悪魔ユマ・アンドロマリウス

 ……気が付くと、私はピンク色が広がる世界に居た。そこに、壁は無く、天井も無い。ピンクの床と景色が何処までも続いている。


「ここは何処だろう?」


 ここが、白兎君の夢の中なのかな? だとしたら、早く探さないと。


「うわぁん! やめてよぉ」

「あぁん! はくとぉー、お待ちになってぇ♡」


 後ろから声が聞こえる。振り向くと上半身裸の白兎君が、メイドに追いかけられていた。紫色のおかっぱ髪……確か店に来たあのメイドだ。


「捕まえた♡ うふふ、可愛い顔して……じゃあズボンも脱ぎましょうね」


 四つん這いになった白兎君のズボンを無理矢理脱がせるメイド。な、何やってんの!?


「ユマちゃん、服返してよぉ。こんな格好恥ずかしい」


 赤らめた白兎君は、白のスラックスを脱がされてトランクス一丁だった。トランクス派なんだね白兎君。


「駄目よ♡ 白兎の全ては私の物。私と気持ちのイイコトしましょ? ね? …………でも、その前に」


 メイドは、私に気付いてこちらを見た。


「夢の中に入って来られるだなんて、貴方何者?」

「白兎君が、嫌がっているじゃない。服を返してあげて」

「ふーん……お子様は家でミルクでも飲んでなさい」

「貴方だって、子供じゃない!」

「一緒にしないでくれる? 人間如きが悪魔に敵うと思って?」


 メイドの背中から、蝙蝠の様な羽が広がり、そして宙を羽ばたいた。


「安藤ユマ……又の名をユマ・アンドロマリウスと申します。以後お見知りおきを」

「人型の悪魔!?」


 悪魔って色々な姿をしているんだ。


「目的は何? グニグニじゃないの?」

「グニグニ? ああ、そういえば捕まえろとか言われてましたっけ? でもいいんですの。そんなことはどーでも……」


 メイドの目の前に、突如 現れる槍。それを手にして、切っ先をこちらに向けて来る。


「今は、白兎にしか興味が無いんですの」


 トランクス姿の白兎君が、メイドから逃げる様に私の背中に隠れた。ピンク色の床に魔法陣を書き始める。


「はい、桜桃ちゃん」


 白兎君から、剣を受け取る。そして、切っ先をメイドに向けた。


「あら、まだ地面にしか魔法陣が書けないのね。じゃあこれならどうかしら」 


 メイドは、親指と人差し指を重ねて弾く、音がピンクの世界から、青の世界へと変わって行った。雲一つない蒼空に強い太陽の日差しが照り付ける。辺りを見渡すと、どこまでも続く水平線。足元には、足首が浸かる程の海水が広がっている。


「夢魔は、夢の中ならば世界を変えられるの……お気に召しまして?」


 世界を変えられた? これでは白兎君が魔法陣が書けない?


「まずは邪魔な貴方から、相手をしてあげる」


 蝙蝠みたいな羽を大きく羽ばたかせて、物凄い速さでメイドが間合いを詰めて来た。


 大丈夫だ。目で動きは捉えられる。向かってくる槍の先端を、剣の刀身の根元と突起した柄で受ける。

 メイドは、そのまま羽を羽ばたかせて、空へと上昇した。今度は、背中目掛けて急降下してきた。


 両足で踵を返して、後ろへと向き直る。海水のせいで、少し動きも悪くなってる。避けるのは難しい。だったら、槍を折ってしまおう。

 向かってくる槍のど真ん中目掛けて、渾身の力で振るった。硬い。槍は折れなかったけど、攻撃は防げた。


「子供だと思ってナメてかからない方がよさそうね」

「私だって、クラスの中では強いんだからね!」

「ふーん……魔力回路も無い癖に」


 メイドは、大きく羽を羽ばたかせるとまた上昇した。


「知ってまして? 槍ってね、投げられるんですのよ?」


 メイドは、手に持った槍を投げて来た。狙いは正確に、真正面。慌てて切っ先を叩きつけて海水に叩き落とす。


「遅い」


 しまった! 後ろ! メイドの回し蹴りが腰の位置に入る。続けて、メイドの手が私の首を掴んだ。この子……強い!


