転校生と針雨君

 チャイムが鳴り、三時間目の音楽が終わると、私は静樹ちゃんが座っている場所へと向かう。


「静樹ちゃん、何で私が歌っている時だけ、邪魔したの!? 集中できなかったじゃない!」

「貴方は?」

「花見 桜桃よ」

「音楽社会の常識を変えたい、その一心だったのよ。失敗は誰にでもある。次頑張りましょ?」

「静樹ちゃんが頑張ってよ。失敗したの静樹ちゃんだよね!?」


 音楽室を出ようとした時、一人の男子が出口を阻んだ。銀色の長い髪に、鋭くて青い瞳、デニム生地のジャケットに、ベージュのチノパンを穿いている。クラスで一番イケメンだけど、偉そうな性格のせいで嫌われ者としても一番の針雨はりさめ 怜音れおん君だ。


「お前、本当に墓山 静樹なのか!? アイドルかなんかしらねーけどよ! めちゃくちゃ音痴じゃねーか! お前偽物だろ?」

「貴方は?」

「針雨 怜音だ。音痴な お前等の後に歌ったせいで、俺までつられてしまったじゃねーか」


 私なんて、歌ってる最中にボイスパーカッション入れられたんだけど……。ていうか、どいてよ。出入り口に立つから、皆集まって来たじゃない。


「やーい音痴音痴!」

「針雨君、そんな言い方良くないよ」


 白兎君が、針雨君に声を掛けている。


「なんだよ長月! お前はこいつ等の音痴な歌聞いてて、頭おかしくならねーの?」

「誰にだって、調子が悪い時だってあるよ、ね? 静樹ちゃん」

「今日は絶好調だったわ」

「ほら! だからそんな事言っちゃ駄目だよ!」


 白兎君。今、静樹ちゃんの発言、思いっきりスルーしたよね?


「長月! お前、生意気何だよ!」


 針雨君が、白兎君の肩を強く押す。


「ちょっと! 白兎にきやすく触らないでくれます?」と、ユマちゃんが白兎君の前に出て来た。

「なんだよ! 女に守られてやんの! やーいやーい」


「ちょっと辞めなよ皆!」喧嘩になりそうだったので、私は二人の間を割って入る。


「全く、ガキはこれだから嫌なんですのよ。白兎あちらにいきましょ」

「うん」


 白兎君は、ユマちゃんに連れて行かれる様に、音楽室を出て行った。


「ち、面白くない!」


 出入り口を邪魔していた針雨君が音楽室を出て行くと、クラスの皆もぞろぞろと音楽室を出る。


◇◇


 4時間目は、体育の授業。男子が着替えた後は、女子だけ残り、教室が更衣室になる。


 隣の席の水奈ちゃんが、上のブラウスを脱ぐと、白のブラが見えた。あれ? 水奈ちゃん、スポーツブラ辞めたの? それに前見た時より、若干大きくなってない?


「ふふふ……どうやらその視線。バレてしまったようね? 実は私、Bカップになったの!」

「いいなぁ」

「桜桃ちゃんは、まだまだ可愛いスポーツブラなのね。でも大丈夫、桜桃ちゃんなら大きくなるよ」

「本当?」

「ええ、この犬神 水奈。生まれつき鼻と耳はいいの。桜桃ちゃんから、きょぬーの匂いがぷんぷんしているよ」


 きょぬーの匂いって何だろう?


「きゃああ! 安藤さん! でっかい!」

「何食べたらそんなに大きくなるの!?」

「メイドたるもの、常に求められる様に大きくなくてはいけませんの。殿方を胸で受け止めてこそ、メイドの器が試されるのですわ」

「メイドって凄ーい!」


 うわぁ、メイド服の上からでも、大きいとは思ってたけど、脱ぐと更にデカイお胸が大きな紫色のブラに包まれている。何あれ? たゆんたゆんじゃない!? Fはあるよね?


 ユマちゃんの胸を見て居たら、どんどん大きくなって来るような……。違う、近付いて来ている。いつの間にかユマちゃんが目の前に居た。


「まぁ、桜桃さん。随分と可愛いお胸ですこと」

「ムカ! ちょっと大きいからっていい気にならないでよね! 私だってこれから大きくなるんだから! きょぬーの匂いがぷんぷん丸なんだから!」

「オッホッホッホ……今、育たなければ今後も成長見込みはありませんわよ? ではごめんあそばっせ?」


 後ろを振り返るユマちゃん。すると背中に蝙蝠の羽が見えてた! ちょっと! 大きな騒ぎになるから隠してよ! ていうか、何で皆気付いてないの!? 皆、胸ばかり見てるんじゃない!?


「あれは、大きいわね……将来はスイカ並に大きくなりそうだわ。私の鼻がそうささやいている……」

「囁きは、鼻で感じるモノじゃないよ?」


「何だ何だ、安藤と太井以外、皆ぺちゃパイじゃねぇーか?」


 え、誰? 男子の声が聞こえた。あ、針雨君が教卓に座っていた。……ちょっと! 何で男子がいるわけ!?


