002 魔王少女
少女は勿論、理解していた。
魔王の目に記録された、
魔王の死の記憶。
──それが『最終戦争』だった。
「やあ、ベリー。学習の時間だ。復習こそが
あれが
再生して、再生して、再生して、再生して……。
殺されて、殺されて、殺されて、殺されて……。
何時からか、魔王の死は、ほとんど少女の死になっていた。少女は忘れない。記憶の糸がぷっつり途切れるあの最期を。魔王の目が
だけれど。
まあ、どう
「……だね。ま、しゃくだけれど、しょーがない。勇者には殺されてあげる」
少女は、ニンマリ、ほほえんだ。
「けどね。暇に殺される気はないの」
「……ベリー。魔王は玉座を
少女は、ニカッと歯を光らせた。
「……じゃ、玉座は空けないよ」
少女はしゃがんで、ひざをかかえた。左手を座面にかざし、親指の爪先を薬指の腹にぐっとオシ当てナイフのように
「──さ、自由だよ」
──ガタ……。
足元のはるか下のほうで、おっかなびっくりの、
──ガタンッ。
少女の全身がドンッと一回、突き上がる。
──ガタガタガタガタガタガタガタガタ…………。
座面がこきざみにゆれだした。タテゆれの振動が少女の奥歯にジンジンひびく。ほほもブルブルにゆさぶられて、少女はこそばゆそうに、はにかんだ。
「ベリー!!!? 玉座が……」
「脚をね、『足』にしたんだよ」
──ズシン……。ズズズン。ズン。ズン。ズン。ズン……。
玉座はおそるおそる脚を持ち上げ、注意深く脚を下ろした。脚が足になっていた。玉座はなにかを噛みしめるように、力づよく足ぶみをくりかえした。
「はい、玉座、おすわり!」
少女の号令で、玉座はぴたり行儀よく立ち止まった。少女は、「えらいねー」とくりかえしながら、座面をぐしゃぐしゃ
「んーー、玉座って名前、ぜんっぜん可愛くない。玉座だから、…………トロンヌ。トロンヌちゃんだ」
玉座はぐるぐる円を描いて、はしゃぐようにその場を回った。不器用な、スキップのように見えた。一歩一歩がぎこちなくて、一回一回少女の体が宙に浮いた。
「じゃね、エニャック。そーゆーわけで『玉座は空けず』にいってくるよ。留守番おねがいね」
「……………………」
エニャックは相かわらず、ぽっかり口を開けたまま、だんまり口を閉ざしている。少女は気に留めず、目を閉じて、スンスン、小鼻をひくつかせて回る。
──ん? 少女の眉間がちいさく困惑する。
「……そっちも、こっちも、あっちも? あちこち勇者クサイよ?」
少女は小首をかしげる。
「クッサイ順でいっか」
少女はひざこぞうをついて四つん這いになり、座面に顔を近づける。
「トロンヌちゃん。
──ぐぐぐぐぐッ。
玉座は関節の無い足をしならせ、めいっぱい、力をためる。少女は左手をそろり上げ、一気にふりおろした。
「ジャーーーーーーーーンプッ」
玉座は、音も無く消えた。
──パラパラパラ。
エニャックの上空で火薬が破裂したかのような乾いた音がした。頭上からなにかが、──残骸と、少女とが、どしゃぶりの雨つぶのように降ってくる。気を失っているのか、少女は頭を下に落下していた。尾を引いて墜落していく少女を、エニャックはだんまり、目で追った。少女はそのまま、あまりにも無防備に頭から地面にめりこんだ。大地がごっそりえぐられ、巨岩が小石のように軽々舞い、視界は砂ぼこりでフサがって、大気がビリビリしびれた。
徐々に晴れていく眼下の
少女の足の指がビクっとちいさく痙攣し、少女の手のひらがあたりを探るように逆さまの地面をまさぐった。エニャックは、まあ、息はしていないのだけれど、息を殺して、それを見ていた。少女は手足をバタつかせたり、
「……トロンヌちゃん、死んじゃった。コナゴナだよ。ぶつかった。空になにかあった。見えないけどあった。……アレ、なに?」
少女は、まくしたてた。なにかをこらえているのか、声はふるえ、音量が不安定だ。
「……外殻だよ、ベリー」
「……ガイカク?」
「ああ、ベリー。このセカイは外殻でおおわれているんだ。卵の殻のようにね」
「……どーして、……黙ってたの?」
「……聞かれなかったからだよ、ベリー」
「…………そ。」
「…………」
「……エニャック、ほかには?」
「ベリー? 『ほかには?』だって?」
「ほかに、『隠している』ことは?」
「ベリー、ありえないよ。『隠している』だなんて。エニャックはベリーに嘘をつけない。聞かれたら、ぜんぶ答える。それがルールなのだから」
「……そ。」
「……………」
「……じゃ、外殻は壊せる?」
「ベリー、外殻は壊せない。外殻には傷もつけられない」
「……そ。」
「……………」
「……じゃ、アホ勇者は外殻の外?」
「ベリー、…………このセカイにいるのはベリーだけだよ」
「ふうん」
少女はいたずらっぽくエニャックから視線を外した。黒髪を耳にかけ直し、毛先に指先をからめて、くるくる
──はたと、その指が止まる。毛先が、はらり、ほどけてハネた。
「んとさ、エニャック。玉座、無くなっちゃったんだけれど。『魔王は玉座を空けちゃいけない』んでしょ? セカイのルール的にどーなるの?」
「ベリー、回答に時間がほしい。……ルールを参照している。…………ヒットする規律を拾えない。どうやら想定外みたいだね」
「ふうん。『想定外』があるんだ」
少女は、ぱちん、と指を鳴らした。少女の足元を目がけて、木片や布の切れ
「エニャック、安心して。玉座は元通りに再生するよ。わたしの血を吸ってるからね」
「………………」
「けどね、トロンヌちゃんは、……トロンヌちゃんには会えないんだから」
少女は、弱弱しく、へなへな、大の字にへたばった。空が、なんだか、ひどく遠い。
「……アホ勇者は外殻の外。……けど、外殻は壊せない……アホ勇者は………………」
雲ひとつない空。少女は、ぼーっと口ずさんだ。思考がまどろんで、頭の中が
(!!?)
ふと、あの、──あの匂いがした気がして、少女は首を右にひねった。ビリビリに裂かれたボロボロの布切れが、少女の目と鼻の先をヒョコヒョコ、
「エニャック。わたし、このセカイ、出るよ」
少女は、おもむろに立ち上がった。
「……ベリー、外殻は壊せないんだよ。身を持って学習したよね?」
「だね。わたしに外殻は壊せない」
「…………」
「けど、」
──『想定外』はある。でしょ?
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