006 黒タイツ盗賊団

「報告。異常ありません。……異常です」

「ハッ。異常だな」

「異常もつづけば、日常ね」


アジトにもどり、報告を終えた男はどこか弱弱しく、ぐったりきている。ただでさえちいさなからだの男なのに、余計にちいさく見える。男は、目と鼻と口と耳だけを外に出して、あとは全身、黒タイツの下に包みかくしていた。男は盗賊団の一員だった。


「……勇者、きませんね。こんなにこないなんて……。ほとほと異常です」


男は愚痴グチりながら、ちいさな背中の巨大なタルをドンと下ろした。チャプントプンチャプン──。中の水がゆれる。その音だけでシオれた舌の先にじんわり水気ミズケがもどる。男はタイツの隠しポケットからモッタイぶるようにして空色のラムネをひとつ取り出し、樽にポトンと落とす。くるぞくるぞ、面々は樽をのぞきこむ。シュワシュワシュワシュワ──。小気味コギミのいい音をらすように聞かせながら、ただの水はメレンゲのようにみるみる白く泡立った。たまらず、だれかが生唾ナマツバをのみこんだ。それが合図だとばかりに団員はこぞって樽に手をのばし、ドプンとジョッキをくぐらせて、ひったくるように中身をすくった。


「ッカァーーーーッ、たぁンまんねえッ」

「ああン、ノドが痛くてサイッコー」


面々はひと息にジョッキを空にして、生き返ったように息をつく。さらってきた少女がくれた空色のラムネ。ただの水が絶品の酒にける。春の青々しい匂いなどどこかに掻き消されて、森がプンプン酒くさい。


「いないのかもねえ、勇者なんて」


前髪をイジりながら、おどけた調子で、スリムな黒タイツがこぼした。


「道具屋、、サボッてねえか?」


酒で焼けボロボロにしゃがれた喉でぼやきながら、ムキムキの黒タイツは、問いタダすように、ちいさな黒タイツを見る。


「それはないようです。親分のたのまれついでに道具屋をのぞいてきましたけれど。道具屋は、サボらずぼやいていました」


チッ。ムキムキの黒タイツは下品に舌を打って乱慕に酒をすくい、ぶ厚い上くちびるにジョッキをひっかけ、グイッと喉にそそぐ。それはまちがいなくジョッキ、なのだけれど、ほどんどおちょこにしか見えない。男は見上げるほどの大男だった。あの少女をさらってくるまでは、親分だった男だ。


「道具屋のおやじちゃん。まどろっこしいからねえ」

「ええ、まったくです。『娘が薬草をみにいったきり帰ってこないのです。ああ、どうしたら……。仕事が手につきません。アタフタ』のくりかえしですからね……。ぼくが勇者だったら、……そっと店を出ます」

