勇者召喚が似合わない僕らのクラス

白神 怜司

Ⅰ 「これは酷いキャスティングミスだ」と思わずにはいられなかった

0-1 これは酷いキャスティングミス



 ――――僕の通っている高校は、なかなかどうして平和な学校だ。


 ニュースで取り沙汰されるような陰湿なイジメはもちろん、そもそも表立って横暴な真似をする生徒なんていないし、不良らしい不良もいない。かと言って、取り立てて成績のいい優秀な生徒がいる訳でもない。


 僕の在籍するクラスに関して言えば、実に平和だと思う。


 先述したような要注意するような生徒もいないのは言うまでもない。

 当然、気の合う生徒同士で固まってしまったりっていうのはあるけれど、別に他のグループだからって仲が悪くなるような事もない。


 そう、分かりやすく言えば『ラブコメ』によく描かれるクラスだ。

 尤も、これには”主人公がいないクラスの”という注釈がつくけれども。


 劇的な物語もなければ、麗しい転入生を迎える事もない。

 もしも本当に『ラブコメ』であるのなら、主役が隣のクラスどころか遠いクラスにいるような、脇役は脇役よろしくそれなりに楽しんでいるクラス。


 そんなクラスには、当然ながらに何も事件も起きない。

 誰かと誰かが付き合ったとか別れたとか、そういう話に一喜一憂できるぐらいに話題が生まれようがない。


 でもこんなもの、かえって珍しくもないだろう。

 実にありふれた、とても平凡な学校、なのだろう。


 僕とて、そんなクラスに不満があるはずもない。


 平和な学校、平和なクラス。

 特に独りで過ごしていても、疎外感に苛まれるような孤独を感じる事もなく、たまには適度に会話をする仲間もいる。


 もっとも、僕はそういう会話もあまりしないぐらいに独りでいるタイプだ。

 というものを歓迎しているぐらいに自由気ままにいるけれど、イジメなんてないのだから、問題ない。







 ――――だからこそ。






「――ようこそいらっしゃいました、


 きらきらと輝くドレスを身に纏い、金色の髪に碧眼。

 美しい、いかにもお姫様といった十代前半から中盤に差し掛かろうかという美少女。


 そんな彼女を取り囲む、甲冑を身に纏った男女達。

 そんな彼らの奥に佇む数名かの朗らかな人々。


 目の前に広げられたこの状況を目の当たりにして、誰もが呆然とする中。


 ――きっとこんな感想を抱いたのは僕だけだと思う。






 ――「え、このクラスが勇者とか……ちょっとキャスティングミスにも程があるんじゃないかな」と。










 ◆









「私はこのファルム王国の第一王女、アメリア・フィル・ファルムと申します」


 ドレスの端を僅かに摘んで、緩やかかつ乱れのない動き。確かカーテシーと呼ばれるような仕草をしながら礼をして見せる美少女こと、王女様。

 まだ子供だと言うのに堂々とした態度で対応してみせるその姿には、思わず感心させられる。


 同時に、やっぱりこれは酷いキャスティングミスだと思わざるを得ない。


 彼女が口にした、『異界の勇者』という言葉。

 この言葉から察するに、つまりはなのだろう。

 要するに、僕らは異界からやってきた存在であり、詰まるところそれはここが異界――いや、異世界という異常な環境である、という事だ。


 普通、こういう状況になったら誰かが声を荒げたり、率先して何かを訊ねたりするものなのだけど……。

 残念ながら、僕らのクラスは先程も言った通り平和な――平々凡々に穏やかで和やかな、という意味で平和なクラスだ。


 つまり、この状況下で混乱する事さえしない程に、


 ――しょうがない。

 ここは一つ……誰かが質問をぶつけるまで待とう。


 僕? 僕には無理だ。

 そもそも僕はアグレッシブさを持ちあわせて警戒するようなタイプでも、わざわざ斜に構えて人を見るようなタイプでもないし、むしろ『長いものには巻かれる派の事なかれ主義』を自負している程だ。


 僕らがこんな事態に――つまり『異世界召喚』されたのは、お昼休み。


 いつも通り、ゲームと深夜アニメの素敵コンボで睡眠時間を削っている僕には貴重なお昼寝の時間だったんだけれど――なんだか凄い音がして、瞼の向こう側が白く染まって……。

 そうして気が付いたらこの部屋にいた。


 そんなわけで、今の僕は眠い。

 どうしようもなく眠い。


 大きく欠伸をして待っていたら、なんだか「あれ、そこに人いたの!?」みたいな目で見られた。影が薄くてすみません。


 ――――それにしても、だ。

 なんだかさっきから、どうにも空気がおかしい。


 王女様とその周りの人達の方が困惑しているらしい。


 きょとんとしたまま何も騒ぎ立てずに言う事を聞いてくれるとは思っていなかったのだろうか。

 なんだか想定外の反応だとでも言いたげにおろおろしながら、兵士っぽいような人達に守られている何となく偉そうな人達に視線を送って助けを求めてる。


 朗らかな人達もおろおろしてる。


 ――どうしよう。

 僕、この国の人達が嫌いじゃないかもしれない。


 意を決して王女様が口火を切る――その時。


「あのー、すみません」

「えっ!? は、はいっ!」

「えっと、異界の勇者様がたって、どういう事ですか?」


 すごいぞ佐野さん!

