3-15 反撃の狼煙



 ――――時は僅かに遡る。



 ルシェルティカが指揮するエルフ達と押し寄せる魔物達との戦いは、ルシェルティカが予想していたよりも早く――瓦解するという形によって変化を齎された。

 押し寄せる魔物の後方にいた、身長にして五メートル以上はあろうかという鬼を思わせる魔物――オーガの軍勢が、エルフの前衛を吹き飛ばし、ラティクスの内部へと突撃を敢行。巨躯と強靭な肉体を持つオーガにより、前衛を務めていたエルフ達が支えていた前線は崩壊し、それにより一挙に魔物の侵入を許してしまう形となったのだ。


 現在、ルシェルティカが契約精霊ウィル・オ・ウィスプに指示を与え、前線を下げながらも応戦しているものの、状況は決して芳しくはなかった。


「ルシェルティカ様! このままでは押し込まれますッ!」

「我々が押し留めている内に王宮へ避難を!」

「なりません! アリージア様が首魁と戦闘している今、私が逃げる事などあり得ません!」


 ハイエルフであるアリージアの側近であるルシェルティカは、アリージアに次ぐラティクスの中心人物だ。戦闘能力こそ戦士達には劣るものの、指揮能力はラティクスでも随一を誇る彼女を死なせるわけにはいかない。

 ラティクスの中心側に位置する王宮ならば、〈エスティオの結界〉とはまた異なる結界で守られているため、中心部から南に進んだ位置で指揮を執ったままでいるよりは余程安全だと考えるエルフ達の進言であったが、ルシェルティカはそれを一蹴した。


「私が下がれば、統率は乱れてしまいます。ラティクスを護るには、私のウィル・オ・ウィスプによる情報は必須。王宮内からでは細かい情報が伝わりません」


 ルシェルティカはそれだけ答えながら、ウィル・オ・ウィスプを通じて現状把握とその対策の指示を続ける。


 現在、魔物の軍勢は南と西、北東の入り口から進軍を続けている。

 オーガによって深い位置まで侵入を許してしまったのは、一番最初に〈エスティオの結界〉が破られる形となった南側――つまりはルシェルティカが今いる場所だ。

 他の場所からエルフを呼び寄せれば対処できない訳ではないが、北東と西からの防御が手薄になれば、そちらでもイレギュラーな事態が起こった時、ラティクスは完全に陥ちる。


 とは言え、現状を打破できるのは、アリージアや世界樹を護る大精霊であるルウが何かしらの手を打つぐらいなもの。もしくは、悠が〈エスティオの結界〉の代わりを完成させる事ぐらいだ。

 ルシェルティカや他のエルフに押し返せるだけの一手は存在していなく、あくまでも時間稼ぎに近い。


 逆転の一手を持つであろう者達に縋るしかないのは歯痒いが、それでも歯を食い縛りながら戦い続ける道しか、ルシェルティカや他のエルフ達に残された道はないのである。


 そんなルシェルティカを嘲笑うかのように、状況は再び動いた。

 ウィル・オ・ウィスプが突如、北東を示す薄い青に変わって明滅をしたかと思えば、西を示す緑に変わって再び明滅してみせた。


「……そんな……――北東と西でも戦線が瓦解した……?」


 ルシェルティカの力ない呟きと光の明滅が示すもの。

 それは恐れていた事態が現実に変わったという、ウィル・オ・ウィスプを介した無慈悲な情報であった。

 どうにか首の皮一枚で繋がっていた状況が、ここにきて大きく形勢が傾いてしまったという事実に、ルシェルティカの周囲にいたエルフ達の顔から、表情が抜け落ちた。


「……終わりだ……」


 誰かが呟いた一言は正鵠を射るものであった。

 西と北東は、南に比べれば遥かに人員が少ない。押し切る程の力はもちろん、一度瓦解した戦線を再び持ち直す事さえ困難だろう。ルシェルティカもまた、この情報によって目の前が真っ暗になってしまった気がして、思わず崩れ落ちるように膝をついた。


