5-2 世界の管理者 Ⅱ

 アイリスと〈星詠み〉――テオドラのやり取りは、やんわりと同席を断り続けるテオドラの粘り勝ちという形で幕を下ろした。

 苛立ちながらもあまり強く当たれないらしいアイリスは、腑に落ちないと態度で物語るように去って行ったけれども、去り際に睨まれた。


 僕にとってみれば理不尽に睨まれる事の方が腑に落ちないけれども。


 ともあれ、僕はテオドラの部屋の中央部に置かれた円卓を囲む、向かい合うように置かれた椅子へと着席を促され、言われるままに腰を下ろした。


「ハーブティーがございます。温かいのと冷たいの、どちらになさいますか?」

「じゃあ冷たい方で」


 短くやり取りしつつ、テオドラはハーブが揺らめくガラス製の透明なティーポットを奥の棚へと取りに行き、僕の分と自分の分のハーブティーをカップに注ぎ、ようやく椅子に腰を落ち着けた。


 テオドラが座ったのを見てから目の前に差し出されたハーブティーを口にすると、テオドラは僅かに驚いたかのように目を瞠り、僕をじっと見つめていた。


「あっさりと口をつけられるのですね」

「おかしいですか?」

「疑うかと思っていましたので、正直に言えば意外ですわ」


 確かにこの世界にも人を殺したりするような毒もあれば、傀儡のように操る毒もある事は知っているけれど、この状況でわざわざそんな面倒な真似をするとは思っていない。

 根拠って訳でもないけれど、どうにもテオドラからは、最初から敵として対峙しているような空気が感じられなかった。


 初めて会った王都での邂逅も、どこか警告や忠告といったものと言うよりも、説得に近い言い回しだったし、こうして正面に座って対峙してみると、どこか優しそうな空気を感じるぐらいだ。


 まぁそもそも僕の【スルー】が、毒さえもその効果をスルーしてしまうのではないかと思わなくもなかったりするけども。


 ゆったりとした静寂が流れる。

 ただただお互いにハーブティーを飲んでいるだけの静かな時間は、会話の無さに気まずい気分に陥るような代物ではなく、いっそ心地良いぐらいだ。


「――さて、どこからお話すれば良いのか……」


 ティーカップを見つめながらテオドラが何やら考え込むように呟く。

 どうにも会話の内容をどう運ぶかを思案しているらしいテオドラに、こちらから先に質問させてもらうべく、僕は先んじて口を開いた。


「一つ、質問させてもらっても?」

「はい、どうぞ」

「そもそも〈星詠み〉っていうのは、未来を視たり予知したりとか、そういう一族っていう認識でいいんですかね?」


 以前からどうにも気になっていた。

〈星詠み〉っていう名前やこれまでの断片的な情報から考えれば、占星術だとかそういう、所謂占い師のような一族だと考えるのが妥当だろう。

 けれど、なんだか占いとかそういうのとは違った印象を受けるのだ。

 占いっていう不安定で不確定なものというよりも、もっと確定的というか……何もかもの答えを知っているような、そんな感じがする。


「未来を予知する、という意味では正しくもあり、間違いでもあります。私達〈星詠み〉は、未来を視ている訳ではありません。正確に言えば、私達が視ているのは、『星の記憶』と呼ばれるものです」

「……『星の記憶』?」

「そうです。分かり易く言うのであれば、”確定されていたはずの道筋”とでも言いましょうか。本来であれば星が辿るべき未来。その道筋を私達〈星詠み〉の一族は読み取り、語るのです」

「……それって、星が辿るべき道筋というのは最初から定められているって事、ですか?」

その通りです。ですが、今は違います。大きく変わったのは、『異界の勇者』がやってきてから。いえ、正確にはユウ様という、『星の記憶』にない存在が、これを大きく変化させたと考えるのが妥当でしょう」

