幕間 2限目

二時間目もまた歴史だった。

 授業は個人の能力によってその進度が変わってくるが、僕はそのごく初期に当たる。キインと都市部では、どうやら教材を作った会社が違うらしい。その内慣れてくればスキップしてもよいだろうが、今はまだその時ではなかった。

 イヤフォンを耳の中に押し込み、パソコンの画面に集中する。

 キインでは習っていなかった声の周波数とアイン・ロウとの関係が出てきたところで、一旦画面を止め、その画像を別に保存した。うん、結構抜け漏れがあるようだ。


 教室の一番南側、窓際の後ろ。夏のぼんやりとした風に乗って、アイン・ロウの甘い香りが鼻をくすぐる。


 画面では、さっき僕が疑われた《転生者》についての講義が行われていた。


『先程話したように、この惑星はもともと三つの国が存在しておりました』


『しかし、今から三十年ほど前の話であります、新たなる国が作られたのです。

 それがカイン・ダウ国』


 硬い岩のような男声が、耳の中で訴えかけてくる。


『これは私の経験に基づいてお話ししたほうが良いでしょう』


 かわいらしいイラスト(二頭身だ)にそって、回想が語られていく。


『私が二十代の時の話であります。ちょうど国民全員が《アインの印》を使えるようになった年でありましたから、よく覚えております』


『若気の至りで夜中、ちょいと気分が落ち込み街中をぶらぶらと歩いておりましたところ、不意に女性が目の前に現れたのです』


『まるで車にでも轢かれかけたかのように顔は真っ白でありました』

 

『ええ、何の脈絡もありませんでした。それはもう、驚きましたとも』


『これが巷で聞く幽霊かと思われましたが、きちんと足はあるし、このなんだかまずそうな感じのする、《アインの印》をひょんなことから使ってしまいそうな女性を放ってはおけないと思い、声をかけました』


『彼女が言った言葉は、今も一言一句覚えております』


『[どうされましたか]』

『[……あ、車、は?]』


『それはかなり癖の入ったニオン語でございました。私の知らない言語かと思ったほどであります。髪は金色、目は灰色がかったブルー』


『[さあ、この辺はめっきり通りませんねえ。アイン・ロウの花に排気ガスがかかってはたまりませんから。それより、どうされました? なにか――]』


『[ア、 アイン……? そ、それより、え? これどこ、なに、え?]』


『女性はそのまま、路地裏へと夢遊病者のように歩いて行ってしまいました』


『実は、その女性こそ《転生者》であったのです。妙に言葉に癖があったのも、それもそのはず、ニオンに偶然よく似ていた彼女の世界の言葉を話しただけだったのですな』


『《転生者》』


『それは、この惑星でない、他の世界からやってきた者のことを言います。何時何処に出現するかは、誰にも分っておりません。この国にも、他国にも出現します』


『不意に現れては、ある者は一人で混乱し、ある者はなぜか狂喜乱舞します。文字通り、狂った者たちです』


『名前の由来はある《転生者》が話したという[オレ、テンセイしたんだー!]という叫び声から。後に[テンイ]する、という表現の方が正しいと分かりましたが、すでにこの呼び名が広まってしまっており、こちらで定着しました』


『なお、この者たちはこの国に来たものであっても《アインの印》を持ち合わせておりません。当然ですが』


『守秘義務がある以上、勿論、そのような輩を野放しにしては困ります。政府は一年に百名ほどやってくる《転生者》を、専用の施設に住まわせました』


『慈悲深き我々は食料、仕事、寝床を与えたのであります』


『我々の言葉が話せる者も、話せない者もおりました。髪の色、目の色、肌の色、皆違っておりました』


『一つだけ共通することといえば、言葉を理解できる範囲の者たちはみな「自分は一度死んだのだ」と訴えかけてくることでしょうか』


『不思議な話であります』


『しかし、輩は薬も飲んでいないのに長生きしました。百まで生きた者もおりました。平均して六十は生きるのです。人数はどんどん増えていき、やがて施設の中に納まりきらなくなりました』


『ところで、他国でも同じような問題を抱えておりました。……結局、もはや致し方がないと思ったのでしょう、マイン・サウの王が自身の領地を少しだけ切り離し、《転生者》に与えたのであります』


『それからというもの、《転生者》は見つかるとすぐにそこへと送り込まれるようになりました。見つけるのは簡単です。輩は自分の家を持たないのですから』


『こうして人口は膨れ上がってゆき、《転生者》の国であるカイン・ダウ国は生まれたのであります。名の由来は――』


 この辺りは今まで何度も聞かされてきた話だった。

 僕はそれをぼんやりと聞き流しながら、キャイン・レウを思い出す。《転生者》だと疑うなんて、失礼にもほどがある。

 それとも――疑わなければならない、何かがある、のか?


 どこかで、踏切のバーが閉まってゆくカン、カン、という音を聞いた気がした。


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