運命論

運命論

「人は死んだらどうなるのだろう」

 子どもの頃に必ず一度は考えるであろうこの疑問を抱いたのは、やはり一人遊びをしていた頃だった。

 なにしろ遊び友達もいなかったので、考える時間はふんだんにあったのだ。

 母の母、つまり祖母に関する記憶はほとんど無いのだが、この人が亡くなったとき、お骨拾いに連れて行かれた思い出がある。多分私は骨拾いには参加せず、ただただ母にしがみついていたのだが。

 その折、誰かが何かにつまづき、よろめいたのだ。

「気を付けんと! 墓場、焼き場で怪我したら長引くんよ!」

 と、口々に声を掛けられているのを聞いて、幼心に『怖いところなんや……なんか、幽霊がそんな風にさせるんやろか』と、益々しがみつくのを母に叱られた思い出がある。

 人の死というものを、身近に感じたわけでもなく、祖母とは生前にほとんど会うこともなかったので思い出もなく、この祖母の死が『人は死んだらどうなるのだろう』という思いと直結したわけでもないのだが、割とかなり幼い頃からそんなことを考えていたような気がする。

――人は死んだらどうなるのか?

――神様はいるのだろうか?

――自分はこの先どうなるのだろうか?

 蓮華草を摘んで花輪を作っていた幼女は、その時そんなことを思ったのだ。

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