「僕が? じゃあその『星の記憶』とやらに、他のみんなの情報はあったんですか?」


 僕の問いかけに、テオドラは頷いて肯定してみせた。


『異界の勇者』がこの世界へとやって来る事については、私達〈星詠み〉の一族は感知しておりました」

「僕を除外した、ですか」

「えぇ、その通りです」


 それについては僕もそれ程驚く理由はない。


 そもそも僕は、アルヴァリッドの図書塔で出会った『叡智の神』ルファトス様曰く、どうやら赤崎くん達によって創られた存在であって、本来ならばここにいるべき存在ではないらしい。

「高槻 悠」という、赤崎くん達のクラスメイトであり、本来赤崎くんが知る人間はつまり、僕であって僕ではない、とでも言うべきだろうか。


 僕は「みんなが知る高槻 悠」というイメージや願望が、何やらファンタジーな力によって具現化されたみたいだからね。もっとも、これに関しては僕自身何も実感できていない以上、なんとも言えないのが本音だったりもするけれども。


「だからこそ、彼女が――焔を司る魔族、エキドナが動いたのです。私達〈星詠み〉が見た『星の記憶』では、エキドナによって『異界の勇者』は殺されるはずでした。ですが……」

「エキドナは、誰も殺す事もできなかった」

「そう、他ならぬユウ様の手によって妨害されました」

「僕だけじゃなくて、みんなのおかげで、ですけど」

「いいえ。ユウ様がいなければ、まず間違いなくエキドナが敗れるような事はなかったでしょう」


 それは……そうかもしれない。


 魔族エキドナ。

 彼女の実力は、当時のクラスのみんなのそれを大きく上回っていたし、もしも僕が最初に接触せず、他の誰かが操られていたのだとしたら、それに抗えたという可能性は非常に低い。

 あの時のクラスのみんなのレベルは、大体二十前後――要するに、一端の冒険者基準ではあったけれど、一流には程遠く、決して強くはなかった。


 ……まぁ、僕から見れば十分過ぎる程に人間離れしていたけれども、それはさて置き。


 エキドナとの戦いの最中に僕が気を失ったあの時、エキドナと正面から戦った結果、みんなが倒れていたのは紛れもない事実だ。


「本来であれば、エキドナはそのまま王都へと向かってファルム王国を牛耳り、同時に迷宮都市アルヴァリッドでの『魔熱病』の拡散。その混乱に乗じて行うはずであったエルフが棲まうラティクスへの侵攻。そしてファルム王国の王都フォーニアに新たな〈門〉を繋ぎ、世界樹と王都フォーニアから同時にリジスターク大陸を侵攻するまでが、私達が知る『星の記憶』が示していた、定められていたはずの未来でした」

「それらは失敗に終わった、という訳ですね」

「その通りです。エキドナは敗れ、〈魔熱病〉の拡散は失敗に終わり、ラティクスでは寸での所でユウ様が陥落を食い止めてしまいました」


 ある意味、魔族にとっても『星の記憶』とやらにとっても、僕という存在はかなり不利益な行動を取っていたらしい。

 僕って『星の記憶』とやらからも目の敵にされてもおかしくない事ばかりしてる事になるんだね。


「度重なる想定外の事態。本来『星の記憶』が辿るべき未来への妨害により、アイリスとエイギルの二人に任せていたラティクス侵攻から先の『星の記憶』は、一時は不安定となり、靄がかかったように不確定な未来を幾つも映し出すようになりました。――しかしある日、『星の記憶』が、これまでの既定路線とは全く異なる、とある未来を映し出すようになったのです」

「とある未来?」

「はい。どうしても避けなくてはならない、最悪の未来――この世界の終焉を」

「……世界の、終焉?」


 唖然としながらも訊ね返した僕に、テオドラは頷いて答えた。


「恐らく、不確定となった未来の存在を知った〈管理者〉が、この世界を放棄する事を決めたのでしょう」

「〈管理者〉って……。まさか、神様が?」

「いいえ、違います。そもそも〈管理者〉にとってみれば、神々でさえただの世界の付属品に過ぎないのです。〈管理者〉とは即ち、神々の先にいる存在――神でさえも抗えないモノです」


