2章 もう一人の魔法少女

6話 二人の転校生と授業!

二人の転校生

「一発芸をやります」


 挨拶の後、静樹ちゃんは大きな声で言った。大きく息を吸い込んで、元々細い身体から、空気で頬とお腹を膨らませる。両手に握り拳を作り、膨らんだお腹を軽く叩いた。


「ポンポコポン♪」


 クラス中が静かになった。……え? どうしよう? 笑っていいのかな? でも笑い所が分からないし……。何より意味が解らない。どうしよう?

 そして静樹ちゃんは、大きく息を吐いて膨らんだ身体を戻すと、真顔でクラス中を見つめる。


「……続きまして、顔芸やります。死に顔」


 まだやるの!? そう思っていた時、静樹ちゃんが白目を向いて、小さく口を空けながら、右斜め上を見上げていた。

 辞めて! HKMR5のクールビューティな静樹ちゃんはそんな顔しない! しちゃいけない! どんどんアイドルから遠ざかっていっちゃう!


 一人だけ、静樹ちゃんの芸に笑う声が聞こえた。


「静樹ちゃんって面白い! あはは……ごめんね! でも、ツボに入っちゃって…… だめっ! ははははは……」


 笑っていたのは、私の4つ隣の席の音木おとぎ 美菜花みなかちゃんだった。栗色の髪の毛をしたふんわりショートヘアで、クラスではあまり目立たない普通の女の子。ベージュのブラウスに、ここからでは見えないけど、茶色のスカートをしている。

 笑う美菜花ちゃんの前に、素の顔に戻った静樹ちゃんは歩く。


「貴方、とってもいい人ね。私とお友達になりましょ」

「うん、私、音木 美菜花。よろしくね。静樹ちゃん」

「……貴方!」

「え? 何?」

「とてもきれいな指ね」

「ありがと! 静樹ちゃんも、やっぱりアイドルだね! 凄く綺麗な顔してるもの」


「まあ、新しい仲間達と仲良くしてやってくれ。よし、HR終わり! 解散!」


 宏次先生が、教室を出る。HRが終わると、静樹ちゃんとユマちゃんの間には人だかりが出来ていた。


「安藤さん、本当にメイドなの?」

「可愛いね この服! 何処に売ってるの?」

「アンドロマ……安藤家は、代々由緒正しきメイドの家系ですの。そんじゃそこらのメイドとは格も品も違うくてよ? ちなみに服は自分で作るのですわ」

「カッコイイ! 安藤さん!」

「手作りなんだ! すごーい!」


 やっぱりメイド服は目立つよね。手作りなんだ。ユマちゃん凄い器用なんだね。


「ねぇねぇ、静樹ちゃん! 静樹ちゃんHKMR5の静樹ちゃんだよね?」


 白兎君が、静樹ちゃんに声を掛けていた。


「ええ、そうよ」


 まさかの本物だった。DVDで見た時と、全然イメージが違うんだけど……。


「僕、大ファンなんだ! 『墓荒らしをぶっ飛ばせ!』の歌詞書いたのも静樹ちゃんだよね?」

「あれは、私の中ではかなりの力作だったわ。筆が乗っていた……いや、筆が踊っていたと言っても過言では無いわ」

「静樹ちゃんの手にかかれば、筆も踊りだすんだね! やっぱり凄いなぁ静樹ちゃんは!」


 多分、白兎君は違う意味で凄いと言っている気がした。なんか筆がくねくね踊っている。そんなのをイメージしているはず。


「きゃあ! 生静樹ちゃんよ! 生静樹ちゃん!」

 

 水奈ちゃんまで……。生静樹ちゃんって何なの? チャイムが鳴ると、墓川先生が教室に入って来る。


「皆いるかー? 一時間目は、算数だぞ」


 先生が教卓を前に立つ。


「今日は、体積を学ぶ前におさらいをする訳だが、……その前に静樹。何だその格好は」


 私の6つ隣の席に座る、静樹ちゃんが、四角形のこんにゃくの着ぐるみを着ていた。いつの間に!?


「体積を知ると言う事なので、まずは四角形の気持ちになって考えてみようかと」

「そうか。でも隣に座っている加島が、窮屈きゅうくつそうにしているから脱げ」


 加島君が、コンニャクに身体を押しやられて、壁とコンニャクの着ぐるみに挟まれている。しぶしぶ静樹ちゃんは着ぐるみを脱ぐと黒のTシャツ姿になった。白い文字で、『HKMR5 SHIZUKI』と書かれているみたい。


