私をオーディションに連れてって

「傍目には美味そうな林檎だが、ほらご覧。」

私の未然の抗議を片手で制し、彼は林檎にナイフを入れ、真っ二つに割って見せた。

すると、その美味しそうな林檎の中身はジュクジュクに傷んで真っ黒になっていた。


「いいかい。物事の本質を見極めるには、とかく独り善がりになりがちな主観だけに頼らず、客観的な立ち位置の目線で見つめてみるべきなんだが、それだけでは物足りない。いまキミの中では美味しそうな林檎が、腐って不味そうな林檎へと見方が変わっただろう?でも、此処にある林檎そのものは最初から何一つ変わってはいない筈だ。つまり林檎における本質は変わらぬままに、キミの中の観念が変化したに過ぎないのさ。」


「逆に言い変えるなら、この林檎の有り様とはキミの知覚によって存在しているのではなく、キミの意識付けによって実存するという訳だ。普段から自分の意識を自覚し探究していけば、この存在と本質の意味に近づけるだろう。自らの見識を磨き、高めるよう心掛けたまえ。さあ、こっちの本当に美味しい林檎を差し上げよう。ではさよなら、また会おう。」

最後にマッド・ディレクターが話を引き取り、改めて林檎を差し出し手渡してくれた。



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