005 勇者少年
「……勇者よ、名乗るのです」
問いかけられたのは、少年だった。少年は青くて甘い光の海の底で、ひざを
なにもかもがなくて、なにもかもがある。
この遠く忘れられた底で、ただ
「……勇者よ、名乗るのです」
だれかが、また問いかける。脳のどこかがシュクシュクする。赤の他人が土足で脳にあがりこんで、
「……勇者よ、名乗るのです」
──ヒトチガイです。ヒトチガイです。ヒトチガイです。ヒトチガイです。ヒトチガイです。少年が
だいたい意味不明だ。勇者だなんて。正気で探しているのなら、正気を疑いたい。ゲームじゃないのだから。だれだかは知らないけれど、危ない。関わりたくない。少年はぎゅっと目をつむり、頭を抱えて、ちいさくマルまる。だけれど、また。
「……勇者よ、名乗るのです」
──ウザイです。ウザイです。ウザイです。ウザイです。ウザイです。アアアアアア。脳がムズ
「……勇者よ、名乗るのです」
勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ。勇者よ、
「タァナです」
こらえ切れず少年は、打ち消すように名乗った。──ドポドポドポドポドポ。少年の
「タァナ、タァナ」
母親だった。母親が少年の顔をのぞきこんでいた。それは間違いなく、母親だった。なのに。少年は、体温を一度にごっそり失った気がした。少年は無意識に腕を抱えた。さぶいぼが腕を
「寝坊しますよ。きょうは16歳の誕生日。王様に
セリフを読むようにそれだけ告げて、母親はくるり背をむけた。ッハァ、ッハァ、ッハァ──。少年はまだ肩で息をしていた。気にかけるそぶりもなく、母親は部屋を去る。ミシリ、ミシリ、ミシリ……。木板のきしみが階下に遠ざかる。レースの白いカーテンがふんわり風を孕んで、少年のほほをくすぐった。息が止まっていた、かのように、少年はドッと息をつく。少年のシャツはぐっしょり背中にへばりついていた。
少年は枕を抱え、部屋を出る。階下の物音に耳をそばだてる。母親はどうやら台所らしい。少年は足音を殺して階段を下りた。母親は背をむけている。少年は転がるようにして、家を出る。バランスを崩して手をついた。朝の土はまだ冷たい。少年はツッ
──勇者。それが、このセカイでの少年の役割だった。
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