Ⅱ 迷宮都市で最も恐れられる男

2-1 Ⅱ Prologue



 オルム侯爵家の別邸。

 長い廊下をカツカツと踵を踏み鳴らしながら歩き、一室の前で僕――高槻 悠――は立ち止まり、扉を押して開いた。


 正方形の広い部屋には円卓が置かれ、そこにはすでに八人の同郷の友の姿があり、言葉なく真剣な眼差しをこちらへと向けている。


 気軽な挨拶もなく、向けられた八対の視線に視線を返す事もなく、僕はそのまま部屋の最奥部に位置する空いた椅子の前へと向かった。

 後ろからついて来ているオルム侯爵家の令嬢でありながらも、相変わらず使用人の立ち位置を守る、深い青色の女性ことエルナさん――エルナ・オルム――によって椅子が引かれる。


 僕はその椅子に腰掛け、机に肘をついて顔の前で指を絡めた。


「――忙しい中集まってもらってすまない。すでにみんなには告げた通り、今日は大事な話があってね。こうして時間を取らせてもらった」


 硬い声質で語りかければ、誰かが息を呑むような音が聞こえた。

 真剣な表情で頷く者、困惑した目で僕を見つめる者、なんとなくジト目を向けている者もいるけれど、最後のジト目は気にしない。


「これは非常に重大な案件だ。僕だけでは対処できず、みんなの忌憚のない意見が聞きたい――」


  続く沈黙を愉しむかのようにゆっくりと目を瞑り――意を決した。







「――僕、これから先、どうやって生きて行けばいいかな……!」







 僕の悲痛な訴えに返ってきたのは「……は?」という全員の冷たいリアクションだった。









 ――――異界の勇者という名目で、元の世界で死んだ――と言われている――僕らはこの世界へとやってきた。

 六名の勇者、と言われたけれども、実際は十一名という酷いオチがついた召喚だったわけだけど、この際それは置いておこう。


 僕らは今、大きく分けて三つの部類に分かれている。


 まずは魔族エキドナの討伐により、魔族に対抗する勇者として名を馳せる事となった、通称『勇者班』。


 僕らのリーダー、【センタリング】という【原初術技オリジンスキル】を持ち、片手剣と盾を使う赤崎くん――赤崎 真治――。

 不名誉な【嘘吐き】を手にしている槍使いの加藤くん――加藤 昌平――。

 暗器を使い、エルナさんに直接指導を受けている【不意打ち】持ちの暗殺者系スキル持ちの細野さん――細野 咲良――。

 最近ちょっと方向性が不明な【庇護欲増加】というテイマーであり、サイコ系少女こと小島さん――小島 美癒――。

 お寺さん生まれで見えちゃいけないものが視えちゃう系女子、【亡者の声】という死霊術系スキル使いの佐々木さん――佐々木 瑞羽――。


 次に、【原初術技オリジンスキル】から製作系のスキルへと発展させたている『製作班』。


 僕らの女性陣リーダーであり、〈発言勇者〉の名を持つ【調味料調合】から調薬などの錬金術系に傾倒している佐野さん――佐野 祐奈――。

 この異世界に、日本産ファンタジーコスプレを実用性とファッション性を伴って逆輸入させ、【人間ミシン】持ちにして『カエデブランド』を立ち上げつつある西川さん――西川 楓――。


 残すのは、どちらにも属してはいないけれども、可愛らしい見た目と綺麗な歌声からアシュリーさんを虜にし、ようやく活動が本格始動し始めている楽団を率いた、【天使の歌声】を持つ橘さん――橘 朱里――。


 そして最後に、王城で問題を起こしてしまって以来、地下牢にぶち込まれてしまい、ようやく釈放されてどこかへと旅立っている『別行動班』が安倍くん――安倍 泰示――と小林くん――小林 暁人――だ。




 ――――では、どうしてこんな話になっているのかと言えば、単純な話だ。




 このオルム侯爵領、迷宮都市アルヴァリッドへとやって来て、すでに二ヶ月近くが経ってしまっている。

 そのため、いつまでも厄介になり続けているばかりではなく、そろそろ僕らもこのオルム家の別邸から出て、それなりに自立した方がいいのではないか、という話が出ているのである。

 

 まず『勇者班』はいいだろう。

 彼らのレベルは今では三十代も後半に差し掛かり、そんじょそこらの冒険者よりも遥かに強くなっているし、稼ぎも大きいものになっている。今後は最前線とまではいかずとも、前線に近い場所で戦うかもしれない、との事だ。


 続いて『製作班』だけれど、財力という意味では『勇者班』以上の力を持っている。

 特に西川さんに至っては、すでに『カエデブランド』の店を出店し、多くの商会との取引をしているため、とっくに屋敷とは別に店舗兼作業場をしっかりと確保しているし、佐野さんもすでに若き錬金術士として名を馳せている。


 橘さんも、なんだかんだでアシュリーさんのお茶会を通して貴族夫人を相手にデビューし、すでに着々とファン――という名のパトロンを増やしている。






 ――――お気付きだろうか。






 僕の居場所がないという、この厳しい現実に……!