 しかし、その時だった。

 再びウィル・オ・ウィスプが、先程までと同じく西と北東を示す青と緑に光ると、その輝きを強く増したのだ。


「え……?」

「る、ルシェルティカ様。一体何が……!?」

「……西と北東で、魔物の軍勢が押し返されている……」

「魔物が、押し返されて……!?」


 一体何が起きているのか、ルシェルティカも理解できなかった。

 突如として齎された情報に困惑する中、南側の前線からの伝令がルシェルティカらのいるその場所へと駆けてきた。


「ルシェルティカ様! 前線の魔物が一斉に沈黙!」

「な……ッ、何が起こったのです!?」

「それが……!」


 言い淀むような伝令の態度に続きを急かすように、周囲から視線が集まる。

 そんな中、伝令が発したのは――――


「突如現れた二人組の男の冒険者が、次々と魔物を狩っている模様です!」


 ――――誰も予想さえしていなかった、助っ人の存在であった。

 聞けば、一体何者なのかは判らないが、突如として姿を現すなり次々と魔物を屠り、エルフ達をも下がらせ、たった二人で戦線を押し返しつつあると言うではないか。


 突如として動き出す状況。

 事態を把握しようにも、目まぐるしく動くこの状況にまるで追い打ちをかけるかのように、更にルシェルティカが予想していなかった出来事が続く。


「報告! 西側、二名の女性冒険者による助っ人を確認! 魔物を次々と屠り、今もなお戦闘中!」

「報告しまーす! 北東では五名の男女の冒険者によって、魔物の侵攻が食い破られ、現在は完全に押し返してまーす!」


 西側からやってきた伝令と、北東側からやってきた伝令もまた、助っ人の存在を示唆したのである。


「一体、何が……?」

「――エルフの偉い人?」


 呆然とするルシェルティカに向けてかけられた声に、誰もが声の主の存在に気が付いたかのように振り返る。そこに立っていたのは、悠と同じく黒い髪に黒い瞳を携えた、小さな少女であった。


「あなたは……?」

「悠の仲間。呼ばれたから助っ人に来た」

「ユウさんの……?」


 こくり、と頷いた少女――咲良は、短く現状を伝えた。


「北東は私達、西は私の師匠とその仲間。南のは……仲間と言えば仲間。そっちは巻き込んで殺しちゃってもいい」

「えっ!? み、南は仲間じゃないのですか?」

「大丈夫。ちょっと痛い目見ても、エルフからならあいつらには多分ご褒美」


 いまいち咲良の言葉が理解できないルシェルティカが目を白黒する中、咲良は「エルフ下げていい」とだけ告げると、さっさと西側へと進もうと踵を返した。


「お、お待ちを! いくらなんでも、魔物の軍勢相手にその人数では危険では……!」

「ん、大丈夫。私達、レベル五十超えてる」

「……ご、五十?」


 エルフでも平均して二十五から三十もあれば十分に強いレベルだ。そんな中で突如として告げられた予想だにしない返答に、きょとんとしたルシェルティカ達を背に、咲良はその場から掻き消えるように西へと一気に移動を開始した。


 疾風の如く駆け抜ける咲良の移動速度は、もはや常人では目で追えない程の速度で疾駆する。ラティクスの中央より南側にいたはずの咲良は、たった数分で西側――悠とアルシェリティアが入ってきた側の戦闘地域へと移動すると、前方で戦う師の姿を見つけて口角を僅かにあげると、師と反対側の位置へと飛び込み、行動を開始した。


 そんな弟子の姿に気が付いたのか、師である女性がふと口を開いた。


「お久しぶりです、サクラ」

「久しぶり、エルナ。って言っても、まだそんなに経ってないけど」

「そうですね。毎日会っていたので、つい」

「ん、分かる」


 二つの黒い影が縦横無尽に動き回りながら、魔物達を屠る。

 何が起こったのか理解すらできない様子で細切れとなっていく魔物達の姿に唖然として見守っていたエルフ達であったが、そんな中でも息一つ乱す事なく会話する西側の助っ人――エルナと、ラティクスの中央部を経由してやってきた咲良の会話から、どうやら仲間である事は窺い知れた。

