スノー・ブロッサム

それから15分もしないうちに、私はハリネズミのエリックに誘われて広びろとしたパテオに到着していた。


「ようこそ、あちらに見えるのが螺旋の塔のパワースポット『雪桜』だよ。」

エリックが大仰に手をかざして紹介してくれた。

庭のちょうど真ん中あたりには、見事な枝振りの大きな一本の桜の木が、新雪みたいに純白な桜の花を満開に咲き誇っていた。


なるほど...遠目に見たら、雪化粧をほどこされた樹氷に見えなくもない。


「うわぁ...こんなにも真っ白で綺麗な桜の花は見たことがないわ!」

記憶を失くしている私がこんなことを言っても信憑性に欠けるかも知れないけれど・・・。


いたずらな一陣の風がサーーッと吹いてきて、枝えだに咲き乱れた雪桜の花びらをふわっと舞い上げた。


花粉が粉雪の様に舞って、スターダストが陽の光を乱反射しているみたいに煌めき輝いている。

まだほんの少し肌寒い春風に乗った白い花びらが舞い散ってゆく。


わっ......本当の花吹雪だ。


ほんのささやかな人生でこんなことを言うのもなんだけれど、これまで生きてきた中で、これほどピュアで可憐な美しい光景には、お目に掛かったことがない。

思わず息をするのも忘れて呆然と見惚れているうち、いつのまにやら私は夢遊する眠り人みたいに、雪桜の木の傍らまでふらふらと吸い寄せられて来てしまっていた。

そこへ先ほど風にあおられたばかりの花びらが、はらはらはらとやわらかな綿雪の様に漂い落ちてくるではないか。

桜の木の下に立ち尽くして、あんぐり口を開けて見上げている私に向かって、


「ほらアリス、雪桜の花びらを手で受けてごらん」

エリックがアドバイスを投げかける。


「雪桜を・・・?」

よく解らず言われるまま雪の様に降ってくる桜の花びらを、両手を広げて掬い取ってみる。

すると、なんということだろう!世にも不思議なことに雪桜の花びらは掌に落ちた途端、みるみるうちにとけて消えてしまうじゃないの!

桜の花の命は短いとはいうけれど、掌の温度でとけるだなんて、いくらなんでも儚過ぎやしない!?


「見ための花の白さだけでなく、降り始めの綿雪の様な儚さもまた雪桜の名で親しまれている所以なのさ。」

エリックが納得の説明をしてくれた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る