第12話 試練(しれん)
当時、根の堅州国はスサノオが支配していた。
コン、コン
スサノオの家を訪ねたオオナムヂは遠慮がちにドアをノックした。
「どなた?」
家の中から女の声がした。
「あのう、すみませんが、匿ってほしいんですけど……」
オオナムヂは小さな声で言った。
ギギギー
スサノオの娘
この時、スセリビメは直感した。
(こいつ、使えるかも)
長い間、スセリビメは陰気臭い根の堅州国から逃げ出すことばかり考えていた。
気弱そうなオオナムヂをひと目見た瞬間、その道具として利用できると思ったのだ。
スセリビメは自らの企てを押し隠し父親の元へオオナムヂを案内した。
「お前がいじめられっこのオオナムヂか。わしの子孫らしいが、情けない」
スサノオは呆れ顔でオオナムヂを見た。
「今日からわしが鍛えてやる。いいな?」
頼んでもないのに、スサノオは当たり前のように話を進める。
「返事は?」
「はい」
オオナムヂが渋々答えると、
「声が小さいっ」
「はいっ!」
体育会系のノリだった。
オオナムヂは心からウザいと思った。
「手始めに今晩は蛇の部屋で寝ろ」
スサノオは目を細め、ニヤリと笑った。
正直、オオナムヂなど死んでも構わないと思っていた。
「マ、マ、マジですか」
オオナムヂは涙目になった。
(始まったか。とにかく、親父のイビリからこいつを守らないと計画がパーになる)
壁の向こうで聞き耳を立てていたスセリビメは思いを巡らせた。
「これを着なっ」
蛇が蠢く光景に立ち竦むオオナムヂに向かって、スセリビメは全身タイツを手渡した。
「こんな恥ずかしいもの着れな……」
オオナムヂは拒否しようとしたが、
「黙って着ろよっ」
スセリビメは有無を言わせなかった。
「いいか、このタイツには蛇が苦手な匂いを染み込ませてある。これを着ていれば蛇に噛まれることはない。ちょっと臭せーが我慢しろ」
この夜、デブの汗のような臭いがする全身タイツをピチっと身にまとい、オオナムヂは眠った。
そのおかげで、オオナムヂは何事もなく朝を迎えた。
あくる日、目の前に姿を現したオオナムヂを見てスサノオは少し驚いた。
「なかなかやるな。じゃあ次は、ムカデと蜂の部屋で寝ろ」
スサノオは再び命令した。
「今晩はこれを着なっ」
そう言って、スセリビメは某球団マスコットの着ぐるみをぶっきら棒に投げてよこした。
今度はババアのワキのような臭いだった。
(勘弁してくれ)
オオナムヂは思ったが、スセリビメが怖かったので仕方なく着ぐるみを着て眠った。
こうして、無事この夜も過ごすことができた。
弱虫のくせに難関をクリアしてくるオオナムヂにスサノオは少々腹を立てた。
いきなり野原に矢を射り、スサノオはオオナムヂに言った。
「あの矢を拾ってこい。走れっ」
スサノオに急かされ、オオナムヂはトコトコ駈けていった。
オオナムヂの姿が見えなくなった頃合いを計り、スサノオは野原に火を放った。
「今度こそくたばるだろう」
冷血につぶやくスサノオの横でスセリビメは親指を噛んだ。
(しまった)
今回はスサノオの行動が早く、スセリビメは何の対策もできなかったのだ。
「見ーつけた」
のん気に矢を発見し得意気にオオナムヂが顔を上げると、いつの間にか辺りは一面火の海であった。
矢探しに夢中で全く異変に気がつかなかったのだ。
窮地に立たされたオオナムヂ。
ところが、意外にもオオナムヂは冷静だった。
近くでネズミが掘った穴を見つけるとその中に入って火をかわし、体操座りで一夜をあかした。
いじめられっこのオオナムヂはかくれんぼだけは得意だった。
翌日、誰もが焼け死んだと思っていたオオナムヂが、手に矢を持ちヒョコヒョコ歩いて帰ってくる。
第3ステージもクリアしたオオナムヂをスサノオは少し見直したが、
「シラミで頭が痒い。どうにかしてくれ」
と、更なる難問を突きつけた。
スサノオの頭を覗き込んだオオナムヂは絶句した。
頭に巣食っていたのはシラミではなく毒ムカデだったのだ。
対処に困ったオオナムヂは、物置からバルサンを持ち出すとスサノオの頭の上に載せて火を点けた。
モクモクと煙があがり部屋中が白く霞む。
すると、お灸と勘違いしたスサノオはその心地良さにウトウトし始めた。
「今よっ」
このチャンスをスセリビメは逃さなかった。
スサノオの髪の毛を柱にしっかり結びつけ、スセリビメはオオナムヂを引き摺りながら逃げ出した。
その際、金目になりそうな『
逃走に気づいたスサノオだったが、髪の毛をほどくのに時間がかかり、結局ふたりを取り逃がしてしまう。
遥か彼方に見えるオオナムヂに向かってスサノオは大声で叫んだ。
「見事だ。さすがわしの子孫。地上に戻ったら、その生太刀と生弓矢を用いて国を治めなさい」
ほぼ負け惜しみだった。
「そしてこれからは名を改めオオクニヌシと名のりなさい」
と最後に付け加えた。
ふたりの姿が見えなくなった頃、スサノオはボソッとつぶやいた。
「じゃじゃ馬娘を連れ出してくれてありがとう。そして……」
最初から、全てはスサノオによって仕組まれたものだった。
黒幕アマテラスが描いたシナリオ通り……。
「ふんっ、世の中はいろいろとややこしいんだよ」
スサノオはうそぶいた。
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