 そんな二人の先で、祐奈が瓶詰めされた液体を魔物達の中へと投げ込むと、激しい爆発を引き起こして一帯に穴を空け、動きを止めたエルナと咲良へと歩み寄っていく。


「やっほー、咲良」

「ん。そっちも間に合ったんだ」

「そ。って言っても、『制作班』は私だけだけどね。北東は?」

「もう真治と昌平がある程度落ち着いてると思う。美癒と瑞羽ははぐれた魔物を狙って動いてる」


 短いやり取りではあるが、実際に北東側では今頃、『勇者班』によるレベル上げ――もとい、魔物蹂躙が始まっており、だからこそ咲良は戦闘面では厳しいと思われる西側へとやって来たのである。

 咲良の一言に、エルナと祐奈の二人はほっと胸を撫で下ろしていた。


「さすがだね。まぁ、心配はしてなかったけれど」

「サクラ。ユウ様から指定された場所は判りますか?」

「ばっちり」

「なら、は頼みますね」

「がってん」


 師弟関係となって以来、エルナと咲良の信頼関係はしっかりと構築されているようだ。祐奈は二人が短いやり取りで通じ合うように視線を交わし合う姿に感心しつつ、改めて咲良へと視線を向けた。


「それで、南側どうするの?」

「放置一択」

「あー……、咲良はまだ許してないんだね、

「……悠の呼びかけにちゃんと応じたから、許してもいい。でも、まだ終わってないから許してない」


 何故、『勇者班』とエルナと祐奈がこの場所にいるのか。

 その答えは咲良の言葉に集約されていた。


 咲良が言う通り、悠がラティクスで起きている裏切りやその状況から魔族襲来の可能性を考え、『制作班』と『勇者班』に情報を与え、ラティクスへの援護を頼んでいたのである。

 呼び出した張本人たる悠に言わせれば――「魔族と正面から僕だけで戦えるわけないじゃない、冗談じゃないよ」との事であった。


 アルヴァリッドから東に進んだエルナと祐奈。

 リジスターク北東部を進んでいた『勇者班』一行。


 そして――南側を担当しているのは。


「ま、あの二人なら大丈夫なんじゃない? 私達なんかよりよっぽど優れた〈オリジンスキル〉を持っているらしいし?」









「いやいやいやいや! これ無理っしょ! 何この数! ってか援護は!?」

「いやー……、こっちにはくれないんじゃないかなぁ。俺達、悠に借りばっかりだし、他のみんなも許してくれるとは限らないし」


 ――安倍泰示に続いた小林暁人の声。

 二人はお互いに叫びながら魔物達を相手に戦いを繰り広げていた。


「だーーッ! こうなったら一気にやってやる!」

「ちょっ、泰示っ、俺巻き込まれちゃう――!」

「【部屋の中なら最強ルール・オブ・ルーム】!」


 慌てて退避した暁人を他所に、泰示を中心に半径十メートル程度の範囲に不可視のテリトリーが発動し、魔物達を呑み込んでいく。


「――【限定的強者リミテッド・パーフェクション】」


 刹那、泰示が日本刀にも似た二本の刀を構え、テリトリー内の魔物を一刀両断に伏していく。咲良以上の速度に加え、鋭い斬撃をこなす様は、正しくその場では最強の名が相応しい。


 これこそが、泰示の持つ〈オリジンスキル〉――【内弁慶】。

 狭い範囲内でしか発動できないという欠点こそあるものの、彼が形成したテリトリー内では驚異的な能力を発揮できる。【部屋の中なら最強ルール・オブ・ルーム】によってテリトリーに指定された空間内は、彼を限りなく強化するという〈オリジンスキル〉であった。

 ただし――テリトリーから外れた位置から攻撃をされたり、この【部屋の中なら最強ルール・オブ・ルーム】が発動している間は自分はそのテリトリーから出る事すらできないという点では、対処のしようがないものではあったりもするのだが。


「ハッ! どんなもんよ!」

「どんなもんよ、じゃねぇから! 俺巻き込まれるトコだったじゃん!」

「うるせー! っつかお前、悠に会ったらお前が謝れよ!?」

「ちょっ、なんで今その話!? っていうかなんで俺!?」

「ファムっての拉致ったのお前のせいだろ、バーカバーカ!」

「り、利用価値があるんだからいいじゃん、バーカ!」

「ケモミミを見逃せないとか言って飛び出したのお前だろ!? 俺、これ以上悠に借りなんて作りたくなかったんだぞ!? アイツに笑顔で脅されたりしたらお前のせいだかんな!」

