性格改善の良し悪し

二ツ木線五

性格改善の良し悪し

 賀茂夫婦は長い間、ある悩みを抱えていた。

 賀茂夫婦自体は何の問題もない。結婚して二十年経つが、互いを愛する気持ちは変わらない。

 問題というのは、自分達の息子のことだった。

 簡単に言えば、息子は不良だった。小学校まではどこにでもいるごく普通の子供だったのだが、中学に入って柄の悪い生徒と付きあい始めてからは、更正させる間もなく、不良の仲間になってしまった。

 それは高校三年となった今も変わらない。煙草は吸うし、酒も呑む。深夜までバイクを乗り回し、そのまま朝まで帰ってこないことも、よくあった。夕方ごろに帰って来ることはまずない。

 夏の兆しも見え始め、そろそろ就職を考える時期にもなってきた。しかし、ろくに勉強もせず、ただ遊び回るだけの息子が、今になって急に態度を改めるはずなどなかった。

 賀茂夫婦は怒る勇気もなく、ただため息をつくだけの毎日を過ごしていた。

 今日もまた息子は帰ってこない。二人だけの夕方を過ごしていた賀茂夫婦が、食事を終えて片づけようとすると、玄関のチャイムが鳴った。

 玄関扉を開けてみると、そこには紺のスーツを着た一人のセールスマンが立っていた。

「あ、お食事中にすいません」

 セールスマンは営業スマイルを浮かべている。足下には、手頃な大きさのジェラルミンケースが置かれていた。

「いや、食事は終えたからいいんだが。もしかしてセールスかい」

 賀茂夫婦が問いかけると、そのセールスマンは頷いた。

「ええ。実は我が社で開発した薬を見ていただきたく思いまして」

 そして、一枚のパンフレットをジェラルミンケースから出して、差し出してくる。

 薬の訪問セールスなど、怪しすぎる。賀茂夫婦はそう思ったが、パンフレットまで出されては無下に追い返すわけにもいかず、とりあえずそれを見ることにした。

 そこには、『性格変換剤』と書かれたパックの写真、そして『A社』という社名が掲載されていた。パックの中に、おそらく液体状の薬が入っているのだろう。

「なんですの、これは」

 パンフレットには詳しいことは書かれていない。賀茂夫婦がそう聞くと、セールスマンは、食いついた、とばかりに力強く頷いた。

「実はこのたび、我が社で新薬が開発されまして。この薬は、一度服用していただくだけで、服用された方の性格が正反対になる効能があるんです」

「性格が正反対だって」

「そうです、つまり怒りやすい性格なら穏やかな性格に、逆で言うと優しい性格が冷酷な性格になることもあります。もっと極端に言うと、悪人に飲ませれば善人に、善人に飲ませれば悪人になるのです」

「うーん、必要かなあ」

 別に、自分達の性格に問題があるとは思えない。特に必要とは思えなかった。

たいして躊躇することもなくこの話を断ろうとした賀茂夫婦は、そのときあることに気がついた。そう、自分達の息子のことだった。

「それはつまり、不良だったら真面目な学生になる、ということかい」

 探るように聞いてみると、

「そういうことです」

 セールスマンは、賀茂夫婦の家庭を知っているかのように、すぐに頷いた。なにか、思い通りにされているようだが、賀茂夫婦にとっては願ってもない機会だった。

「薬は液体で無味無臭ですから、お茶やジュースにも混ぜられますし、服用も一度だけで、効能もずっと続きます。まだ売り出したばかりですので、今でしたら、お安くいたしますが」

 安くといっても当然値は張ったが、息子にほとほと悩まされていた賀茂夫婦は、相談した結果、性格変換剤を一パック購入することにした。

「ご購入ありがとうございます。有効利用されるよう、願っております」

 セールスマンはそう言い残して、帰っていった。

 賀茂夫婦はもったいぶらずに、さっそくその薬を使うことにした。深夜近くに帰ってきた息子に、その薬を混ぜた料理を出した。

 無味無臭といったのは本当のことで、息子は何の疑問も持たずに食事を平らげた。しかし、食べ終わったあと、息子はいつものようにさんざん怒鳴り散らして自室へと戻った。薬の効果が発揮されたとは思えない。

「やっぱり、詐欺だったのか」

 落胆した賀茂夫婦だが、翌朝になって、薬は本物だったことを知ることになった。今までの態度が嘘だったように、息子が真面目で思いやりのある行動を取り始めたのだ。

 賀茂夫婦は喜んだ。セールスマンの言ったとおり、息子の性格は改善され、薬の効果も持続した。息子は煙草も酒もやめ、夕方過ぎには帰宅して勉強するようになり、一週間後には暴走族からも抜けていた。

 賀茂夫婦が望んでいたとおりの息子になったのだ。たしかに、就職活動はもう間に合わないかも知れない。しかし、一年遅らせても、今の息子なら就職できるだろう。

 賀茂夫婦にとって、安泰な生活が訪れた。

 ところがある日の夕方ごろ、息子が図書館へ行くというので、賀茂夫婦が先に食事を済ませていると、玄関のチャイムが鳴った。

「誰だろう」

 いったん食事を置いて、玄関扉を開けると、そこには顔中に怪我を負った十人以上の学生が立っていた。

 賀茂夫婦が面食らうと、学生達が玄関になだれ込んできて、涙ながらに懇願した。

「雅人君なんですが、今まで不良達から僕らを守ってくれていたのに、急に態度が変わったと思うと、逆に僕らに暴力をふるうようになったんです。いったい何があったのか教えてください」

 夫婦はそのとき、初めて息子の長所に気づいたのだった。

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性格改善の良し悪し 二ツ木線五 @FutatsugiSengo

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