第17話 海神国(わたつみのくに)

 ニニギの息子で、長兄のホデリは海幸彦とも呼ばれ、特技はフィッシングだった。

 一方、末弟ホオリは山幸彦とも呼ばれ、特技はハンティングだった。


 ある日、ホオリはホデリに提案した。

「兄ちゃん、たまには俺も魚釣りをしたいから釣針を貸してくれ。その代わり俺の弓矢を貸すから兄ちゃんは山へ狩りにでも行っておくれ」

 ホデリは嫌がったが、ホオリがあまりにもしつこいので渋々承知した。

 ホオリはホデリから借りた釣針を携え早速海に出た。

 ところが全くアタリは来ず連日坊主であった。

 挙句の果てには、テグスを切りホデリの大事な釣針を紛失してしまった。

 数日後、

「やっぱり狩りは性に合わん。そろそろ釣りに行くから俺の釣針を返してくれ」

 ホデリは弓矢を返しながらホオリに話しかけた。

「ああ、あれ。ごめん、失くしちゃった」

 悪びれることなくホオリが応じる。

「ごめんじゃねーよ。なぜ報告しなかった?」

 反省のないホオリの物言いにホデリはイラついた。

「だって、聞かれなかったから」

 なおも軽薄な笑いを浮かべホオリは答える。

「なに笑ってんだ、ゆとり野郎。今すぐ探してこいっ」

 ホデリの予想外の怒りにホオリはビビり、慌てて海へ走って行った。


 海は広い。

 小さな釣針など見つかるはずもなかった。

 仕方なく、ホオリは自分の十束剣を砕き釣針を500個作った。

「兄ちゃん、ごめん。これで勘弁して」

 ホオリが差し出すと、ホデリは釣針を受け取り鞄にしまった。そして、

「これじゃない。俺が返せと言ってるのは、お前が失くした俺の釣針だ」

 ホデリは冷たい目でホオリを睨んだ。

「えっ? でも今、代わりの釣針を受け取っ……」

「やかましいっ。早く俺の釣針を持って来いっ」

 ホオリに最後まで言わせず、ホデリは怒鳴った。

 どんなに頑張って探してみたところで、海に消えた釣針を見つけ出すことなど不可能だった。

 ホオリは再び十束剣を砕き、今度は頑張って1000個の釣針を作った。

「やっぱり見つからない。兄ちゃん、これで許して」

 ホオリの手から無言で釣針を受け取ったあと、ホデリは言った。

「なにしてる? 俺の釣針はどうした?」

 もはや嫌がらせとしか思えなかった。

 しかし、元々の非が自分にあるホオリは何も言い返すことができない。

「俺の釣針が見つかるまで、帰ってくるなっ」

 ホデリは弟に言い放った。


「あんなに粘着質で話の通じない兄とは思わなかった」

 ホオリが海辺で途方に暮れていると、塩椎神シオツチノカミがやってきて「どうした?」と尋ねた。

 ホオリはシオツチに理由を話した。

「それなら、あの潜水艦に乗って海神国へ行きなさい」

 シオツチが指さした先には巡回潜水艦が停泊していた。

「降船ボタンを押せば停まってくれるから。そこで海神の神に相談しなさい」

 シオツチに言われるままホオリは潜水艦に乗船した。


 海神国までやって来たものの、ホオリは次にとるべき行動がわからず、煙草をふかし時間を潰していた。

 そこへ海神宮の侍女が通りかかった。

「カノジョ、お茶しない?」

 ホオリは侍女に声をかけた。

 侍女が無視して通り過ぎると、

「ブス」

 とホオリはつぶやき、吸殻を投げつけた。

 侍女は驚き海神宮へ逃げ帰った。

「宮の外に下品なナンパ野郎がいます」

 侍女が豊玉毘売命トヨタマビメノミコトに報告すると、

「なんて失礼な奴」

 キレたトヨタマビメは海神宮から飛び出した。

「ナメたマネさらしとんのは、どこのどいつじゃぁあ。あ、……あれっ?」

 トヨタマビメが怒鳴った先には、意外にもイケ面の男がたたずんでいた。

 ホオリをひと目見るなりトヨタマビメは恋に落ちてしまった。

「ようこそ、海神宮へ」

 変わり身の早さには定評のあるトヨタマビメは、いきなりブリッ娘に変身した。

 トヨタマビメはホオリを海神宮へ迎え入れると、父大綿津見神オオワタツミノカミ(※「神生み」参照)に紹介した。

 ワタツミはホオリがニニギの息子であると見抜き、トヨタマビメを妻として与え歓迎した。


 ご馳走とお酒、タイやヒラメの舞を見ながら、ホオリは楽しく毎日を過ごした。

 三年の月日が経った頃、ホオリはふと鼻に大きなピアスをして踊っているタイに目が留まった。

「ちょっとちょっと、タイさん」

 ホオリはタイを呼び寄せた。

「その鼻ピアスおしゃれだね」

 ピアスを近くで確認したとき、

「これはっ」

 ホオリは大事なことを思い出した。

 そう、タイがつけていたピアスはホデリの釣針であった。


 ホオリはこれまでの経緯をトヨタマビメに説明し葦原中国に帰ることを決めた。

 その際、トヨタマビメは『潮盈珠しおみつたま』と『潮乾珠しおふるたま』をホオリに手渡し以下の助言をした。

・釣針には呪いがかけてあるので、返すときに呪文を唱えること

・兄とは離れた場所に田を作ること

・兄が攻めてきたら潮盈珠を使うこと

・兄が謝ってきたら潮乾珠を使うこと


 帰国したホオリは早速ホデリに釣針を返しに行った。

「兄ちゃん、(ムニャムニャ)長い間、(ムニャムニャ)悪かったね」

 ホオリは呪文を唱えながらホデリに釣針を渡した。

「ふん、今頃」

 不満ながらホデリは釣針を受け取った。


 この日からホデリは急に魚が獲れなくなった。

 さらに、ホデリの田をピンポイントで干ばつと洪水が繰り返し襲った。

 これに対して、ホオリの田は遠く離れていたので被害に遭うことはなく、逆に豊作となった。

 不漁と不作が続き、ホデリの生活は困窮していった。

「あの野郎、謀りやがったな」

 ホオリの仕業と気づいたホデリは、ホオリへ攻撃を開始した。

 ホデリが攻めてきたのでホオリは潮盈珠を水に浸した。

 すると見る見るうちに潮が満ち、ホデリは溺れてしまった。

「アップ、ップ。俺が悪かった。助けてぇ」

 ホデリが謝ったのでホオリは潮乾珠を水に浸した。

 すると今度はさっと潮が引き、ホデリは命からがら逃げ出すことができた。

「畜生、ナメやがって」

 一旦は逃げ帰るものの、粘着なホデリは何度も懲りずに攻めてきた。

 その度にホオリは潮盈珠と潮乾珠を使いホデリを軽くあしらった。

「圧倒的じゃないか、我が軍は」

 ホオリはいつしかギレン・ザビと同じ台詞をつぶやくようになっていた。

 溺れては助け、溺れては助け、そんなことを繰り返しているうち、ホデリは気力も体力も使い果たしとうとうホオリに降参した。


 そもそも、争いの原因はホオリ側にあったのになんとも理不尽な結末であった。

 しかも、異常気象や天変地異を故意に誘発するという、許しがたい暴挙でもあった。

 しかし歴史はいつも勝者が作るのだ。

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