幕間章 残された勇者達 & キャラクター紹介

幕間章 それぞれの魔導書スキル

「――こんな形で戻る事になっちまうなんて、な」


 悠が連れ去られた事件から、今日で十日。

 俺――赤崎真治――が乗る魔導車は王都フォーニアを出て、再び迷宮都市アルヴァリッドへと向かっていた。


 車内の空気は、相変わらずどこかぎこちない。

 悠を連れ去られて以来、エルナさんはあまり喋ろうとはしなくなっちまったし、ムードメーカー的な役割の朱里も、意気消沈した空気は変わっていない。

 こういう時、エルフのリティさんがいりゃ少しは空気も変わりそうなもんなんだが、彼女は俺達よりも早く王都を出て、今頃はエルフの国であるラティクスに向かっちまっている頃だし、もうすぐ着く頃だろうか。


 王都で悠の仕事が完成したのを見届けてる間も、美癒は瑞羽を連れてさっさとアルヴァリッドに戻ろうとしやがるし……。


 前回ラティクスに行った時は、「まぁ悠のこったから心配ねぇだろ」と高を括っていられたけれども、今回は事情が違う。

 魔族――それも魔王アルヴィナに連れ去られちまったともなれば、当然ながらにあの時のような気構えでいられるはずがなかった。


 ちらりと車内を見ても、誰一人喋ろうともしない。

 悠がいないだけで、こんなにも俺達はバラバラになっちまうらしい。


「――いつまでもウジウジしていたってしょうがないでしょ、真治くん」


 こんな時に口を開くってのもまた、〈発言勇者〉の異名を持っている祐奈らしい。みんなの視線を一身に浴びながら、祐奈は苛立ちを隠そうともせずに続けた。


「ねぇ――悠くんを見くびり過ぎているんじゃない?」

「え……?」

「私達の中でも最も『勇者』らしくない、けれど最も『勇者』と呼ぶに相応しい私達の友人が、この程度のピンチでどうかなってしまうと思っているの? ――少なくとも私は、そんな事は微塵も考えていないわ」


 ――それは、確かにそうだった。

 エキドナに目をつけられてしまったあの時も、ファムって魔族の女の子とぶつかり合った時も。それにラティクスに旅に出るとか言いながら、魔王との邂逅を果たしたあの時だって、悠はいつも無事――とは言い難いかもしれないけれど――に問題を乗り越えてきている。


 でも――俺が、俺達が沈黙しているのは、そうじゃない。

 きっと自分の不甲斐なさが身に沁みていて――――


「アルヴァリッドに戻ったら、どこでレベル上げるか考えていただけ」

「は?」

「ぷりんちゃんをもっと鍛えてあげたいし、他の子達もダンジョンで生活しているだろうから、魔族に攻め込む前に鍛えてあげなきゃ」

「え、ちょっ……」

「私はいわくつきの場所でも回ってみようかしらね。そろそろ新しいが必要でしょうし、直接攻撃できるような種族がいいわね」

「いや、お前ら……」

「――言っておくけれど、真治くん。自己満足な自分の不甲斐なさだとか力不足だとか、そんなのを悔やんで後悔してるのは男子あんた達だけよ?」


 ――――どうも女子は違ったらしい。

 咲良と美癒、瑞羽と続いてから、最後に楓に釘を刺される形となった俺と昌平は、思わず目を見合わせた。


「魔族に連れ去られたって言っても、悠くんは一人じゃないもの」

「そうね。あっちにはがいるじゃない」

「私はまだ納得してないけれど……」

「瑞羽も許してあげようよ」

「一発殴ったら、それでチャラ」


 それぞれの言葉を聞いて、俺は今更ながらにを思い出していた。


「……そっか。魔族側には、安倍と小林がいるんだった、な……」

「ラティクスで私達の為に動いてくれたし、悠くんだったらあの二人から情報を手に入れたり色々とやるでしょうしね。私達は私達で強くなって、いざという時に備えるべきよ」


 ……異世界に来て、なんだかクラスの女子の方が圧倒的に俺ら男子より大人に見えるんだが。


 でも、そういえばそうだ。

 魔族側には、安倍と小林の二人がいる。

 あの二人は悠を敵に回したりはしないだろうし、きっと悠にとっても力になってくれるに違いない。


「第一、どうせアルヴァリッドにいれば悠くんから連絡が来ると思うもの」

「は? いや、悠はまだ遠距離通話用の魔導具とか作ったなんて一言も……」

「バカ、違うわよ。『冒険者カード』を使ってメモを手紙にして送ってくる。ラティクスで一度それをやってるじゃない」

「――……そういえば……」


 どうも、俺だけが悠がいない事に対して落ち着きを失ってしまっていたらしい。祐奈の言葉に「当たり前でしょ」とでも言いたげな全員の視線に、思わず引き攣った笑みが浮かぶ。


 って、昌平も今、「その手があったか」みたいな顔してたよな……?