「あーもう! 分かったってば! っていうか、さっさと片付けよう! 話はそれからだ!」


 再び押し寄せる魔物を前にしながらも、なんとも緊張感のない会話が繰り広げられている姿に、周囲のエルフは引き攣った表情を浮かべて見つめているのだが、当の二人はそれに気付いていないようであった。


 そんな中、今度は暁人が〈オリジンスキル〉を発動させた。


「【技巧模倣スキル・コピー】――【偽魔法フェイク・マジック】!」


 暁人の目の前に展開された黒一色の魔法陣が、緑色の光へと変色。直後、【風魔法】の上級魔法――【風刃乱舞】と呼ばれる魔法が発動し、風の刃が押し寄せる魔物の波へと殺到し、斬り裂いた。

 前衛型の泰示とは異なり、後衛型〈オリジンスキル〉――【模倣】。実際に見た事のあるスキルを発動させるといった代物であった。

 威力は半減してしまうというデメリットもあり、さらに発動するスキルを指定できないという欠点こそあるものの、多種多様な攻撃を発動できるという点では、かなり戦闘能力に秀でていると言える。


 限定的な強化を施せる泰示と、あらゆるスキルを使える暁人。

 この二人の〈オリジンスキル〉は、悠ら他のクラスメイトに比べてもかなり戦闘能力に秀でたものなのだ。


 ――――もっとも、こうした二人の〈オリジンスキル〉があったせいで、二人が増長し、一時は仲間達に対して多大な迷惑と失礼をするはめになったのだが、それはさて置き。


「なぁ、暁人」

「ん?」

「俺らってさ、一応魔族側なわけじゃん? これ、ここで暴れてんのバレたらヤバイよな?」

「あー……うん。それなー……」


 悠が読んだ通り、二人は魔狼ファムを救出し、悠が作った魔導具を魔族側に密告する事で魔族の協力者として迎えられている。悠の魔導具については黙っていても伝令役から伝わってしまうため、その功績を横取りしたと言えなくもないのだが、そうした情報を提供した事で一応の信用を得て、ゼフと共に行動しているのだ。

 とは言え、今回ばかりはかなり危険な橋を渡っている。

 ゼフを通じて悠から齎された情報を基にラティクスの状況を知った二人は、あくまでも魔族側の助っ人という名目でこの場所に来ており、表向きには悠達とは敵対しなくてはならないのだ。


 ――もしも魔族側に裏切りがバレたら。

 そう考えて訊ねた泰示であったが、暁人が小さく嘆息した。


「つっても泰示さ、この状況でまた悠とかと敵対してみ? 俺ら、今度こそ見逃してもらえないと思わん? ファムを捕まえた時も、「地下牢にでもぶち込みます」とか言われてたし、アレ完璧にバレてたっしょ」

「……だな……。あれも借りだよな、どう考えても」

「魔族に敵対してんのがバレてバックレるのと、悠達の邪魔してバックレるの、どっちが安全かって考えたら……――」

「どう見ても魔族からバックレた方がいい。俺、悠だけは敵に回したくない」

「そーゆーこと。俺もアイツを敵にしたら何されるか分からないし、絶対お断りだっての」


 そもそも二人がファルム王国の王城に召喚された際、悠にだけは声をかけなかったのは、増長した二人であっても「悠だけは味方にしようとしても敵に回したとしても、どっちにしても何かやらかされかねなかったから」という理由が二人の本心であった。