「きゃあああああ!!!」

「覗き! 変態!」

「すけべぇ!」


 クラスの女子が、騒ぎ始めた。私もスポーツブラだけど、必死に腕で隠す。


「はん、お前等の小さい胸なんか見ても何も面白く——ブフォッ!!」


 太井ちゃんが、机を針雨君に投げつけていた。わお、凄い力。


 机の下敷きになった針雨君の前に立ち、思っている事を叫ぶ。


「針雨君ってば最低! 女子の更衣室覗いておいて、何がペチャパイなのよ! 静樹ちゃんも何か言ってやりなよ」


 白のブラをしている静樹ちゃんが隣に居たので応援を要請する。静樹ちゃんも、私よりちょっと大きいぐらいかな?


「わかったわ」


 静樹ちゃんは、くるりと背中を見せて両手を広げた。


肩甲骨けんこうこつ

「ごめん、やっぱり下がってて静樹ちゃん」


 静樹ちゃんって、本当に何を考えているのか分からない。


「全く、女っ気の無い連中だぜ。女はやっぱり胸が無いとな——」

「早く出て行ってよ!!!」


 針雨君の首根っこを掴んで、ドアを開く。教室の外へ投げ飛ばして、ドアを叩きつける様に閉めたった。


◇◇


 体操服に着替えると、グランドに向かう。女子の体操服は、上は白のトレーニングシャツ、下は紺色のハーフパンツだ。

 グランドは、10mある緑のフェンスに囲まれた、黄色い砂が広がる大地。左には、正門や、三つの大きさに並ぶ鉄棒が見えて、右には、砂場や昇り棒があったりする。


 今日の授業は、走り幅跳び。去年の私は、高跳び幅跳び共に、女子一位の記録を持っている。今年も一位を目指すぞ!


 スタートラインに立ち、思いっきり助走をつけて砂場へ一直線。そして、膝を曲げて地を蹴り上げる。胸を前へと出し、降下してきた所で足を前へとやる。運動靴が砂場へと着地すると、小さく砂が宙に浮く。


「花見 桜桃 記録4m10cm 凄いなぁ、男子顔負けの記録だな」


 やった! 去年より20cmも長く跳べてる!


「すっごーい桜桃ちゃん!」

「流石だね! さすゆす!」

「さすゆすって何?」


「何だ? 転校生二人が飛ぶみたいだぞ!?」

「墓山凄い格好だな」


 なんと静樹ちゃんが、鶏のコスプレをしている。あんな格好で跳べるの? しかも鶏って飛べないよね?


「さあ! 巣立ちの時よ!」


 格好も変だけど、走り方も変だった。なんかこう……何か棒を持っている様な、まるで棒高跳びをしている様な走り方……あ、静樹ちゃん、手に何か持ってる! 目を凝らして見ると、透明な棒を持っている事が分かった。


 そして、棒を砂地に突き刺す。棒の弾力を利用して、なんかめっちゃ跳ねた。私の記録をゆうに超えて、羽を広げて低空飛行しながら優雅に着地をした。


「墓山 静樹 記録4m50cm 変な格好で良く跳べるな。次」


 一部始終見ていた私は、着地した静樹ちゃんの元へと歩く。


「静樹ちゃん、ズルは駄目だよ?」

「何の事かしら?」

「棒使ってたでしょ? 透明の棒! これ!」


 静樹ちゃんが跳んだ所から透明な棒を拾って見せつけた。どこに売ってるのよ? こんなもの。


「もう一人の転校生もすげーぞ!」

「うわ! 空を飛んでるみたい!」


 体操服姿のユマちゃんが、ありえないぐらい跳んでいる。ていうか飛んでいる。それは、もう幅跳びや高跳びの次元を超え、空を舞う様に飛び上がっていた。グラウンドの端にある10mぐらいのフェンスの天辺を蹴り、くるくると回転しながら戻ってきて優雅に着地。体操服からはみ出ていた羽を、さり気無く体操服の中に隠したみたいだけど、私には分かるよ。


「すっげー往復してきた!」

「安藤さんすごーい!! どうやったらそんなに跳べるの!?」

「オッホッホッホ! メイドたるもの、これぐらい朝飯前なんですのよ」

「メイドってすごーい」


 凄いのはメイドじゃなくて、悪魔の羽なんだけどね。


「安藤ユマ 記録 300m80cm 安藤お前凄いなぁ! お前ならオリンピックも夢じゃないぞ? 次」


 事情を知っている私は、ユマちゃんに近付く。


「ユマちゃん、羽使ったでしょ?」

「何の事かしら?」


 走り幅跳びの結果としては、一位 ユマちゃん。二位 静樹ちゃん。三位 私だった。

 ズルされてなければ、今年も私が一位だったのに。酷いよこんなの。


「桜桃ちゃん、惜しかったね。次頑張ろう?」

「白兎君、ありがとう」


 白兎君が声を掛けてくれる。白兎君は優しいなぁ。


「おい、長月お前の番だぞ! 早く飛べよ!」

「うん、じゃあ行ってくるね!」


 振り返る白兎君の背中を見送る。あれ? 何か白兎君の背中、物凄くもっこりしてない?


