006 黒タイツ盗賊団
「報告。異常ありません。……異常です」
「ハッ。異常だな」
「異常もつづけば、日常ね」
アジトにもどり、報告を終えた男はどこか弱弱しく、ぐったりきている。ただでさえちいさなからだの男なのに、余計にちいさく見える。男は、目と鼻と口と耳だけを外に出して、あとは全身、黒タイツの下に包みかくしていた。男は盗賊団の一員だった。
「……勇者、きませんね。こんなにこないなんて……。ほとほと異常です」
男は
「ッカァーーーーッ、たぁンまんねえッ」
「ああン、
面々はひと息にジョッキを空にして、生き返ったように息をつく。さらってきた少女がくれた空色のラムネ。ただの水が絶品の酒に
「いないのかもねえ、勇者なんて」
前髪を
「道具屋、台本、サボッてねえか?」
酒で焼けボロボロにしゃがれた喉でぼやきながら、ムキムキの黒タイツは、問い
「それはないようです。親分のたのまれついでに道具屋をのぞいてきましたけれど。道具屋は、サボらずぼやいていました」
チッ。ムキムキの黒タイツは下品に舌を打って乱慕に酒をすくい、ぶ厚い上くちびるにジョッキをひっかけ、グイッと喉にそそぐ。それはまちがいなくジョッキ、なのだけれど、ほどんどおちょこにしか見えない。男は見上げるほどの大男だった。あの少女をさらってくるまでは、親分だった男だ。
「道具屋のおやじちゃん。まどろっこしいからねえ」
「ええ、まったくです。『娘が薬草を
「おやじちゃん、そのまま台本どおりじゃない。『勇者なら娘を助けてくれ。助けてくれるまで薬草は売らん』とか、はっきり
「ええ。ただ、台本の筋書きを勇者にしゃべったら、『セカイ』に制裁されますから」
「……ったく。勇者だかなんだかしれないけれど。おんなの子、待たせるなんて。底がしれるわね」
「ハッ。てめえは、女じゃねえだろ」
「知ってる。あたしのことじゃないわよ」
スリムな黒タイツはツーンとそっぽをむいて、ちいさな黒タイツの顔に顔をよせる。スッと逃げる耳をつまんで引きよせ、いたずらっぽく声をひそめた。
「いっそ、こっちから、攻めちゃう?」
「それはアウトです。アジトは空けられないルールですから……」
「ふーんだ。それも知ってる」
スリムな黒タイツは、ちいさな男の耳たぶをピンと指で弾いた。
「ああン、焦れったい。時間はときどき止まったみたいに停滞するのね」
「ハッ、呑むしかねえだろ。酒だけが時間を忘れさせてくれる」
赤ら鼻の大男はご機嫌でジョッキを樽にくぐらせる。樽の底をコツンコツンとジョッキが叩く。
「……では、ぼくはそろそろ親分に報告にいきます。たのまれていたブツもありますから」
ちいさな黒タイツの男は、そろりと立ち上がる。スリムな黒タイツは前髪を指でくねらさせながら、くちびるの端をちいさくゆがませ、ささやいた。
「気をつけてね。『異常がなくて異常です』って報告するんでしょ? ご機嫌だといいわね、親分」
ちいさな黒タイツはビクっとうろたえ、足が止まる。ああ、そうだ。このごろの親分は勇者を待ちくたびれすぎて、虫のいどころが相当悪い。
「……アレ、のまされますかね?」
「アレ、のまされるわね」
「ハッ。すこぶる健康にされてこい」
ちいさな黒タイツの男は、しょぼくれてへなへなへたりこんだ。
「……報告は、あ、あとまわしにします。異常ではありますが、緊急ではありませんし。親分がキレたら、せっかくのパーティーが中止になっちゃうかもしれませんし」
ムキムキ黒タイツの男はポキポキ指を鳴らした。
「…………どのみちパーティーは中止だ。……ウシロ。『異常あり』だぜ」
大男は、凶器のように
「お嬢チャン、迷ったのかい?」
口調はやさしいが、あからさまな
「は?」
と、少女は短く、反抗的な感情をむきだしにした。ムキムキ男の威嚇など、さらさら気にもしていない。
──この少女は、どこか異常だ。
ちいさな黒タイツの男は、サッと飛びのき、距離をつくった。目にしたことのない
少女は盗賊団の間合いに
「あなた、ちがう。ただ、酒クサイ」
「ハッハァアアアア──ッ」
こりゃ参ったわい、といわんばかりに、ムキムキ男がふきだした。切れそうなほどはりつめていた場の空気が一気にゆるんだ。
「あなた、ちがう。ただ、オカマクサイ」
「あら、おなまちゃんね」
ちいさな黒タイツの男はおどおどしながら、たずねた。
「あ、あの……、ぼ、ぼくは……」
「あなた?」
少女はふりむき、いかにも興味がなさそうに
「ただクサイ」
「ヒッ」
うなだれるちいさな背中をポンポンなぐさめながら、スリムな黒タイツは少女のまん前に歩み出た。前髪をゆらしながら、ゆっくりひざをかがめ、情感の死んだ目を少女にあわせる。
「ねぇ、おなまちゃん。……もしかして、アンタ、勇者?」
「は? 失礼ね」
少女はキッとにらみを喰らわせながらスリムな黒タイツをかわし、巨岩のドテッ
「ハァ──ッ。ストォォォォップだァ」
大木のような左腕が、少女の顔面をかすめてふりおろされる。地ひびきがして、木の葉がいっせいにゆれる。鳥たちはさわがしく飛び立ち、少女の足が宙にハネた。
「……あなたたち。死亡フラグ、立てたよ」
「アァ? 死亡フラグだ?」
「……雑魚ね。いま。ここで。その言動の。
少女は野獣のように低く身をかがめ、全身のバネをためる。ムキムキ男が身構える。だが、遅い。少女はバネを一気に爆発させ、凶暴に殴りかかる。生死にさらされ、ムキムキ男の戦闘本能が絶頂する。少女相手だと忘れ、大男は容赦なく、少女の脳天めがけて巨腕を打ち下ろした。戦闘はあっけなく終わった。巨腕は空中で止まっていた。大男は肩をすくめた。ムキムキ黒タイツ男の足元で少女がぐったりのびている。
「てめえ……、くそッ。これじゃ弱ぇモンいじめじゃねえか」
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