第9話 八俣大蛇(やまたのおろち)

 スサノオは葦原中国の出雲国に辿り着いた。

 喉の渇きを潤すため、目に留まったスナック『鳥髪』に入った。

 客は老夫婦一組だけ。

 泣いてるようにみえる。

(辛気臭い店だな)

 そう思いながらも、スサノオはカウンターに座りとりあえず生ビールを注文した。

「じいさん、どうした?」

 背中を丸めた翁に、スサノオは気軽に声をかけた。

「実は、借金が返せず困っております」

 老夫婦は大山津見神オオヤマツミノカミ(※「神生み」参照)の子で足名椎命アシナヅチノミコト手名椎命テナヅチノミコトといった。

「そりゃあ、じいさん。借りた金を返さねー、あんたが悪い」

 スサノオは評論家のように正論を吐いた。

「色々と事情がございまして……。ああ、返済期日が過ぎたので、もうすぐヤ○ザが取り立てに来ます。このままでは借金の形に娘が……」

 ヤ○ザと聞いて、先日の出来事を思い出したスサノオは金玉がキュっと縮みあがった。

「事情って何だよ。そもそもどうして返せないほどの借金をこしらえちまったんだ?」

 しょせん他人事だったが、スサノオはその場しのぎに理由を尋ねた。

「私ら夫婦の唯一の娯楽はパチンコでして」

 アシナヅチは静々と切り出した。

(パチンコ? 娯楽?)

 スサノオは何か言いかけたが思いとどまった。

「スーパーリーチ、そして大量出玉、あの興奮が忘れられず……」

 徐々に熱く語り始めるアシナヅチ。

(あきれたジジイとババアだ。ただのクズじゃねーか)

 スサノオは非難の眼差しを向ける。

「でも負ける日のほうが多く、負けたぶんを取り返そうとお金を借りて次の日もパチンコに行き。また次の日も。気付いたときにはカードは上限いっぱい。ついには闇金にまで手をつける始末……」

 アシナヅチは泣き崩れたが、本当に反省しているかどうか疑問だった。

「結局パチンコで財産スったのか? そりゃ自業自得だわ、同情の余地なしだね。大体パチンコが娯楽だと? あんなもんギャンブル以外の何ものでもねーだろ。しかも店側が儲かるようになってるってこと、イイ歳してわからんもんかね。娘もこんな親を持って不幸だったな」

 自分だって時々パチンコをうつくせに、スサノオは偉そうにアシナヅチに説教した。

「ああ、私らのせいで娘が……」

 演技がかったアシナヅチに向かい、「お父さん……」とカウンター越しにスナックのママが声をかけた。

「えっ? 娘って、ママなのかい?」

 驚いて目を向けると、ママは軽く頷いた。

「こんないい女が、風俗に沈められちまうのか。もったいねーな」

 これ以上かかわるとロクな事がないとわかっていたが、スサノオはママである櫛名田比売クシナダヒメに魅せられてしまった。

「ところで、取り立てのヤ○ザってのはどんな奴だい?」

 ビビってはいたが、スサノオはクシナダヒメを助けたいと思った。

「前科8犯で、通り名が八俣大蛇やまたのおろちという奴です。殺人、傷害、脅迫、強姦、強盗、恐喝、詐欺、放火、あらゆる犯罪に手を染め今では警察でさえ恐れて逮捕できない極悪人です」

 そうアシナヅチは説明した。

「そいつを退治したら娘をもらうけど、いい?」

 性欲が恐怖を上回った瞬間だった。

 スサノオの提案をアシナヅチはしぶしぶ了承した。

 とは言え、そんな化け物、正攻法でかなうはずがない。

 スサノオは知恵を絞り攻略法を探った。

 すると八俣大蛇は無類の酒好きらしいとの情報を入手した。そこで、

「酒をガンガン飲ませて、酔っ払って寝ちまったところを殺ればいいんじゃね」

 卑怯という言葉は、スサノオにはなかった。


 カランコロン

「金は用意できたか?」

 スナック『鳥髪』の店内に足を踏み入れるなり、八俣大蛇は凄んだ。

 その姿は外道という表現がピッタリの怪物だった。

 カウンターの奥に身を潜めながらスサノオはぶるぶると震えた。

「なんじゃありゃ。ゴ○ゴ13でさえ躊躇するレベルじゃねーか」

 スサノオは後悔した。

 一方、開き直った女は強かった。

「まあまあ社長さん、そんな話はあとにして、まずは一杯いかが?」

 クシナダヒメはお金の話題をはぐらかし八俣大蛇をテーブルに誘った。

「おう、気が利くじゃねーか」

 酒に目のない八俣大蛇はソファに腰を下ろすと、クシナダヒメの小振りな胸をまさぐりながら豪快に酒をあおり始めた。

「イッキ、イッキ」

 時代遅れのかけ声が一晩中店内にこだました。

 ビール、日本酒、焼酎、ワイン、ブランデー、ウイスキー、ジン、ウォッカ。

 八種類のアルコールをどんどん飲み干していく八俣大蛇。

 大量に用意した酒が底を尽きかけた頃、ようやく八俣大蛇はテーブルに突っ伏した。

 チャンポンが効いたようだった。

――タララタッタター

「アメノハバキリ~」

 ドラえ○んはお腹のポケットから『天羽々斬』と呼ばれる十束剣の一つを取り出した。

 カウンターから這い出たスサノオはドラえ○んから剣を受け取り、酔い潰れた八俣大蛇をサクサクと斬り刻んだ。

 あたり一面、血で真っ赤に染まったが、八俣大蛇は殺されたことさえ気付かなかっただろう。


 カキーン

 途中、硬いものに当たり剣は刃こぼれした。

 八俣大蛇の身体の中を調べると『草薙剣くさなぎのつるぎ』という太刀が見つかった。

 ちなみに、この草薙剣と八咫鏡,八尺瓊勾玉(※「天岩戸」参照)の三つを合わせて『三種の神器』と呼ぶ。

 後日、スサノオはお詫びのしるしに草薙剣をアマテラスに献上している。


「悪人の末路はこんなにも呆気なく惨めなものなのか」

 クシナダヒメを嫁にもらったスサノオは更生し、これからは真面目に生きていこうと誓った。

 そして、出雲国の須賀に宮殿を建て葦原中国を治めた。


「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」

 心を入れ替えたスサノオはインテリぶって日本最初の和歌を詠んだ。

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