 何さり気なく逃げてやがるんだ、この野郎。


「ともかく、情報交換といきましょ」

「そうね。お題はもちろん、禁書を通してどんなスキルを手に入れたか、の確認でいいのよね?」

「えぇ、その通りよ」


 俺達が悠のおかげで閲覧させてもらえる事になった、禁書。

 その中にあった魔導書と呼ばれる代物を通して、俺達は確かに新たなスキルを手に入れている。


 そういや、みんながどんなスキルを手に入れたのか、俺も知らないんだよな。


「いいなー。私は悠くんがいなかったから禁書を見せてもらう事もできないままだったから、新しいスキルなんてないのに~」

「でも、朱里は朱里で新しいスキルのヒントを手に入れた」

「うん、そーなんだよっ! ちょっと小耳に挟んだんだけどねー。でも色々考えてみてるんだけど、なかなかうまくいかなくて」


 ……あの、明らかに表情が落ち込んでるように思ってたのって、俺と昌平だけなのか……?


「えーっと、エルナさん、は?」

「なんでしょう?」

「いや、ほら。悠がいなくなって、なんていうか守れなかった事に怒りというか、不甲斐なさというか、そういうの感じてないんっすか?」

「感じていないと言えば嘘になるでしょう。ですが、ユウ様に直接危害を加えるつもりであったのなら、魔王はあの場でユウ様を害していたはず。そうしない以上、ユウ様は無事なのでしょう」


 ――ですが、とエルナさんは続けた。


「自分を許したつもりはありません。せめて、これまで私が使用人として満足しておらず、もっとレベルを上げてさえいたのなら、と思わずにはいられません。――必ず後悔させてやります」

「……そ、そっすか……」


 こ、こえぇ……。

 エルナさんの目、いつも以上に鋭いんですけど……。

 祐奈達でさえ顔を引き攣らせてるし。


「と、とにかく、スキルについて話しましょう。ほら、真治くん」

「お、おう。俺は『業火の魔導書』だけが適合したんだけど、新しく得たスキルは【焔纏】――《クラッド・イン・フレイム》。試してみた感じだと、身体に炎を纏うだけみたいなんだけど、相手の攻撃を受けた瞬間に反撃の炎が襲いかかるっつう、攻防一体型のスキルだな」

「襲ってきた魔物が炎に巻かれて死んでいたから、かなり威力も期待できるんじゃねーかな」


 昌平が言う通り、この【焔纏】はかなり火力面でも使えそうなスキルだ。

 王都近郊には弱い魔物しかいないけれど、それでもあの炎はかつてのエキドナを思い出させるぐらいの威力を持っていたような……って、言い過ぎだな。

 あの時のエキドナの炎にゃ負けてるだろうけれども、威力は十分なはずだ。


「真治くんが攻撃にも使えるスキルを、ね。純粋に私達の攻撃力が上がるなら、私は大歓迎だけれども」

「そういう瑞羽はどうだったんだ?」

「私は『万魔の魔導書』よ。スキルはまだ試してないけれど、【百鬼夜行】――」

「俺達がいないところで最初に試してくれ。というより、むしろ誰もいないところで」

「……さすがに私だって、人前で試す気にはなれないわよ、名前からして。どう考えたって、ねぇ」


 さすがに瑞羽も【百鬼夜行】なんて名前である以上は人前で試すつもりもないらしい。

 割と本気で危険な予感しかしないから、俺としては使わないでほしいぐらいだ。

 ホラー系が苦手な朱里も顔を引き攣らせて固まっちまってるし。


「瑞羽ちゃんが言ったし、次は私でいいよね? 私はね、なんとなんと『召喚の魔導書』だったよ! スキルはまだ試してないし、表示されてないんだけど、ね」

「……おい、昌平。美癒が召喚だってよ」

「……悪魔召喚とか、そっち系じゃないか……? ほら、ぷりんちゃんとか見てると、な……」

「――ねえ、二人とも。聞こえてるよ?」

「ごめんなさい許してください」


 にっこりと微笑みながら釘を刺された俺達は、即座に頭を下げた。


 俺達が女子の中で一番怖いのが誰かって言うと、間違いなく美癒だろう。

 日本にいた頃のアイツは、どちらかと言えば気弱で可愛らしい、守ってあげたくなるようなタイプの女子だった。見た目的に言うのなら、咲良や朱里もそうだけれど、性格だとか仕草だとかからしても美癒が一番女の子らしい女の子だった。


 けれど、こっちに来てからの美癒は、なんつーかヤバい。

 発想が怖かったりもするけれど、なんだろうな。

 もしもアイツが誰かと付き合おうものなら、間違いなくヤンデレになるだろうって思う。


 見た目だけだったら可愛いんだけど、なぁ……。


「じゃあ次は私ね。私は『傀儡の魔導書』。スキル名は【傀儡の宴アンリミテッド・パペット】。どうも私が作った人形とかなら自由に動かせるみたいで、仕事の手伝いにも使えるし戦いにも参加できそう」

「……なぁ、昌平。もう楓と瑞羽がいれば軍勢が作れるんじゃねぇかな」

「落ち着け、真治。そうなってしまったらそこに俺達の存在意義がない。大体、お前の【炎纏クラッド・イン・フレイム】はもちろん、俺だって『氷雪の魔導書』から【柳雪演舞イルーシブ・ダンス】を覚えたしな。前より強くなってるのは間違いない」