 ……正直に言えば、理解が追いつかない。

 いや、言わんとしている事は分かるんだけれども、スケールの大きすぎる話に、理解できても心が追いついていない、とでも言うべきかもしれない。


 ――うん、頭がこんがらがってきた。

 一度話を纏めつつ意味を咀嚼するべく、ティーカップに口をつけて瞑目する。


 この世界は”決められた未来”へと進むように定められていて、それが『星の記憶』と呼ばれているらしい。その『星の記憶』にアクセスできるのが、目の前にいるテオドラを擁する〈星詠み〉という訳だ。

 その『星の記憶』に拠れば、本来ならば異世界からやってきた僕以外の面々であるところの『異界の勇者』は、エキドナとの遭遇によって全員が殺されている――というのが、そもそもの既定路線であったけれど、そのルートは既に潰えてしまった。

 エキドナによる殺害も、魔狼ファムによる疫病の散布も、ラティクスの侵攻も失敗に終わってしまったため、すでに『星の記憶』とやらは当てにならない状態、という訳だ。


 しかし今度は、『星の記憶』とやらが方向性を変えてしまった。

 この世界の終焉という最悪の答えを導き出してしまった、という訳だ。


 神の先にいると言われている〈管理者〉とかいう存在が、どうしてそうも短絡的な未来を選択したのかとか、言いたい事は散々あるけれども……だからってテオドラに向かってゴチャゴチャと文句を言ったり突っかかってみるのも、違う気がする。


「……そもそも、『星の記憶』を全うする事が、魔族の狙いだったんですか?」

「全うする、というつもりはありません。私達は最初から徹頭徹尾、〈管理者〉に抗う事を目的としているのですから」

「抗う……? その割には、『星の記憶』通りに物事を進めようとしていたようですけど?」

「そうするのが一番手っ取り早かったからです。〈管理者〉の方針では、我々魔族の滅びこそが既定路線でした」

「魔族が滅びる……?」


 それは……なんだかおかしな話だ。

 もしも『星の記憶』通りに事が運んでいたら、どう考えても魔族側が有利になる。

 アメリア女王様が言うには、この世界の情勢で言うのなら魔族が優勢であったはずだし、滅ぼされるのはむしろこの世界に生きている魔族以外の存在ぐらいな勢いだったはずだ。


「ユウ様が考えている通り、我々魔族は表面上では優勢な流れになっております。ですが、この状況さえも〈管理者〉にとってはあくまでも既定路線に過ぎないのです。どれだけ人族を追い込んでも、最後には我々魔族は滅ぼされてしまうのです」

「……それが”確定された未来”という訳ですか。でも、だったら最初から人族相手に攻め込んだりしなければ、こうはならなかったんじゃ?」

「……最初に私達に牙を剥いたのは人族でした。その時点で、『星の記憶』が我々魔族の滅亡を確定させてしまったのです。攻め込まれ、虐殺され、蹂躙される事すらも黙って受け入れろ、と?」

「それは……無理な話ですね」

「我々魔族は抵抗しました。その結果、〈管理者〉によって我々は『世界の敵』という役割を与えられ、神々さえも我々を見放し、滅ぼそうとする事こそが正しいと、そうした結論に至ってしまったのです」

「だからって……人族を、滅ぼすつもりなんですか?」

「私達は『星の記憶』から解放されたい、ただそれだけです。それさえ叶えば、人族をこれ以上攻めるような真似をする必要はありません。ですが、もしもそれをする為に人族を滅ぼさなくてはならないと言うのなら……」