 制作系スキルもなければレベルも上がらない僕という一人の虚しい男の存在に……!


 そう、僕の持つ【スルー】というオリジンスキルは、見事にレベルアップに必要な『存在力』――要するに経験値をスルーする。おかげで僕のレベルは一のまま、初期値のステータスのまま人外なみんなとの差をつけられているのだ。


 妖艶なる魔族エキドナとの戦いは、正直言って不安要素が強すぎる中の賭けのような戦いだった。

 一歩でも、一瞬でも何かが間違っていれば死ぬような戦いだ。

 あんな戦いをもう一度やれと言われても御免被りたい。


「――そんなわけで、どうすればいいのか。何か案はないかな?」


 困った時の丸投げという秘密兵器を投じて、僕はみんなの顔を見た。


 ……ねぇ、ちょっと。

 なんでみんなして僕から視線を逸らすのさ。


「悠の場合、何やってもなんとでもなりそうだからなぁ」

「いやいやいや、僕そんな素敵超人になった覚えないんだけど?」

「【嘘吐き】がなくても商人泣かせてるの見た」

「あれは暴利を貪ろうとしたから、ちょっと突いてみただけだから。その悪徳っぽい人聞きの悪い扱いやめてくれないかな」


 再びの沈黙。

 まさか赤崎くんのよく分からない評価と、細野さんのなんだか人聞きの悪い表現しか出てこないなんて……ないよね?


 なんかどう見ても『勇者班』のみんなが気怠げな、やる気なさそうな感じなんだけども。


「あれ、レベル上がったみんなにとって、僕なんてどうでもいいとか、そういう流れ……?」

「何をフザけた事を言ってるのですか」

「うん、自虐ネタに走ってみただけだよ。ねぇ、赤崎くん。みんななんだか体調悪そうな感じだけど、どうかしたの?」

「あー……、ダンジョンの四階層に昨日から入ったんだけどな。その疲れが出てんのか、風邪でもひいたのかもしれねぇな……」


 そう言いながら自分の額に手を当てる赤崎くん達の様子を見て、佐野さんが『勇者班』へと近づき、それぞれの代わりに額に手を当てた。


「みんな熱があるわ。結構高いみたい」

「気のせいじゃないんだね。四階層は確か湿地帯だったと思うけど……エルナさん、四階層に入ると高熱の病気に罹るなんて聞いたことある?」

「いえ、特にそういった病気を耳にした事はありませんね……」

「うーん、そっか」

「ちょっとした風邪だって、気にすんなよ」

「そうもいかないよ」


 ひらひらと手を振る赤崎くんに冷たく言い返して、僕は全員へと続けた。


「とりあえず、今日は『勇者班』はお休みって事で、一度各自解散しよう。『勇者班』はちょっと身体が落ち着くまで部屋にいてくれるかな。他のみんなは一度手洗いとうがいをしておいて。佐野さんだけちょっと残ってくれるかな」

「分かったわ」


 極力慌てないように、けれど有無を言わさぬ方向で突然指示を出した僕の姿に困惑しながらもぞろぞろと動き出す全員を見送って、部屋には僕とエルナさん、佐野さんだけが残されて、扉が閉められた。


「――ねぇ、悠くん。もしかして感染症の病の可能性を疑ってるの?」


 どうやら佐野さんも僕と近い考えを抱いたらしいけれど、正確に言えば僕の考えとは少し違う。


 さすがに医療知識なんてものは僕にはないけれど、世界が違えば病気の種類だって違う可能性がある事ぐらいは百も承知だ。この状況をただ「早く良くなるように休んでてね」なんて一言で片付けられる程、集団でのあの症状は軽く片付けられるとは思えない。


「感染症が出ているなら、町はもっと大騒ぎになっていると思うよ。けれど、だからって感染症じゃないとも言い切れないからね。ダンジョンの中は気温の落差が激しいし、病気が新たに生まれた可能性だってある。可能性を挙げればキリがないけどね。でも、問題が厄介だった場合、これは放置できるものじゃない」