「……そうだといいけどな」


 女子勢の勢いに押され気味なせいで、自信が持てなくなってきている気がするのは気のせいなんだろうか。


「祐奈は?」

「……『蠱毒の魔導書』」

「は? 孤独?」

「蟲の毒って書いての蠱毒よ。スキルは【万毒生成インフィニット・ポイズンマスタリー】」

「…………なぁ、祐奈。お前、絶対俺らの飯作らないって約束してくれね?」

「失礼ね。言っておくけど、そもそも頼まれたってあんたのご飯を作ってあげるつもりはないわよ」

「辛辣すぎるっ!?」


 女子にご飯を作ってもらうとか、普通に憧れるシチュエーションではあったんだけど、その希望は今断たれてしまったらしい。

 さて、後は――さっきから無言を貫いている咲良、か。


「咲良は?」

「『幻影の魔導書』から、【鏡の世界ラビリンス】。今ならエルナにも勝てる」

「面白いですね。私もレベルを上げて、その時は本気で手合わせといきましょうか、サクラ」

「ん。負けない」


 師弟対決って、なんだか羨ましいシチュエーションだよな。

 こう、少年マンガ的で。


 しっかしこうして見てみると、魔導書を通して得たスキルの数々ってのは実に多岐に渡るわけだが……全体的に随分と戦闘能力に特化したものが多い気がするな。

 俺達が全員戦闘向けじゃなかった事を考えると、今更な感じがしなくもないんだが……。

 いや、【センタリング】とか出た時はどうすりゃいいんだって頭を抱えたもんだったし。


「そういえば美癒。お前、向こうの世界に帰りたがってたろ? 召喚でそれっぽいのとかできるんじゃねぇか?」

「ううん、それは無理だと思う。召喚はあくまでも召喚で、送還とかの能力はないみたいだしね」

「そっか……」

「それにね。最初は私も動揺してて、向こうの世界に帰れない事に落ち込んだりもしたんだけどね。でも、私達は向こうの世界で死んじゃってるわけでしょ? それに、こっちにはもう私の家族だっているし、置いていけないよ」


 そう言いながら美癒が膝の上に乗せていた、不思議生命体のぷりんちゃんを抱き締めた。


 悠からも、帰れないらしい事は聞いている。

 確か初代勇者のリュート・ナツメってのも帰れなかったみたいだし。

 一応、ヤマト議会国なんてのもあって、そこは調べた限りじゃ和風な造りになっている建物だったりもあるらしいけれど、どんな所か一度行ってみたいな。


 つっても、今はそんな観光してるような場合じゃねぇんだけどさ。


「で、アルヴァリッドに戻ったら、ダンジョンでそれぞれのレベルを上げる事になるんだけど、割り振りはどうする?」

「『勇者班』であるシンジ様達は、しばらくは優先してレベルをあげてください。私が他の皆様のレベル上げに付き合いつつ、そちらをカバーします。レベル的にも『制作班』である皆様と私は近いですし、不都合はないかと」

「エルナさんがそう言ってくれるのはありがたいけれど、俺達もちったぁ手伝った方がいいんじゃねぇか?」

「いえ、『勇者班』の皆様のレベルを上げる方が重要です。万が一、ユウ様が救援を求めてきた場合、魔族の跋扈する大陸に向かう可能性もあります。であれば、最前線を切り開けるだけの力が要求される可能性もありますから」

「それもそっか……」

「エルナさんエルナさん。魔王がいそうな場所に、何か心当たりはないんですか?」

「残念ながら、それらしい情報は……。ただ、もしかしたら我々もラティクスで魔族が行おうとした方法を逆手に取り、こちらから〈門〉を通って奇襲できる可能性もあります。とは言え、これはリティが戻るまでは期待はできないと考えるべきでしょう」


 朱里の問いかけに、エルナさんは難しい表情で答えた。

 ラティクスじゃ、俺らは目の当たりにしてないけれど、世界樹を〈門〉に世界を渡ってきたって話だ。それに、今回悠が攫われた時だって、魔導陣から魔王アルヴィナが召喚されて姿を見せたって話だし、可能性がない訳じゃない。


 いずれにしても、その時は俺らだけで魔族の居城に乗り込む可能性もあるんだよな。

 エルナさんの言う通り、戦闘向きな俺らがレベルをあげて、せめて魔族相手に一対一で戦える程度ぐらいまでは強くならねぇと、話にならないだろう。


 ――『勇者召喚』。

 そんな事態に巻き込まれた当初は色々あったけれど、その時は魔族と正面から戦う必要も、理由もなかったかもしれない。けれどアイツを――悠を狙って手を出してきたりした以上、魔族は俺らにとっては明確な敵だ。


 もしも悠に何かあったら、そん時は――絶対に許しやしねぇ。


 拳を強く握り締め、自分に誓いを立てる。

 俺は魔導車に取り付けられた窓の外を見つめて、決意を固めていた。

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