「さあ? 捉えましてよ? どうしてくれようかしら?」


 掴まれた首が、強く締め上げて、息が苦しくなる。嫌だ! 私、負けたくない!


「なぁに? 貴方泣いてるの? だっさーい!」


 手も足も出ない。悔しい! 悔しくて涙が出て来る。


バインドライン


 光の鞭が、メイドの手首を締め付ける。同時に、私の首は解放され、息が戻って来る。


「ユマちゃん。桜桃ちゃんを離してもらうよ!」

「魔法陣? どうして水の上に描けたの?」

「ユマちゃん言ったよね? 僕の事、まだ地面にしか描けないって。それって、地面じゃなくても魔法陣が描けるって事だよね?」

「……。」

「だから思ったんだ。指を5本使えば、宙に書いた光の筋が消えてしまう前に魔法陣が書けるって!」

「……ふふふ、流石ね」

「桜桃ちゃんに酷い事をするなら、僕怒るからね?」


 白兎君は眉を細めて言った。でもトランクス一丁だと、こう威厳が無い。


「つまんない」


 メイドは、呟く様に言った。


「つまんないつまんないつまんない……つまんない!」


 怒りが、この空間中に響き渡る。


「人間は、黙って悪魔に従っていればいいのよ?」


 メイドは、また羽を羽ばたかせて上昇した。


「人間如きが、悪魔に立てつくだなんて……烏滸おこがましい!」


 そして、急降下してきた。水中ギリギリの所で低空飛行し、水中にあった槍を拾って切っ先を向けて来た。


「桜桃ちゃん! しゃがんで」


 言われた通り、膝を曲げてしゃがむ。宙に魔法陣を書いた光の鞭がメイドに向かう。けど、また上昇して光の鞭を避けた。


「今のを避けられるだなんて」

「ユマちゃんは、世界を変えられる以外に何か魔法を使っているっぽい」

「魔法?」

「うん。見た所、呪文タイプの魔法じゃないっぽいし、何処かに魔法陣を隠していると思う」

「だったら……真正面から受けて立つ」

「じゃあ、僕がユマちゃんの魔法を見つけるね」


 急降下してくるメイドは、物凄い速さで近付いてくる。


「花見流……掻鍔花かきつばた!」


 槍を絡める様に、上から抑え込む様に受け止める。鍔迫り合いに持ち込んだ。両手に持つ槍の片手を手放すと同時に、またもや回し蹴りが飛んでくる。同じ手は食わない。腕で防ぐ。


バインドライン!」


 光の鞭がメイドに向かう。またもや見切られているかの様に避けた。その垣間に、違和感を感じた。光の鞭は、宙を大きく描く様にしてメイドを追いかけて行くが、逃げ切られてしまう。


「白兎君……私、魔法陣が何処にあるのか分かったかもしれない」

「本当?」

「うん、多分だけど……左目。白兎君の魔法を避ける時、一瞬だけど、左目が光ったの。もしかしたら目に関係のある魔法なのかも」

「目か、難しいね」

「私に考えがある」


 私は、白兎君に耳打ちをする。


「うん、わかった! やってみるよ」


 再び構える。メイドは羽ばたいては、また急降下してくる。ワンパターンね。近付いて来るメイドに対して、刀身を横に向ける。


「受けに徹するつもり? 甘いですわよ?」


 違う。横に向けたのは……狙いを大きくする為。メイドの目に向けて、太陽の光を刀身で反射させて、その左目を狙う!


