第11話 <異境の序曲> 階層で回想

6Fに到着したらしい。相変わらず目は見えない。暗澹たる気持ちにさせられる。気持ちが不安になるね。


「たかし。いるかい」


「おういるぞ。結構手ごわかったぜさっきのやつ。危なくはなかったけど」


「まだ目が回復しないんだけど・・・」


「しゃーない。時期に直る。まだ低層だし、気にすることはないさ」



《異境の序曲》たるダンジョンに侵入して5Fばかり上り、たかしと二人正直疲れもたまってきた。といっても肉体的な疲れは感じないが、思考を何時間続けてきたのかは数えていないが相当たったと思われる。目も見えない状況だ。


まず、なぜこの世界に来てしまうことになったのか。どのような経緯でこの世界に入ってしまったのか。この世界に入ることになった直前の出来事を精査していこう。



・・・・・・・大学受験に向けて、勉強にいそしんでいた僕だが毎日のように神社のおやしろに行っては木製の階段に座り、まどろんでいた。


 そしてこの世界に来る、つまりチュートリアルなるゲームがおこなわれる以前の記憶。


その日の記憶はなぜだか薄れていて、五里霧中。煙に覆われているようで思い出すに浮かばない記憶。


ひねりにひねり、記憶の引き出しを思いっきり引っ張る。


そうか。その日は電車で野球の試合を見に行ったんだ。


某プロ野球チームの2軍戦。熱狂的プロ野球ファンの僕は初めて2軍戦の試合を観戦しに行ったのだ。


その試合には故障で近年苦しんでいた、元エースが復活のマウンドに上がっていて、試合は感動ものだった。


なんと2軍戦ながら、ノーヒットノーランを達成したのである、僕は感涙した。


試合後、普段は2軍では行われないのが、いつもの倍の客を動員したらしく、球団が用意したマイクを握ったアナウンサーらしき人物が元エースにインタビューを行った。


「長年苦しい思いをされたと思いますが、今日の復活のマウンド。完全復活ですね」


元エースは殊勝に答える。


「肘が駄目になった時。引退するか。復活を目指すか。岐路に立たされましたよ。もう30歳を超えて僕と同じ年の野球人が球界を去っている現状を見ると、僕ももう十分頑張ったんじゃないかって思うこともありました。追い打ちをかけるように交通事故にも遭い、この人生結局これで終わりなのかと思ったりもしました。しかしながら、選択肢は現役続行を選びました。帰ってきてほしいって声があったんですよ、色々な方からね。中には引退が妥当なんかも言われました。でもね、一人でも、帰ってきてほしいと言ってくれる人がいたら、僕の性格上やめられなかったんですよ。ノーヒットノーランって結果も今後を後押ししてくれることになってよかったです」


僕は元エースの応援歌を熱唱した。


球場裏に行き握手をしてもらうことにも成功し、会話もした。


「おめでとうございます。マジでファンなんです、なんて言うか本当に感動しました」


「ありがとう」


些細な会話であったが、一生に残る思い出になることを確信した。


持っていたサイン用のボールにサインもしてもらった。


選手の名前とともに 取捨選択 と書かれていた。


「僕はね取捨選択が苦手なんだよ。捨てることがね。現状維持が好きなんだ。実を言うと現役続行を決めたのも野球選手であることを捨てられなかったからかもしれない」


周りには僕と元エースしかいなかった、風が強い日で砂が舞っていた。


 (ちなみに元エースと表記しているのは、なぜか僕が今現在名前を思い出せないからである。


きっと、記憶はこの世界に来て錯乱した深いようではないかと思う。まぁ後に思い出すだろう。)



球場を出た後、僕はバスに乗った。


見知らぬ経路を辿るバスで乗客は僕一人。薄暮の上空、光るラブホ街。無愛想な運転手。・・・・・・・



 それが最後の記憶だ。


バスに乗ってこの世界にやってきたのか。


考えても埒が明かないのでやめておこう。


このダンジョンをクリアすれば元の生活に戻れるはずだ、ゲームはクリアすればハッピーエンドであるのが定石だしな。


____________________________________



僕は目が見え開いため、たかしの先導のもとに進む。


この階層では人面蜘蛛やらが出てきて大変だったらしいがたかしのおかげでなんとかなる。


「階段があったぞ。さっさと登ろう」


「うん」


「ここでサプライズだ。このフロアで2つのアイテムを拾ってやったぞ。実は助っ人にもアイテムの収集はできるんだぜ」


「有用そうなのはあるかな」


「聞いて驚け。待望の防具だぞ。薄っぺらいのが少々残念だけどな。もうひとつは書だ」


「おお!」


「とりあえず、防具はさっさと着用しておいた方がいいだろう。耐久が上がれば、モンスターからのダメージも軽減できるからね。仮に微々たるダメージ減少でもつけないことにこしたことはないだろう」


僕が防具なるものをたかしから渡し受け、着用した。


「なんだこれパリパリ音が鳴るよ」


腕を上下に揺らすとパリパリと音がする。まるで、蝉の抜け殻を潰すように。


「俺にはその防具が蝉の抜け殻に見えるね」


「合点!」


僕は蝉の抜け殻を着用したようだ。



「ちょっといいか。次のフロアからについてだ」


 なんだよ改まって。僕は首肯する。


「7Fから10Fまでは無限増殖系っていう特殊なモンスターが低確率ながら出現する。だから、即上りが定石となっている。あくまでお前の判断だが、助言はしておこう」


「たかし。君しか頼れる者はいないんだ。一気に駆け上ろう」


たかしの羽を広げて、くちばしをパチパチとさせた。





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