 ――その時は、それさえも厭わない。

 言下に込められたテオドラの想いは、わざわざ口にせずとも僕には理解できた。


 例えばテオドラに対して、「いくら自分達が生き残る為とは言え、人族を苦しめた事が正当化できる訳じゃない」と糾弾するような真似は、僕にはできない。


 確定された滅び。

 魔族を追い詰めて追い込んだのは、他ならぬ世界そのもの。


 僕だって、攻めてくる魔族を相手に抵抗を続けてきたのだ。その為に結果として相手を殺す事になろうとも――それを厭うつもりなんてなかった。

 自分達が生きる為に他者を犠牲にしなくてはならないと言うのなら、僕だって他者を犠牲にしてでも生き延びるつもりで、決して綺麗事じゃ済まされない。


 気が付けば、ティーカップは空っぽになってしまっていたらしい。

 おかわりを注いでくれているテオドラを他所に、僕は一つため息を零した。


 魔族が抱えている戦う理由は、要するにファルム王国やこの世界の人々が戦うのと、全く同じような理由。つまり、自分達の生存を賭けた戦いであるという点では、なんら変わらない。

 どちらかを滅ぼさなくては終わらず、ましてや魔族が置かれた立場は――世界そのものが敵、という訳だ。


 ……こうなってくると、本格的に僕がこれからも魔族と戦うなんていう選択肢は、取れなくなってしまったと考えるべきだろう、


 事情を知ってしまえばどうなるか。

 さっきも考えていた通り、もうただの敵として考えられるような状況じゃなくなってしまったのだから。


 ――なら、どうすればいいんだろう。

 思考に没頭しつつもおかわりをもらったティーカップを手に取りながら、揺らめくハーブティーを見つめて、考え込む。


 戦いの原因は、神様さえも通り越した〈管理者〉とかいう存在。

 それが『星の記憶』とやらを書き換えてさえくれれば、全て解決する。

 もちろん、魔族と人族の間にある殺し合いの歴史や溝はあっさりと修復できるものではないだろうけれど、それでもこれ以上の無益な戦いを繰り返す必要性はなくなる。


 ……いや、うん。

 こういうのって、神様に匹敵するぐらいのチート持ち主人公とか、そういう人が対峙する問題じゃないかな。

 幼女にすら劣る戦闘力の僕に一体何ができるのか、さっぱりだよ。


 思わずそんな事を考えて乾いた笑みを浮かべてしまう僕の意識は、テオドラから齎されたあまりにも意外な言葉によって、強制的に引き戻された。


「ユウ様、お願い申し上げます。どうか、陛下を――アルヴィナ様を、あなたの手で葬り、解放してはもらえませんでしょうか」


 何かの聞き間違いだろうかと思いつつもテオドラへと視線を向ければ、彼女は僕の目を真っ直ぐと見つめながら、尚も続ける。


「『星の記憶』によって定められた、終末の未来。それはアルヴィナ様の力の暴走と、それに伴う神々との争いによるもの。それを止めるには、アルヴィナ様がそうなってしまう前に、殺すしかないのです」

「……ちょっと待ってください。それなら、僕以外の誰かでもできるんじゃ?」

「いいえ、それは叶いません。アルヴィナ様の力はすでに神に届く所までに膨れ上がってしまい、例えどのような強者であっても届くような範疇を軽く凌駕しています」

「凌駕って……どういう事です?」

「あの御方を傷つけられるだけのステータスを持つ者など、まず存在していないと、そういう事です。もはやアルヴィナ様に対して剣を突き立てようにも剣先が皮膚を貫く事などできず、魔法を放ったとしてもアルヴィナ様にはかすり傷すら生み出す事はできない。圧倒的――いえ、もはや言葉通りに格が違う存在になられてしまわれたのです」


