第10話 因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)

 スサノオの六代目の子孫として、大穴牟遅神オオナムヂノカミが生まれた。

 後の大国主神オオクニヌシノカミである。

 オオナムヂには多くの兄がいた。

 まとめて八十神やそがみと呼ぶ。

 この頃のオオナムヂは八十神のパシリ同然の身分だった。


 ある日、新聞の一面広告に八上比売ヤガミヒメが花婿募集の広告をうった。

 写真を見た八十神はヤガミヒメの美しさに一目惚れする。

「俺、求婚しに行ってくるわ」

「俺も」

「俺も」

 と、全員そろって求婚に出かけることになった。

 オオナムヂも同行したが下僕扱いだったため八十神の重い荷物を持たされていた。


 場面は代わり、因幡の雀荘では、雀ゴロの白兎がワニを相手に高レートの勝負を行なっていた。

 序盤に倍満をあがった白兎はその後手堅くまとめ場を進めていった。

 オーラス、これを乗り切れば白兎の勝ちが確定する大事な局面。

 それはテンパイ気配が強く漂う中、白兎がツモった瞬間だった。

「ちょっと待てやっ」

 いきなり下家のワニが白兎の腕をつかんだ。

 ポロッ

 白兎の手の平から牌がこぼれる。

「なんじゃこりゃあ」

「イカサマじゃあ」

「こんボケっ」

 ワニA,B,Cは白兎のイカサマを見つけると同時に殴りかかった。

 ボッコボコにされる白兎。

「ナメた真似しやがって」

「二度とその面みせんじゃねーぞ」

「こんボケっ」

 白兎はワニ達に散々痛めつけられた上、身ぐるみを剥がされ路地裏に投げ捨てられた。

 正直、命があっただけ儲けものだった。


「痛てーよ。ああ、神様助けてください」

 白兎は祈った。

「呼んだ?」

 神が現れた。

「呼んだ?」

 また神が現れた。

「呼んだ?」

 神が次々と現れた。

 というか、通りかかった。

 ヤガミヒメの元へ求婚に行く途中の八十神だった。

「身体が痛くて死にそうです。何か良い方法はありませんか?」

 泣きながら白兎が訊ねる。

「そんな傷、海に浸かって潮風に吹かれていればすぐ治るよ」

 そう八十神は言った。

「でも、そんな事をしたら、逆に悪くな……」

 白兎の言葉を遮り、別の八十神が言った。

「えっ、そんな事も知らないの?」

「初めはちょっとしみるけど、すぐ慣れるよ」

「一刻も早く海に浸かるべきだ」

「治りたくないのか?」

「神の言うことを信じないの?」

 八十神は白兎を取り囲みワイワイと言葉をかぶせ諭した。

 尊い神がそろって嘘など言うだろうか?

 半信半疑だった白兎の考えはやがて確信に変わる。

「ありがとうございます。早速海に行って実行します。ありがたや」

 地べたに頭を擦りつけ、白兎はお礼を言った。

 列の最後の八十神は白兎を見下ろし「プッ」と笑ったが、白兎は気付かなかった。


 八十神の列からかなり遅れて、大きな風呂敷を背負ったオオナムヂがヨタヨタと気多岬にやって来た。

 するとそこには赤黒く腫れ上がった白兎が横たわっていた。

(うわっ、気持ちわりー)

 オオナムヂは気付かぬ振りをして横を通り過ぎた。

「あの兎、どこか見覚えがあるような……」

 歩きながら記憶をたどると、求婚広告に載っていたヤガミヒメの写真の隅に写り込んでいた兎と気付いた。

「あいつに恩を売っておけば、あとで役に立つかもしれない」

 オオナムヂは引き返し、邪まな思いで白兎に声をかけた。

「一体、どうしたんだ?」

 オオナムヂは経緯を聞いた。

「かくかく然々」

 虫の息で白兎は答えた。

「それは災難だったな。集団による催眠か、それとも洗脳か」

 八十神の軽い悪戯だったが、オオナムヂは大袈裟に考えた。

「とにかく、川の水で身体を洗って蒲の穂を全身にふりかけなさい」

 オオナムヂの言われた通りにすると白兎は徐々に回復した。

「あいつら、ただじゃおかねー」

 元気を取り戻すに従い、白兎は拳を握りしめ怒りに震えるのだった。

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