2-18 Ⅱ Epilogue




「この度は本当に、どうお礼を言えば良いものか……」


 エルナさんに言われ、アムラさんとリルルちゃんの様子を見にやってきた。


 佐野さんと薬師ギルド、それとロークスさんが提供した、個人的に調べていたアムラさんの状態観察日誌などによって〈魔熱病〉を引き起こす毒薬の製法が判明、その解熱剤も程なく完成に至った。

 やはりと言うべきか、〈魔熱病〉に使われていた原材料は僕が以前、赤崎くん達の高熱時に採った、アルミット草に酷似していた葉――吸魔草と僕らは呼んでいる――だったようだ。

 薬に関しては門外漢な僕だけれど、魔導具作りがこうして〈魔熱病〉の原因となる材料を引き当てる結果となったのは運が良かった。


 リルルちゃんも以前のような刺々しい雰囲気は――――あれ、僕と視線を合わせてくれないんだけど。


「……ユウ様、この家を知る時に脅すような事を口にしたからでは?」

「あはは、そんな事もあったね。ごめんね、リルルちゃん。あれはちょっとしたお茶目なジョークだよ」


 にこやかに謝罪してみると、リルルちゃんはおずおずと――アムラさんの背後に隠れてしまった。


「ごめんなさい。この子、あの〈火の精霊祭〉でユウさんが壇上で話す姿を見ていたもので……」

「あぁ、あれを見てしまったのですか。それはそれは、小さな子にはもはや悪鬼の類に見えるでしょうね」


 ヒソヒソと喋るアムラさんとエルナさんの会話だけど、この室内でヒソヒソ喋られても聞こえてるんだけども。というか僕に向かって聞こえるように言ってるでしょ、エルナさんは。


「ところで、アムラさん。旦那さんが亡くなったのは本当なんですよね?」

「え? えぇ、その通りです。これからは私がこの腕一本でこの子を育てるつもりです」

「失礼ですが、それをできるだけの職がおありなのですか? 元冒険者で家庭に入ったのでは、なかなか職を見つけるのは難しいかと思いますが」

「いえ、知人もこの町で働いていますから。大丈夫ですよ」

「そう、ですか……。ですが、もしも職が見つからなくてどうしようもなかったら、いつでも言ってください」

「エルナさん……。本当に、ありがとうございます」


 乗りかかった船、ってところかな。

 エルナさんもアムラさんとリルルちゃんの今後を考えると、我関せずではいられないみたいだった。

 エルナさんが先を案じてオルム侯爵家の使用人見習いとして雇おうとしているのを悟っただろうアムラさんの、言下に「これ以上の世話をかける訳にはいかない」という意思表示は、エルナさんの気遣いを理解した上での断りみたいだ。


 今回の〈魔熱病〉の治療費は、治験扱いとなったため免除させてもらっている。これはエルナさんだけではなく、佐野さんや薬師ギルドからの提案だったので、当然僕に否やはない。

 むしろなんで僕に確認を取るのかな、それ。僕が無理にお金を取ろうとか、それを理由に奴隷にでもしてしまうとでも思っているんだろうか。


 ともあれそういった経緯もあって、更に職まで紹介してもらうなど、アムラさんだって好意に甘えてばかりでいるわけにもいかないと考えているんだろうか。

 病気だったせいで儚い雰囲気を纏ってこそいるけれど、アムラさんとて元は一流の冒険者。自分の身と大切な娘を、自らの手で守るつもりなのだろう。これ以上は余計な心配ってところかな。