「おやじちゃん、そのまま台本どおりじゃない。『勇者なら娘を助けてくれ。助けてくれるまで薬草は売らん』とか、はっきりオドせないのかしら」

「ええ。ただ、台本の筋書きを勇者にしゃべったら、『セカイ』に制裁されますから」

「……ったく。勇者だかなんだかしれないけれど。おんなの子、待たせるなんて。底がしれるわね」

「ハッ。てめえは、女じゃねえだろ」

「知ってる。あたしのことじゃないわよ」


スリムな黒タイツはツーンとそっぽをむいて、ちいさな黒タイツの顔に顔をよせる。スッと逃げる耳をつまんで引きよせ、いたずらっぽく声をひそめた。


「いっそ、こっちから、攻めちゃう?」

「それはアウトです。アジトは空けられないルールですから……」

「ふーんだ。それも知ってる」


スリムな黒タイツは、ちいさな男の耳たぶをピンと指で弾いた。


「ああン、焦れったい。時間はときどき止まったみたいに停滞するのね」

「ハッ、呑むしかねえだろ。酒だけが時間を忘れさせてくれる」


赤ら鼻の大男はご機嫌でジョッキを樽にくぐらせる。樽の底をコツンコツンとジョッキが叩く。


「……では、ぼくはそろそろ親分に報告にいきます。たのまれていたブツもありますから」


ちいさな黒タイツの男は、そろりと立ち上がる。スリムな黒タイツは前髪を指でくねらさせながら、くちびるの端をちいさくゆがませ、ささやいた。


「気をつけてね。『異常がなくて異常です』って報告するんでしょ? だといいわね、親分」


ちいさな黒タイツはビクっとうろたえ、足が止まる。ああ、そうだ。このごろの親分は勇者を待ちくたびれすぎて、虫のいどころが相当悪い。


「……、のまされますかね?」

、のまされるわね」

「ハッ。すこぶる健康にされてこい」


ちいさな黒タイツの男は、しょぼくれてへなへなへたりこんだ。


「……報告は、あ、あとまわしにします。異常ではありますが、緊急ではありませんし。親分がキレたら、せっかくのパーティーが中止になっちゃうかもしれませんし」


ムキムキ黒タイツの男はポキポキ指を鳴らした。


「…………どのみちパーティーは中止だ。……ウシロ。『異常あり』だぜ」


大男は、凶器のように物騒ブッソウな目をして、ちいさな黒タイツの背後をにらんだ。


「お嬢チャン、迷ったのかい?」


口調はやさしいが、あからさまな威嚇イカクがないまぜにされていた。ちいさな黒タイツはおそるおそるふりむく。少女がぽつんと立っていた。


「は?」


と、少女は短く、反抗的な感情をむきだしにした。ムキムキ男の威嚇など、さらさら気にもしていない。


──この少女は、どこか異常だ。


ちいさな黒タイツの男は、サッと飛びのき、距離をつくった。目にしたことのない白金プラチナの髪。ちいさくて、陶器のようにブルーがかった白い肌、きゃしゃで、人形みたいに整った顔立ち。なのだけれど、──少女がつくりだす空気は、おぞましいほどドスがきいている。


少女は盗賊団の間合いに無遠慮ブエンリョにつかつか足をふみいれる。団員が殺す気になったら一撃で息の根を止められる。だけれど、少女は止まらない。少女はムキムキ黒タイツ男のタイツにぐしゃっと顔面をくっつけ、スンスン鼻をきかせる。


「あなた、ちがう。ただ、酒クサイ」

「ハッハァアアアア──ッ」


こりゃ参ったわい、といわんばかりに、ムキムキ男がふきだした。切れそうなほどはりつめていた場の空気が一気にゆるんだ。


「あなた、ちがう。ただ、オカマクサイ」

「あら、おなまちゃんね」


ちいさな黒タイツの男はおどおどしながら、たずねた。


「あ、あの……、ぼ、ぼくは……」

「あなた?」


少女はふりむき、いかにも興味がなさそうに一瞥イチベツする。


「ただクサイ」

「ヒッ」


うなだれるちいさな背中をポンポンなぐさめながら、スリムな黒タイツは少女のまん前に歩み出た。前髪をゆらしながら、ゆっくりひざをかがめ、情感の死んだ目を少女にあわせる。


「ねぇ、おなまちゃん。……もしかして、アンタ、勇者?」

「は? 失礼ね」


少女はキッとにらみを喰らわせながらスリムな黒タイツをかわし、巨岩のドテッパラにぽっかりと口をあけたアジトの入口にむかって、ズカズカゆく。


「ハァ──ッ。ストォォォォップだァ」


大木のような左腕が、少女の顔面をかすめてふりおろされる。地ひびきがして、木の葉がいっせいにゆれる。鳥たちはさわがしく飛び立ち、少女の足が宙にハネた。


「……あなたたち。、立てたよ」

「アァ? 死亡フラグだ?」

「……雑魚ね。いま。ここで。その言動の。アヤマちを悔やみながら。……死になさいッ」


少女は野獣のように低く身をかがめ、全身のバネをためる。ムキムキ男が身構える。だが、遅い。少女はバネを一気に爆発させ、凶暴に殴りかかる。生死にさらされ、ムキムキ男の戦闘本能が絶頂する。少女相手だと忘れ、大男は容赦なく、少女の脳天めがけて巨腕を打ち下ろした。戦闘はあっけなく終わった。巨腕は空中で止まっていた。大男は肩をすくめた。ムキムキ黒タイツ男の足元で少女がぐったりのびている。


「てめえ……、くそッ。これじゃ弱ぇモンいじめじゃねえか」

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