「どういうこと?」

「元々僕らはこの世界の住人じゃないって事だよ。もしかしたらこの世界の人々が当たり前に持っている病気の抗体が僕らにはなくて、それが原因で病気になる可能性だってあるし、命を落とす可能性だってあるでしょ」


 そう、それが僕の中に前からあった、

 僕の危惧するところを察して、佐野さんも顔を蒼くしながらも真剣な表情で頷いた。


「生憎、僕らには専門的な知識はないからね。エルナさん、病気の診断ってどうすればいいかな?」

「治療院に連れて行く、という手もありますが……もしもユーナ様の仰る通りに感染症だとしたら、下手に屋敷の外に連れ出すのは得策ではありません。オルム侯爵家のお抱えの医師がいますので、そちらの方に診断していただきますか?」

「お願いしていいかな? 代金は出すから。それと、こっちの館には必要以上に人が近寄らないように、本邸のシュットさんにも伝えてね」

「畏まりました」


 僕に決闘を挑もうとしてきたり、今でも僕を見る度に唸るようなエルナさんのお兄さん――シュット・オルム――はこの町の代表として、シュットさんの奥さんであるアシュリーさん――アシュリー・オルム――さんも貴族夫人としての社交で忙しい人だからね。

 可能性としてはほぼないと思うけれど、もしも感染症だったらあの二人をキャリアに蔓延したりしたら目も当てられないし。


「佐野さんは体力を回復させるために体力回復用のポーションを用意してもらえる?」

「体力回復用のポーションね。一応レシピは知っているけれど、材料がないわ。アルミット草っていう草なんだけれど……」

「あぁ、それなら三階層にあるって聞いた事があるし、見た目も一応チェックしてあるから判るよ。僕が取ってくるよ」

「でしたら、私もそちらに……」

「ううん。僕一人の方が早いし、無駄な戦闘にならない。一人で行ってくるよ」


 なるべく人に接しないで、なるべく人と会わずに行く。

 そう心に誓って、僕は急ぎダンジョンへと飛び出すように屋敷を後にした。






 初夏のようだった初めてこの町にやって来た頃に比べて、ここ最近の気温はかなり暑い。季節はすっかり夏だ。とは言え、日本と違って湿度の低い気候に恵まれているおかげで、暑いには暑いけれどジメジメとした不快感はあまり感じられない。

 

 そんな中、相変わらずひんやりと涼しいダンジョンの一階層である洞窟風の薄暗い道を抜け、二階層の夜の森を魔物をスルーしながら歩いて抜ける。


 そしてやって来た、三階層。

 中級ポーションのシアル草や、状態異常回復薬の共通素材となるポポリの実が自生している熱帯地方のジャングルを彷彿とさせる三階層だけれど、ようやく最近になってある程度の主要通路となる箇所のマッピングが終わり、何がどこにあるのかなどを書き終えたところだ。


 今回探しているのは、佐野さんの言うアルミット草。

 ギザギザのアロエのような葉を持つ植物なのだけれど、まだ三階層では見たことがない。

 虱潰しに三階層をぐるぐると回るつもりだけど、迷子にならないようにしないと。




 ――――歩きながら、僕は今回の件を改めて整理していた。


 なんとなく受け入れてきたけれど、この世界はやっぱり僕らが生きていた世界とは違う。

 人間以外の種族もいれば、魔物や魔力っていうそれこそファンタジーならではの物質や法則が存在している。なら、僕らはこの世界に適合できるだけの身体を持っているのか、という疑問は、これまで何度も僕自身が考えてきたことだ。


 実際僕はそれについては何度も考え、その度に”適している”という答えを選んできた。


 まず第一に、この世界へと召喚された際、”女神アルツェラの協力によって”という言葉を耳にしたからだ。

 もしも僕らがこの世界に適さない身体の持ち主だとしたら、僕らをそのまま利用するような真似はしなかっただろう、という推測でもある。


 次に理由として挙がるのが、ステータス。

 まるでゲームのように数値化された能力値、スキルという存在。

 みんなはレベルが上がってスキルを手に入れたり、運動能力が強化されているけれど、レベルが上がらない僕だからこそよく分かる点がある。


 それは、レベル一のステータスが僕らの地球にいた頃と全く同じ状態ではない、という事だ。


 赤崎くんが以前、アメリア王女様に質問した「元運動部として走り込みをしていたのにステータスがあまり高くない」という発言が、僕のこの仮説を実証している。


 本来なら、生活習慣や運動神経といったものでそれなりに身体能力に差異が生まれる。なのに、この世界に来て以来、僕は決して運動をしない人間だったのに、この世界では数キロ以上を歩いてもなお大して疲れを感じないのだ。