 墓川先生は、黒板に正方形をチョークで書いた。


「これは何だ? 折角だから、転校生の安藤 答えて見ろ」


 私の5つ隣に座るユマちゃんが、先生の質問に対して首を傾げた。


「四角じゃないんですの?」

「四角は四角でも、正式名称があるだろう? 四辺の長さが均等であるこの四角は、何と言う?」

「square《スクエア》ですわ」

「合っているが、なんで英語なんだ? お前は外国人か?」

「そんな事言われましても、これは四角以外では、スクエア以外の読み方なんて知りませんの」

「これは正方形だ。よく覚えておくように。……じゃあ次、静樹、公式を言って見ろ」

「縦と掛けまして、横と解きます」

「なんで謎掛けなんだよ。……その心は?」

がくなら、縦にも横にも掛けられます。お後がよろしいようで」

「笑いとしてはイマイチだな」

「アッハハハハハ! うまい静樹ちゃん!」


 クラス中に一人だけ大きな笑いが響く。美菜花ちゃんだった。


「音木、箸が転んでも笑ってしまう年頃なのはわかるが、ちょっと冷静になれ。じゃあ三角形の公式は解る奴いるか? 花見 答えて見ろ」

「底辺×高さ÷2です」

「そうだな。普通の答えで先生は嬉しいぞ」


 その時、ユマちゃんが手を上げる。


「何で半分に割らなくては、いけないのですの?」

「なんでって、そういう決まりなんだよ。……それじゃ分かりやすく教えてやる。四角形の公式は、縦と横をかけた数字だったな?」


 書かれている正方形を斜めにチョークを書いて一本の線が引かれた。


「底辺と、高さを掛けた数字であれば、さっき言った四角形と同じ公式になってしまうな? 半分に割る事で、三角形を求める数字になるわけだ。どうだ? 分かりやすいだろう?」

「三角形が二つあるじゃないですかー! やだー!」

「だから半分に割るんだろうが。いいか? 四角形というのは、二つの三角形から出来ているんだ。お前ら大丈夫か? 体積になったら、もっと難しくなるんだぞ? 三次元の定理が難しいのは解るが、せめて二次元の定理ぐらいはわかっておかないと——」

「二次元って何ですか?」

「あー言い方が悪かったな。折角だし覚えておいて損はないだろう」


 正方形から離れて、小さな点が黒板に書かれた。


「いいか? ここに点があるだろう? これが零次元と呼ばれる」


 最初の点から、少し離して二つ目の点を作り、そこを線で結ばれる。


「ここにもう一つ点を作る。線を結ぶな? これが線の世界、一次元だ」


 次に、二つの点の真ん中、そこから下に下げた所で点を付けて、線を結ぶと逆三角形になった。


「更にここに点を付けて線を結ぶ。三角形になったな? これが面積の世界 二次元と呼ばれる。四角形や、五角形なんかも面積だぞ?」


 次に、宏次先生は、少し上に点を付けて、先程書いた三つの点と結びつける。なんかピラミッドみたいになった。この図形なんて言うの?


「更に、ここに点を付ける。線で結ぶと、お前達には教えて居ないが、三角錐さんかくすいと呼ばれる立体が生まれる訳だ。これが立体の世界、三次元だ」

「先生! トイレいきたい」

「人の話をきけぇい!」

「じゃあ四次元って何ですか? アニメで猫型ロボットなんかが口にしてますけど」

「そんなもんは知らん。四次元については、答えという物が無い。この理屈で言うならば、もう一つ点を付け加える必要があるわけだが」


 三角錐の中心に点を付けて、それを全ての点に線が結ばれていく、なんかごちゃごちゃしてきた。まるで水晶みたい。


「こうすれば、四つの三角錐が一つに重なる形になる。一応、四つの次元が重なるわけだが、先生の考えでは、こんな世界だと思うぞ」


 そんな時に、チャイムが鳴った。


「っと、もうこんな時間か。算数の授業はここまで。次は音楽だから、音楽室に集合だ。間違えるなよ?」


◇◇


 二時間目は音楽の授業なので、音楽室に行く。音楽室には、有名な音楽家達の絵が教室の上の方、並ぶように飾られていて、教壇の横には大きな黒色のピアノがある。


「桜桃ちゃん、今日歌のテストだよね? 何歌うの?」


 一緒に音楽室へ入る水奈ちゃんが言う。 


「私は、『帰り道』にするよ」

「無難な曲行くわね」

「水奈ちゃんは?」

「それは、聞いてからのお楽しみよ!」


 凄い自信だ。そういえば水奈ちゃん歌上手だもんね。

 席に着くとチャイムが鳴る。静樹ちゃんが、ロングの緑髪を天に逆立たせて入って来た。アイシャドウは太く、目の周りが狸みたいに。服装もなんか、黒のジャケットにジーンズのズボンとパンクっぽいのに着替えていた。左目だけ、ピンクの星をメイクして、ギターを片手にガニ股で教壇まで歩いていく。

 何? その格好?