「ユウさんは今後、魔導具開発でお忙しくなりそうですね」

「え? あー、うん。実はそうでもないんですよね」

「えっ、どうしてです? 魔族に対抗するだけの魔導具を作れるのであれば、仕事に困るなどなさそうですけれど……」


 アムラさんに水を向けられて、今の状況について説明する。


 確かに僕の魔導具は、自分で言うのもなんだけど革新的だ。

 対魔族用の魔導具。それが町の防衛面を強化できるという意味では、実に有用性が高いと評価されている。

 けれど、これが町全域を覆うような巨大な装置として作るとなれば、それこそ色々な問題が浮上してしまう原因にもなってしまったのである。


 まずは費用面だ。

 一つの町を覆うには、やっぱり巨大な魔石か大量の魔石が必要になってしまうため、僕個人がそれを用意して作り上げてから売るというのはまず不可能な規模になってしまった。

 そもそも町の大きさや町の作りを把握して、それ用の魔法陣を刻印しなくちゃいけないっていう時点で、僕自身があちこちの町に直接出向いて作る必要があるっていう問題もある。


 そして何より、「何処の国で、どの町から着手するか」で揉めている、というのが実情である。


 魔族との戦いが激しい前線に設置すれば良い、という単純な考えでいた僕だけれど、やはり今回の〈火の精霊祭〉で発表したのはまずかった。今回のお祭りはただのお祭りではなく「勇者のいる町で行われるお祭り」というネームバリューが大きく影響していたのだ。

 要するに、ファルム王国以外の国からも〈火の精霊祭〉を見に来ていた人が多くいて、その人達によって対魔族用の魔導具――【敵対者に課す呪縛】の効力は瞬く間にそれぞれの国の上層部へと伝わった。

 そのせいで次々とファルム王国に僕を招致したいという連絡が舞い込んできているのだと、エルナさんのお兄さんであるシュットさんから聞かされている。近い内に王城へと出向き、詳細を詰める必要があるとジーク侯爵さんからもすでに釘を差されているので、僕は個人で仕事を受ける余裕がないのである。


「――とまぁ、そんなわけでして。僕は相変わらずなんですよ」

「……それはまた、随分とスケールの大きな話になってしまいましたね……」

「仕方がない、と割り切るしかないでしょうね。ユウ様が作ったあの魔導具は、町の安全を確実に向上させる一手となります」

「それでも、すでに『魔力計測器』はかなりの数を作って前線に送っているんだけどね」


 当然、僕一人で作るのでは数に限りがあるけれど、そこは〈アゼスの工房〉の面々の協力によって、どうにかこなせていたりもする。僕は自分が作った魔導具の刻印を秘匿するではなく、アイゼンさん達にあっさりと公開したのだ。

 あの工房の人達は、完成された刻印さえしっかりと把握していれば、【魔導具制作】スキルで複写する事ができるからね。もっとも、そんな真似ができるのは一流の中の一流と呼ばれる人達のみだそうだけれど。


 その流通に関わっているのが、オルム侯爵家お抱えの商会と、ザーレ商会である。

 彼らのネットワークによって品物はこの世界にしては類を見ない程の早さで前線へと普及されているそうだ。


「そうなると、ユウさんは国の偉い方々が決めた場所へ赴くのですか?」

「いずれはそうなるのかな。どうなるのか、自分の事なのにハッキリ判らないっていうのはどうにも気持ち悪いけどね」


 自分の事なのに他人に左右されるっていうのは、どうにも僕の性には合わないんだよね。


 素直に言うことを聞きたくなくなるのが僕という人間なわけで、今この状況で一人で突然旅にでも出たら、周りはどんな反応するんだろうとか、ついそんな想像を巡らせてしまう。

 ジーク侯爵さんが他の国の人達とすり合わせしてるって言っても、しばらくは時間がかかるかもしれないし、魔王軍だって僕を探さなくちゃいけなくなるなら、時間稼ぎとしてはなかなかいい案なのかもしれない。







 ……なるほど、一人旅か。

 みんなも旅に出るって言うなら、僕も一人旅的な事をしてきてもいいかもしれないなぁ。







「……ユウ様? 何を一人で頷いていらっしゃるので?」

「あはは、気のせいじゃない?」











 敵を騙すには、まず味方からって――言うよね?












――――第二部 FIN――――

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