質問は、入社三年目くらいに訊けばいいじゃない! こっちは三十社も四十社も掛け持ちしてるんだからさぁ。ほんと眼が回って、会社ごとにはやってられないのよ。とにかく「社員になりたいんです」、それでいいじゃん。

 おまけに志望動機を問われ「東証一部上場だからです」と真面目に答えると、嘲笑った担当者もいた。

 いったい何が悪いんだ。どこを直せと言うんだ。

 どうせ文系は、有無を言わさず営業職に配属させるくせに――。


 だったら、正直にこう言えばいいのか。

「私は不正がまったく嫌いなので、御社における粉飾決算、政界との癒着、贈賄、不当労働行為、社内セクハラ等々、いつも眼を光らせ、もし不正があるようなら断固これを告発し、真に誇れる企業になるためのお手伝いをしたいのです」とでも言えばいいのか? えっ、どうなんよ! 


 ああ、バージニティー。そして、新卒採用――。


 その決意や信念を持ってしても、こう不景気では気持ちも揺らいでくる。

 いや、そんな決意や信念に盲従している自分こそが逆に、現実に対応できない時代錯誤の阿呆に思えてきたりして、それこそもう就職活動などうっちゃっていわゆるフリーターにでもなってやろうか、と自虐的になってしまうときもある。自分を残して知らん顔する時間の経過が、日に日に僕を蝕んでいく。


 

                               (つづく)

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