007 包帯少女

アジトの洞窟はそこだけぽっかり天盤テンガイが崩れ落ちていた。暗がりに光がこぼれ、あわくナビいている。光は六角結晶クリスタルに散らされて、星くずのようにキラキラまたたく。ひっそり降りそそぐ地上の光は、仄暗ホノグラい洞窟の底をやさしくあたためていた。


「親分、薬草クサの具合はどうだい?」


親分、と声をかけられた少女は、薬草を摘む手を止め、若草色の眼鏡をくいと上げる。


「ノンノン。親分さん。わたくし、親分ではありませんわ」


少女は、摘んだ薬草の葉を鼻によせ、酔いしれながら立ち上がる。少女は全身、──顔まで──、あわい桜色の包帯に身をクルんでいた。


「まあ、親分さん。手のひらで、ぐったりなさっていらっしゃるのは?」


異変に気がついて、少女はちょこんと小首をかしげる。大男の右の手のひらの上に少女の知らない少女がひとり、眠るように横たわっている。


「殴りかかってきたんでな。つい、反撃しちまった」

「まあ、親分さんが?」

「ザマあねえ。悪魔に見えちまった」


大男は、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「手間かけてすまねえんだが、回復、たのめねえかい?」

包帯少女は八角眼鏡オクタゴンのブリッジをくいと上げ、声をひそめる。


「……勇者、ですの?」


ちいさな黒タイツの男があたふた手をふって、しゅんと、ちぢこまる。


「しょ、少女の正体は不明であります……」

「Ah bon…」


包帯少女は、がっくり、いじけたようにしゃがんでしまった。大男は包帯少女の目線にあわせるように、手のひらを下げる。


「親分、──いや、スクレンタ先生ぇ。このとおりだ」


大男は、地べたにこすれるほど、頭を下げる。包帯少女はしぶしぶ顔をあげ、横たわる少女のダメージをた。


「……顔面、頭部、胸腹部の打撲。爪、くちびるのチアノーゼ。手足が冷たいですわね。……おそらく、臓器もボコボコですわ」

「な、なんとかならねえのかい?」


可哀相カワイソウになるほど、大男はうろたえる。……シィ。脈を診ますわ。包帯少女は少女の手首に巻かれた赤色のスカーフをめくり、ぴくり、と眉をこわばらせる。


──このタブー……。


「か、回復できるかい?」

「ええ、たやすくってよ。ただ、……」


包帯少女は、だれにもなにも気取ケドられないように、めくったスカーフを直した。


「ただ? ただ、なんだい?」

「……なんでもありませんわ」


包帯少女は摘んだばかりの薬草の葉を一枚もいで、やさしくんだ。唾液ダエキで湿らせたその葉を眠れる少女のくちびるに当て、指でそっとしいれる。少女のくちびるはさいしょだけやわらかく抵抗を見せて、あとはすんなり口にふくんだ。


「親分さん、よろしいかしら。少女さんをわたくしのベッドに運んでくださる?」

「お安い御用だ」


大男の声に、いくぶんの元気がもどる。


「わたくしは、ラボに失礼します。クスリを調合してきますわ」


包帯少女はほほえんで、坑道コウドウの闇にまみれて消えていった。アジトの洞窟は廃鉱ハイコウにつながっている。古代産業の亡骸ナキガラらしい。かつての坑道には、鉄骨を曲げた赤黒いアーチがつづいている。包帯少女は時折、その坑道をもぐっていく。地下には、氷の消えない空洞があった。盗賊団は近づかない。タイツでは耐えられない。寒い、レベルなら、まだ耐えられる。全身の血管がちぢんで、刺されるように神経が痛み、五感がバカになる。それを少女は包帯だけでいく。青くてつく洞は、製薬や保存に都合がいいらしい。包帯少女はラボと名づけていた。

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