 テオドラが言わんとしている言葉の意味は、僕にはよく理解できた。

 それはつまりこの世界の――ステータスという概念が罷り通るこの世界だからこそ発生する、『特殊なルール故の弊害』とでも言うべき代物なのだろう、と。


 レベルが上がらない以上、どうしたってステータスが上がらない。

 赤崎くん――赤崎あかざき 真治しんじ――がサッカーをやっていたのにステータスが反映されていなかった事に軽いショックを受けていたように。

 それに加えて、もしもマラソンや筋トレを続けたって、この世界ではステータスに反映される事もない。


 ステータスの変動は、ただ唯一、レベルが上がった時にのみ起こる代物なのだ。


 経験値とでも呼べる『存在力』というものを手に入れる事で、本来ならレベルが上がるのだけれど……僕の場合、【スルー】というスキルによってそれができない。


 それでもどうにかして、魔物と戦ったりする方法を模索し続けている訳だけれど――これが一切うまくいっていない。それこそがまさに、『この世界のルール』のせいだ。


 これまで、何度か魔宝石ジェムを使って魔物を攻撃しようとした事はあったけれど、それでも魔物は一切のダメージすら受けずにピンピンしていた。

 それに対して、僕はとある仮説を打ち立てている。

 それは、〈僕という人間が元々持っている攻撃力〉と〈魔宝石ジェムによって発動した魔法――総称を【魔術】としているけれど――の攻撃力〉が、〈魔物の持つ防御力〉を上回れずに起こった、謂わば圧倒的ステータス差による弊害があるからこそ、僕が攻撃しても意味がないのではないか、というものだ。


 あの〈古代魔装具アーティファクト〉である〈特異型ノ零〉が魔族にさえもダメージを与えられるのは、要するに〈放った攻撃力〉があまりにも大きく、それだけで〈相手が持つ防御力〉を突破できるからだろう。


 それと同じ現象が、アルヴィナに対しての場合はという訳だ。


「万が一にも力を束ね、どうにかアルヴィナ様を討とうとしても、恐らくはアルヴィナ様の暴走が早まるだけ。未来を変える事はできません」

「……だから、『星の記憶』でさえも狂わせた僕なら――と、いう事ですか……」

「その通りです。圧倒的なステータス差さえ物ともせずにエキドナを打ち倒し、さらには絶対とも言える『星の記憶』すらも乗り越えてみせるユウ様ならば、それができるのではないかと、私は考えています」


 ――「それが結果として、アルヴィナを殺すという犠牲の上に成り立っても?」なんて、訊く必要はなかった。


 テオドラの目を見れば、それぐらい判る。

 あまりにもどうしようもなくて、けれどそれしか方法がなくて、だからこそ僕みたいな人間に頼るという方法を選択しているのだろう、と。


 テオドラの提案を却下しようにも、その他に可能性があるものとしては唯一つ。

 神々でさえ世界の付属品でしかないと判断するような、〈管理者〉なんていう存在を相手に、『星の記憶』を違う方向に修正してくれるようにと説得するしかない。

 ……普通に考えるのなら、無理だろう。

 なんせ付属品扱いされる神様でさえ、明らかに人智を超えた存在だ。


 きっとテオドラにとって、アルヴィナを死なせるような選択を受け入れるのは、身を切るような想いで、けれどそれしか回避する方法がないからこそ受け入れた、まさに苦肉の策でしかない。

 アルヴィナが僕に「自分を殺してくれ」なんて言葉を告げてきたのも、これしか方法がないから選んだ答えだ。


 魔王アルヴィナを討ち、『星の記憶』の描いたシナリオを回避する。

 それこそがクラスのみんなも、アメリア女王様達のようにこの世界に生きる全ての人達を救う唯一の道。

 アルヴィナ自身も受け入れ、テオドラも望む、たった一つの光。


 僕はまだ、彼女を――アルヴィナを知らない。

 けれど、ただただ絵に描いたような悪とも思えない。


 むしろテオドラの話を鑑みれば、いっそ悲劇のヒロインとでも言うべき立場にいる彼女の決意には、一体どれだけの覚悟が必要だったか。それこそ、筆舌に尽くしがたいものがあったのだろう。

 勝手に『世界の敵』なんてものに定められてしまった魔族を救うべく立ち上がった、魔王アルヴィナ。そんな彼女の願いを叶えるために取れる手段は、彼女自身の死なんていう、あまりにも残酷過ぎるシナリオだ。


「――お願いします、ユウ様」


 しばし続いた沈黙に、僕が迷っていると判断したのだろう。

 テオドラは改めて僕に向かって懇願するように、頭を下げた。



 







「――あ、重いお願いとか、そういうのはパスでお願いします」










 あまりにも軽すぎる僕の返答に目を丸くしたテオドラの表情に、思わず僕は苦笑した。

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