「音楽室にお越しの皆様、今日は私の為に来てくれてありがとう」

 

 教壇から皆に聞こえる様に静樹ちゃんは言った。いや、静樹ちゃんの為に音楽室に来たわけじゃないよ? そして宏次先生が教室に入って来るなり、静樹ちゃんと目が合う。


「皆いるか? って何だ静樹、また変な格好しているな?」

「自分が何者であるのか……教えてほしい、その理由わけを」片手を伸ばして宏次先生に向けている。

「知るか! もう授業始まるから、とりあえず座れ。今日は、一人一人教科書に書かれている曲を歌ってもらう。自分が一番歌えそうなのを選んでくれ。……音木、悪いがピアノを頼んでいいか?」

「はい、わかりました」


 美菜花ちゃんは、席を立って教壇の横にあるピアノの椅子に座る。


「じゃあ、名簿順から。安藤、知ってる曲あるか?」

「全然わかりませんが、善処致しますわよ。じゃあワタクシはこの『フルメタルガーデン』を歌いますわ」


 悪魔の歌声ってどんなんだろう? ちょっと興味ある。ユマちゃんは席を立ち教科書を見る。

 美菜花ちゃんが、ピアノを弾くと曲調の早い音が流れる。凄い美菜花ちゃん、ピアノ得意なんだ。


「わぁ凄い」

「音木さん、凄くピアノ上手だね」


 そして、静かにユマちゃんの口が開かれた。


「そこは鉄の世界、銀色大地と空に太陽しか無い世界、踏みつける足は硬く、長く歩くには辛い。今日もまた、水を求めて歩き続けるだろう……」


 朗読する様に、淡々とユマちゃんは文章を読み上げて行く。


「安藤、お前が開いているのは国語の教科書だ。そして音木、なんで曲が無いのに弾けるんだ?」

「なんとなくイメージで弾いて見ました」


 イメージで弾けるなんて、美菜花ちゃん凄い!


「5点だな、次犬神!」

「はい、私は「ロパロパ」を歌います」


 席を立ち、教壇まで歩いていく。教科書無しでなんて、自信まんまんだね水奈ちゃん。あと、別に教壇の前に立たなくてもいいんだよ?

 静かに流れるピアノの音。


「ある日の事ー♪ 警察に向かう道ー♪ パトカーのサイレン鳴るよー♪」


 右手を前へ広げながら、リズムを作って肩を揺らす水奈ちゃん。なるほど、踊る為に前へ行ったんだね。


「泣いているー子供ー♪ 運ばれるーロリコン♪ パトカーのサイレンが鳴るよー♪」


 手を高く上げて、半回転させながら肩の位置までゆっくりと下ろして行く。なるほど、サイレンに見立てているんだね!


「ロパロパロパロパー! ロリコン連れて行かれてー♪ ロパロパロパロパー♪ サイレンが響いているよー♪」


 ここで、身体をターンさせて、両腕をクロスさせてビシっと決めた。そしてドヤ顔だった。ていうか、これ、踊る曲じゃないよね? 悲しい曲なんだけど……。


「別にダンスはいらんのだがな。まあ、頑張ったって事で80点」

「いよっしゃあ!」

 

 水奈ちゃんは、嬉しそうな声を上げてピースサインと白い歯を見せて、自分の席へ戻って行った。凄く嬉しそうだった。


 そして、次々と歌われる中、ついにダークホースの番が来てしまう、静樹ちゃんだ。

 

「静樹ちゃんの番だよ!」

「現役アイドルの歌唱力見せてもらうわよ」


 皆、静樹ちゃんに期待している目をしている。だってアイドルだもんね。私も気になる。特にその服装!


「どうも。今日は、心行くまで楽しんで下さい、それじゃあ歌います。『そして君は天使エンジェルになった』」


 なんで、わざわざ声を低くして言うのだろう。なんかヴィジュアル系バンドっぽい。そして、その曲、絶対教科書に無いよね? 激しい曲調のギターの音とピアノが合わさって流れる。なんで美菜花ちゃん弾けるの? 


「あの日ぃにぃ~♪ プシッ! 失っったぁ~君をぉ追いかけぇ続ぅけてー♪  ブブプシーッ! 今はぁもうぅ……WOWぅぅぅぅ♪ ブープシッー!」


 めちゃくちゃ音痴だった。WOWぅぅぅぅ♪ じゃないよ。なんで、無駄にボイスパーカッション入れるの? 何処で息吸ってるの? そういえば、静樹ちゃんて、DVDでも、歌っていなかったような……。


「私をー♪ 置いぃていかぁないでぃ~♪」


 既に私達が、置いてけぼりだよ。そして、ギターとピアノの音がゆっくりと止まる。


「うーん、5点だな。とりあえず、教科書にある歌から出直して来い。次 花見」

「はい、えーと歌います『帰り道』」


 凄く緊張するなぁ。席を立ち、教科書に書かれている歌詞を見ながら、静かに流れるピアノの音を掴む。


「自転車で家に帰る毎日♪ 抹茶のフィナンシェを頬張りながらー♪」

「ブブプシーッ!」

「今日もぅ帰ろうー♪ 毎日ぃの帰りぃみちぃ~♪」

「ブブブプシプシッ!!」


 なんで静樹ちゃん、私の歌にボイスパーカッション入れて来るの!? 集中できないじゃない!


「途中までは、良かったんだかな。後半えらく音外してたぞ。60点」


 がぁーん! 静樹ちゃんのせいだ。そして、音楽の授業は終わるのでした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る