 もはやこの身体は、向こうにいた頃のものとは別のモノだろう。


 そして最後に――「僕らが死んだ存在」という言葉だ。


 そうして行き着いた僕なりの結論は、僕ら自身が「以前の肉体をベースにこの世界の〈普人族ヒューマン〉として造られた存在」であり、「中身だけが僕らのままなのではないか」という代物だったりもする。




 ――――いずれにせよ、その答えはまだ不明。


 僕らだけが罹る病気にせよ、あるいは感染症の最初の罹患者となってしまったのかにせよ、あるいはそれ以外が理由にせよ。


 ともかく、アルミット草を探すのには変わりはない。 


「――ん、あれかな……?」


 文献で見たことのある輪郭をしている、アロエのような草を見つけて、僕は目の前の魔物であるレッドエイプの横を横切って近づいていく。

 相変わらず『魔物がスルーしました』と表示するログと効果音をスルーしてるのは言うまでもない。


「……あれ? こんな形だっけ?」


 なんか思ってたのと少し違うような、けれど記憶と同じような……なんだか似たような葉を持つもの。

 そして――それのすぐ傍には、記憶と同じだと思われる葉。


 ……なんかどっちが正しいのか記憶がハッキリしなくなってきた。


 うーん、なんだこの二択。

 こんな時、チート能力が僕にもあって鑑定とかできれば迷ったりなんてしないのに……!


 いや、まぁ、二者択一でなきゃいけないわけじゃないし、両方持って帰ればいいや、と開き直り、冒険者カードを使って多めに採集しながら、別々に転送しておいた。

 ごちゃ混ぜになってて片方が毒草とかだったら笑えないしね……。


 メモも挟んだからエルナさんと佐野さんが確認してくれるよね。

 丸投げって素晴らしい。


 とりあえず、僕の仕事はひとまずこれで終了だ。

 ついでに、シアル草とポポリの実あたりなんかとか、あとはこの三階層特有のフルーツでも幾つか持って帰ろう。


 それにしても、鑑定系の能力ほしいなぁ。

 というか鑑定系の魔導具なんて、そもそも聞いた事もないんだよね……。

 まぁ、どうやって数値化するのさって話だけども。


 この世界にやって来て結構な日が経っているけれど、向こうの世界の道具なんかがあれば便利なのに、とか思う事も結構あるし、そういうのを魔導具化したりするのも悪くないのかもしれない。

 さっきはなんだか赤崎くん達の高熱騒動であやふやになっちゃったけれど、今後どういう方向に進むべきか迷っているのは事実だ。


 今後も採集に出てうろちょろするつもりではいるけれど、それだけってなんていうかこう、飽きるかもしれないし。

 それに、今後またエキドナみたいなのが出て来る可能性もあるから、あまり頻繁に一人で行動するなってみんなからも釘を刺されちゃってたりもするんだよね……。


 そんな訳で、どうにか自分なりに楽しめそうな道を探している。


 やっぱり魔導具作成とか、ちょっと楽しそう。

 それに最近、エキドナを倒してから手に入れた【魔のことわり】っていうスキルのおかげで、魔法陣や魔力の流れをなんとなく読み取れるようになったっていうのもある。

 もしかして、これが魔導具製作にも使えるんじゃないかって淡い期待を抱いていたりもする。


 いっそ〈アゼスの工房〉こと、〈鉱人族ドワーフ〉のアイゼンさんのところに行って相談してみようかな。


 ツンデレドワーフのアイゼンさんなら、教えてくれそうな気がする。


 ――――……ダメだ。


 みんなの病状が心配だ。

 こうして脱線して色々と考えながら気を紛らわせようとしているのに、なぜかどうしても嫌な感じが拭えない。


 ――早く帰ろう。

 何か手伝える事もあるかもしれないし。


 そう思って、なるべく急いで帰った僕。







 この時の僕は後悔する事になるだなんて、知らなかったんだ――――。









「あ、おかえりー。いやぁ、少し寝たらスッキリして治っちゃった。心配かけてごめんねー」

「悠、お前が採ってくれたフルーツ美味いぞ! あれ今度もっと採ってきてくれよ」

「悠、どうしたの? 汗だく。風邪ひくよ?」


 別邸へと帰ってきた僕を待ち受けていたのは、すでに完治していた『勇者班』のみんなの姿だった。


 走って帰った意味なんて、なかった。

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