 悠という存在は、無理に身内にするには危険過ぎるし、敵に回せば何を仕掛けてくるか判ったものじゃない、というのが二人の共通認識なのだ。


「ま、俺達は魔物の相手してりゃいいんだし、タイミング見計らって逃げりゃいいか」

「だな。っつー訳で、こっからは討伐魔物数で勝負な」

「はぁっ!? ちょっ、それ暁人の方が有利じゃん! 俺の【部屋の中なら最強ルール・オブ・ルーム】、一回発動したら次使えるまで時間かかんだぞ!?」

「俺だって当たり外れあるんだから言いっこなしでしょ」


 まるで戦場らしからぬ空気を醸し出しながらも、二人は再び魔物の群れを相手に戦いの中へと身を投じていくのであった。






 一方その頃、北東――『勇者班』を率いる真治は、殺到していた多くの魔物達を屠りつつも、未だに終わりが見えない程の数が接近しつつある魔物の群れに顔を顰めていた。


「これ、どんだけいるんだ……?」

「ここだけで数千は固い。恐らく、全体を合わせて二万に届くかどうかといったところだな」

「一匹一匹は大した事ないけど、さすがにこの数は骨が折れるね~……」


 真治の呟きを拾った昌平の言葉に、美癒が呆れたように呟くが、三人と共にいる瑞羽もまたため息を吐きたくなるのも無理はなかった。

 北東の内部へと押し寄せていた魔物達を殲滅しつつ、どうにか結界の外まで戦線を押し返したものの、その視線の先には未だ多くの魔物が森を埋め尽くすかのような勢いで迫ってきているのだ。


 すでにエルフもかなり体力的にも消耗してしまっているため、戦闘面で当てにするのは難しい。とは言え、今はたった四人――と、美癒が連れた数匹の魔物と、瑞羽が操るアンデッド類を除いて――で相手をするのもなかなか酷というものであった。


「どうするよ、これ」

「どうするも何も、諦める訳にはいかないでしょう? 咲良がエルナさん達の所に行ってるんだし、悠くんもどこかで戦ってるはずなんだから」

「だよなぁ……。しっかし、まさかこんな事態になってるとは思わなかったぜ、正直」


 悠から呼び出された際、真治らはリジスターク大陸の北東部に向かって進んでおり、未だラティクスは平和な頃であった。

 美男美女の多いエルフがいる国と聞いて、今では寡黙で真面目な性格となった昌平も、男としての真治もまた密かに楽しみにしていたのだが、到着してみれば魔物の群れに包囲されており、一点突破でようやくラティクスに入り込めたのだ。


 一点突破する際は密度の薄い箇所を狙って突破し続けられたが、いざこのまま全ての魔物を相手にするとなると、辟易とした気分にならずにはいられない。


「ま、上等だ。やってやるぜ」


 片手にカイトシールド、逆側に片手剣を構えた真治が魔物の軍勢へと対峙する。




 いざ――と動き出そうとした、その瞬間。

 半透明の光のヴェールが空から大地に降り注ぎ、魔物の身体が大地に押し潰されるかのように動きを鈍らせた。




「なんだ……?」

「魔物の動きが、鈍った……?」





 それはアルシェリティアによって刻印が刻まれ、悠が仕込んでいた魔導具が発動した瞬間であった。


「なんかよく分からんが……」

「悠がやりやがった、か。いずれにせよ――――」









 ◆








「――何を遊んでいる、アイリス」


 そう言いながら、アリージアの目の前に現れたエイギルが脇に抱えていた悠を投げ捨てた。

 力なく、一切の抵抗も見せずに倒れ込み、懐から幾つもの魔法石が転がり落ちて散らばる中でも微動だにしない姿からは、やはり気を失っているだろう事が窺えて、アリージアの視線はエイギルへと向けられた。


「お前が希望した勇者だ。死にかけて気を失っていたのでトドメを刺してしまおうかとも考えたが、お前が煩そうだったのでな。連れて来てやったぞ」

「オレの獲物が死にかけてた、だと? おいおい、魔物にやられっちまったのかよ」

「いや、そうではなさそうだったがな。どうやらオルトネラが相打ちになったようだ。ヤツも気を失って倒れていた」

「オルトネラ、じゃと……!?」

「おいおい、ハイエルフ。あのゴミ糞が裏切り者って知らなかったのかぁ?」


 アイリスとエイギルの会話でようやく裏切り者であったオルトネラの正体を知る事となったアリージアは大きく目を見開き、その姿を嘲笑うかのようにアイリスが揶揄してみせた。