 このタイミングで口を開けるなんて、間違いなく君は勇者だよ!


 でも王女様は王女様で、どうやら台本ではその言葉を想定したいたらしく「待ってました!」と言わんばかりの爛々とした表情だ。

 ちょっと為政者の割にポーカーフェイスが足りないと思うんだ。

 まぁ王女様だから為政者とは言えないのかもしれないけれども。


「――コホン。こうしての勇者様を召喚させていただいたのは、他でもありません」

「え? えっと、六名?」


 佐野さんが僕らを見回して確認する。


 ほう、ほうほう? つまりこれはあれかな?

 所謂ところの”巻き込まれ系”というヤツだったりするのかな?


 一概に”巻き込まれ系”って言っても、色々ある。

 元勇者系主人公に、チート持ち主人公。爪弾きされたら実は強かった系主人公なんかも最近は多い。

 ゲームからライトノベル、アニメから映画までなんでもござれの僕に、その手の知識は抜かりなんてないとも。


 さて、僕は勇者なんて柄じゃないから、巻き込まれた側かな?

 とか、ちょっと調子に乗って周りを見回して、人数を数える。


 ひーふーみーよー……じゅういち。

 ……十一?


 おっと、これは予想だにしていない人数だよ……?


 六名様の勇者様御一行ご案内のはずが、蓋を開けてみれば十一名様。

 その数は凄く微妙な、けれど間違いなくオーバーしているという現実。


 台本通りに事を進めようとして、その異様な有様に気付いたアメリア王女様、すでに涙目です。


 もはや”巻き込まれ系”がどうとかってレベルじゃない、これはもう”間違い系異世界召喚”とでも言うべきだと思う。


 まぁでも、それもそうだ。

 何せ僕らのクラスに主人公体質なんていない。


 もしこの国が奴隷にして僕らを戦闘に従事させようとする国だったら、もうすでに詰んでるレベルの遅い反応だけれども、さすがにこの事態には僕ら側としても行儀良くし続けてはいられない。


 少しずつ困惑の声が広がりつつある。


「お、おちいてください! 人数が多いことは、歓迎こそすれど否定的に捉える必要性はありませんっ!」


 おちちゅきます。

 僕らの困惑は王女様の可愛らしい失態によって癒され、沈静化した。

 王女様、あまりの恥ずかしさに耳まで真っ赤だね。


「異界の勇者様は、世界を超えて召喚されますから! その際に皆様は等しく【固有術技オリジナルスキル】を手に入れているはずですし! と、とにかく”ステータス”と唱えてくださいっ!」


 あまりの恥ずかしさに口調が若干投げやりの王女様はともかく、その言葉にゲームで仲良くなったらしい、加藤くんらゲーマーグループが「チートきたぁ!」と叫び、意気揚々と自らのステータスを呼び出した。


 ……あっ。


 それにしても、他人のステータスって見えないんだね、うん。

 だからほら、加藤くん。


 どんまい……。


 さて、僕もそろそろ自分の弱さを確認しておこう。

 この世界に来て身体が軽くなったとか、そんな事は一切ないし。


「ステータス」


――――――――――

《高槻 悠 Lv1 職業:〈傍観者〉 状態:良好》

攻撃能力:7     防御能力:4

最大敏捷:12     最大体力:9

魔力操作能力:32   魔力放出能力:0


    【固有術技オリジナルスキル】:【スルー】


        〈称号一覧〉

・〈徹底的な第三者〉

―――――――――――


 うん……、うん?

 まぁ僕自身が弱いのは分かり切ってるけど、ずいぶん後衛職向きって感じのステータスだなぁ。


 それにしても、なんだか凄くツッコミ所が満載だよね。


 職業として成り立つのかな、〈傍観者〉。

 職業も【固有術技オリジナルスキル】も、〈称号〉さえも僕のぼっちぶりを抉るように強調してくれてるんだけど。


 このステータスの心切親切さに胸いっぱいだよ。


「王女様、この世界のステータスの平均ってどれぐらいなんですか?」

「えっと、成人――十五歳ですけど――で平均二十前後ぐらいです」


 佐野さんのナイス素朴な質問に、クラスのみんなは――一様に肩を落とした。

 やっぱり僕らのクラスに勇者はいないらしい。


「えっ、あっ! いえ、違います! ステータスはレベルが上がるまでは低いのは当然です! 大切なのはオリジナルスキルです!」


 慌ててフォローしてくれた王女様の声に、僕らの気持ちは――更に落とされた。


「……【調味料配合】って、どう見ても戦えないし……」

「【センタリング】って、サッカー部だから喜ばしいけど……けど……っ!」

「……【嘘付き】……?」

「あ、私は【天使の歌声】だって!」

「なにそれずるい。私なんて【人間ミシン】とか意味分からないんだけど」


 ……これは酷いキャスティングミスだ。

 僕らの中には等しく戦闘能力に特化したオリジナルスキルとやらを持ってる人なんていなかった。

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