 スタート地点に立つ白兎君は、クラウチングスタートの構えを取っていた。

 そして、走りだして、砂場に向かって走って行く、飛び上がり、足が砂場に着地する寸前、白兎君が宙に浮いた。背中のグニグニの羽を使って、バサバサと。まるでクレーンゲームのアームにお腹を掴まれているみたいに、平行に前へと進んで行く。白兎君までチート使いだった。


「長月 白兎 記録5m60cm しっかし今年の6年生は良く跳ぶなぁ」


 先生の目は節穴なの? 良く跳ぶ次元の話じゃないよ!


「きゃあああ!! 白兎素敵ですわぁー!」

「貴方、なかなかやるわね」


 白兎君に、ユマちゃんと静樹ちゃんが集まる。


「桜桃ちゃん聞いて! 僕、男子一位だったよ!」

「よかったね」


 皆ずるいよ……。私、もう誰も信じない。


「なんだよ! お前等ズルしてんじゃねぇか?」


 また針雨君がいちゃもん付けに来た。うん、もっと言ってやって!


「安藤! お前なんか背中に蝙蝠みたいな羽隠してるだろ?」

「知りませんわよ? 貴方の見間違いでは無くて?」


 皆なんか、着替えの時ですら気付かなかったのに、針雨君には分かったんだね。針雨君がまともに見えてきた。


「墓山! お前、透明な棒を使ってただろう? 先生の目は誤魔化せても、俺の目は誤魔化せねーぞ?」

「体育業界の常識を変えたい、一心だったのよ。失敗は誰にでもある。次頑張りましょ?」


 ズルしないで、静樹ちゃんが普通に頑張ってよ。


「長月! お前、背中に何か隠してるだろう? 見せて見ろよ!」

「やめてよー!」


 針雨君が、強引に白兎君のトレーニングシャツを脱がせようとしている。すると、トレーニングシャツの襟からグニグニが顔を出した。静かに、微動だにせず、まるで縫いぐるみの様に。


「何だこれ!? こんな生物見た事ない!」


 そして、針雨君がグニグニを掴み。白兎君の背中から取り出して、マジマジと見ている。


「返してよー!」

「こんなもの持ってて、頭おかしいんじゃねーの? 返してやるよ、こんなキモイ縫いぐるみ!」と針雨君は、白兎くんにグニグニを投げて、そのまま去って行った。


「僕、キモイのかな?」

「グニグニ……針雨君は、口は悪いけど、つい本当の事を言っちゃう性格なんだ。だから気にしなくていいんだよ」

「そっか、僕キモイんだね」


 その時のグニグニの声は、珍しく悲しそうだった。


◇◇


「4時間目の体育は終わり、それじゃあ全員教室に戻ったら給食だからなー?」


 4時間目も終わり、待ちに待った給食の時間。


「あっついねー僕、喉渇いちゃったよ」

「あらぁ、白兎。喉が渇いたのでしたら、スポーツドリンクを買ってきますわよ?」

「え? いいよー。お水があるから——」

「それでは、行ってきますわー!」


 ユマちゃんは、大きく羽を広げて空へと飛んだ。そして、その瞬間を私と白兎君以外、クラスの皆は誰も見ちゃいない。


「あ、いっちゃった……。あれ? 何かグランドに変わった服の子がいるね?」


 青のボサボサ髪で、首にはオレンジ色大きなスカーフを巻いていて、肩を覆っている。上半身は健康的な小麦色の肌で、膝まで伸ばした藍色のズボンを穿いている。右手には、なんか大きな銀色の十字架みたいなのを持っている。

 誰だろう? 真っ直ぐこちらに向かっているみたい。


「何か変な奴がいるなぁ! どーせ、隣の学校の奴だよ! 俺がとっちめてやんよ」


 そう言って針雨君は、青い髪の男の子の元へと歩いていく。


「やいやい、お前ウチの学校の奴じゃないだろ? 自分の学校へ戻れよ!」

「グニグニを渡してもらおう。そうじゃなきゃ痛い目を見るぞ?」


 グニグニ!? まさか、悪魔!?


「ぐにぐに? 何言ってんの? 頭おかしいんじゃねーの?」


 針雨君がそう言うと、青髪の男の子は、少し離れた鉄棒目掛けて十字架を投げつけた。


「エル・ヴィウス」


 十字架は回転して、鉄棒の柱に当たりめり込んだ。そして、十字架はブーメランの様に、大きく円を描いては男の子の手元に戻って来た。めり込んだ鉄棒に驚いた針雨君は、尻もちを付いて口をパクパクさせている。


「おいらは、ロビン。ロビン・バルバトス。72ななじゅうふたはしらの悪魔の一人バルバトスの8代目だ!」

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