 そんな相棒アイリスの悪癖とも言える態度に小さくため息を零すと、エイギルは悠を指差した。


「アイリス、殺るなら殺れ。エキドナを倒したのはそいつだ。気を失っている今なら放っておいても構わないだろうが、意識を取り戻したら何を仕出かすか分からん」

「――ッ、ブリッツ!」


 咄嗟に悠を庇おうとアリージアが声をあげた。

 額に生えた角に雷撃を溜め込み、即座に放たれた一撃は――しかし突如として射線上に現れたエイギルの手によって弾き飛ばされ、明後日の方角へと吹き飛び、大地を砕いた。


「お前の相手は俺だ、ラティクスの女王アリージア。アイリス、こっちは俺が引き受ける。さっさと殺れ」

「チッ、気絶してるヤツを殺したって面白くねぇってのによう」

「言ったはずだぞ。油断はするな、と」

「へいへい。そんじゃ、死んでもらうとするかね」


 気負いなく、不平不満を口にしながらアイリスが翳した手の前に浮かび上がる、真っ赤な魔法陣。その中心から生み出された巨大な火球が、倒れたまま未だに身動ぎ一つしない悠へと向かって放たれる。睨み合うエイギルに動きを封じられたアリージアには、その様を見つめるばかりで止めることはできなかった。

 着弾と同時に巨大な火柱を生み出したその一撃を前に、アリージアが悠の名を叫ぶ。

 エイギルはちらりと決着を確認し、アイリスもまた間違いなく燃やし尽くしたであろうと自らの魔法の威力を確信しており、「呆気ねぇな」と短く呟きながら興味を失ったかのように視線をアリージアへと移した。


 アイリスと、警戒度を引き上げるエイギル。二人の視線が悠を燃やし尽くす炎から外れる、刹那――アイリスとエイギルの二人が苦悶の声を漏らしながら、さながらその場で足踏みでもするかのように足を踏み鳴らしながら、突如として襲いかかる重力に耐えようと、体勢を崩した。


「ぐぅッ、な、んだ、これ……!」

「……まさか……!」


 フードを目深に被ったままのエイギルが、慌てて火柱へと振り返り、に気が付いた。


 轟々と音を立てて燃え盛る炎の中に煌めく、赤を貫くような青い光に。


「避けろ、アイリスッ!」

「――あ?」


 アイリスの返事と共に火柱が青い光線によって消し飛ばされ、まっすぐアイリスへと放たれた。


 もしもエイギルの声がなければ。もしもアイリスが〈十魔将〉の一角に届かない程度の実力者であったならば、まず間違いなく呑み込まれていたであろう光の奔流が、アイリスへと肉薄する。

 普段ならば十分に避けきれたはずの攻撃。しかし、突如として襲いかかった、謎の重力のせいで動きが鈍ったアイリスは、咄嗟に横へと避けながらも魔力による障壁を強化した。


 結果として、左腕の犠牲だけでアイリスはなんとかその一撃を凌いだ。


 燃え尽きたかに思われた悠が火柱のあったその場所で立っており、手に握られた黒い銃身を持つアーティファクト――『特異型ノ零』と呼ばれる魔導銃からは、未だにバリバリと音を立てて魔力の残滓を撒き散らしている。

 加えて、先程まで傷だらけで鮮血に染まっていたはずの身体は、傷の一つどころか、染まっていたはずの血でさえも消え去っており、それどころか汚れさえも消え去ってしまっているではないか。

 その立ち姿に、アリージアはもちろん、アイリスもエイギルも、違和感を抱かずにはいられなかった。


「今の一撃で倒れてくれれば儲けものだったんだけど、そううまくはいかないか。まぁ、左手が使い物にならなくなってくれただけ、マシかな」


 当の本人の一言は、奇襲を失敗した後悔の声どころか、さも防いで当然であったかのような気軽なものであった。


「賭けではあったけれど、リティさんがアレを完成させてくれた以上、僕らの勝機はぐっと近づいたって訳だ。今までは追いかける側だったけれど、ここからは僕の――いや、僕らの番だよ」


 口角を上げた悠が、堂々と言い放つ。







「――さぁ、反撃の時間だ」







 世界樹の〈界〉にて悠が、ラティクスにて真治が告げる、反撃の声。

 これまで後手に回らされ続けてきた勇者達の反撃が、始まろうとしていた――――。

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