「む! 小細工な真似を!」


 近付くメイドは、一瞬だけど怯んだ。


「ユマちゃん!」


 白兎君の声に、メイドは白兎君の方へ振り向く。すると、水飛沫がメイドの顔面に被った。白兎君が、海水を両手で汲み上げてメイドの目を狙ってくれた。


「きゃあ! 目に潮が!」


 チャンスだ! 海水の中を水の抵抗を受けながら走り、遅いけど水飛沫を上げながら間合いを詰めて、刀を大きく振り上げた。


「く……見えてんのよ!」


 メイドの槍が、心臓目掛けて来る。


「——!?」


 金属が重なる音と共に、槍の進行を止める。メイドの涙が溜まった眼で私を凝視している。


「刀の先端に持ち替えた?」


 柄から、切っ先に瞬時に持ち替えて、柄でメイドの攻撃を間一髪受け止める。


「私は、負けたくない! 負けない!」


 思いっきり槍を押し退けて、間合いを作る。


「しま——」


 両手で切っ先を握りしめて、踵を返し、横一閃を思いっきり振った。突起した柄を悪魔の腰目掛けて、渾身の一撃を叩き込む。


「——放閃花」


「——……っがは!」悪魔は、苦しそうな息を洩らした後、そのまま海水に這いつくばらせた。


「うぅぅ……人間如きに……人間如きに!!」


 メイドは、立ち上がろうとするけど、また海水に浸かる。


「……今日の所は、引き下がりますわ。覚えておきなさい」


 そう言って、メイドは倒れたまま姿を消した。


「大丈夫? 桜桃ちゃん。ごめんね、手痛くない?」


 切っ先を持っていた両手からは血が出ていた。そりゃそうよね。思いっきりふったもん。傷残らないかな?


「白兎君、勝てたよ! でも服、返してもらえなかったね」

「うん、恥ずかしいからこっち見ないでね?」


 白兎君は、モジモジとトランクスを隠す様に、手で覆う。なんか女の子みたい。余計にエッチだよ。


 海の世界は、やがてヒビが入って行く。おそらく夢魔が居なくなったからだと思う。ヒビはやがて剥がれてピンク色の世界に変わって行く。


「僕、意識が遠くなってきた。多分目が覚めるんだと思う」

「私も……それじゃ、また後でね」


◇◇


 目を覚ますと保健室の天井が見えた。


「起きたかい桜桃。無事に白兎君を助けられた様だね」


 目の前には、グニグニが居た。隣を向くと、白兎君が居た。顔色も戻って元気みたい。


「ありがとう桜桃ちゃん。また助けられちゃったね」

「白兎君、良かった」


「一時はどうなるかと思ったよ。眠りの杖様様だね」とグニグニは羽ばたきながら笑っていた。


 あ、思い出した。


「グニグニ?」

「なんだい?」


 私は、眠りの杖木製のバットを手に持ち、グニグニ目掛けて思いっきり振り下ろした。


「マジカル☆スリープ」

「辞めて! ごめんて! ぎゃあああああ!!!」


◇◇


 翌日。


「今日は、転校生を紹介する。入ってきていいぞ」


 転校生はメイドの服を着て、教壇に立ち、スカートをたくし上げて丁寧にお辞儀をした。


「メイド喫茶でお手伝いをしているので、こんな格好で失礼させて頂きます。私、安藤ユマと申します。以後お見知りおきを」

「なんでいんのよ!?」

「私、子供ですし? 子供には義務教育というものがあると、噂を耳にしましたの。そんなわけで、どうぞよろしくお願い致しますわ 桜桃さん」

「ユマちゃんだ! 同じクラスなんだね! やったね!」

「まぁ白兎! その様な言葉を掛けて下さるだなんて! なんて慈悲深いお方なのでしょう!」


 んーなんだかなぁ。いいのかなぁー。


「お前等、静かにしろ。転校生はもう一人いるんだ。おい、早く入って来い」


 え? 転校生が二人? そう思っていると、教室に入って来た。緑色のシンプルな無地のTシャツに、赤のスカート。緑色の長い髪を揺らしながら、メイドの隣に立ち、オレンジ色の瞳をした、物凄く綺麗な女の子だった。あれ? 確かこの子……


「初めまして、墓山 静樹です。どうぞよろしくお願い致します」


 え? 嘘? HKMR5の静樹ちゃん?

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