3話 ダンスを踊ろう!

家のお手伝いをしよう

 日曜日の朝は、決まってお父さんと剣の稽古をする。何でも花見流剣術の歴史は古く、お父さんは、その花見流剣術を受け継ぐ達人らしい。私も、強い魔法少女になる為に、この稽古はかかせない。


 コンクリートブロックが積まれた壁とベランダの間。芝生が敷かれている庭で、お父さんと向き合って対峙する。お父さんは、いつもの服装。上は白のカッターシャツに、下は黒のスラックス。左手に木刀を持っている。対する私は、学校で使っている赤の生地に白のラインが入ったジャージを着ている。


「良いか桜桃。刀は使い方を間違えれば傷つける道具でしかない。刀の本質は、大切な人を守る事にある」

「はい」

「前にも言ったが、お前には、真剣は持たせられない。代わりに真剣の重さに合わせた木刀を渡している。今は、足捌き、集中力、立ち回りを意識する様に」

「はい」

「今日教えるのは、花見流剣術『放閃花ほうせんか』だ。放閃花は大振り一閃。うまく当てれば、相手を一気に致命傷を負わせる事ができるが、外せば隙だらけだ。この技はタイミングが肝だぞ?」

「はい」

「実践を交えての稽古だ。いつも通り、気を抜くなよ」


 お父さんは、木刀を前へ。私に向けて来た。私も前へ向ける。


 この時のお父さんは、いつもの優しいお父さんじゃない。極限にまで集中力を高めたその目は、私の動き全てを掌握する様な……そんな目。


「いきます」

「……こい」


 まずは、右足を前へ強く踏み込む。同時にお父さんの木刀が少し傾いた。おそらく、このまま前へ進めば捌かれる。


 だったら……小さく息を吸い込み、更にもう一歩、間合いに踏み込む。案の定、薙いで来たお父さんの木刀を、切っ先の位置を下げる事で躱す。振り上げて肩目掛けて、叩きつける様に振り下ろした。しかし、真横から柄が伸びる様に、私の振り下ろしは受けられてしまった。——つばり合い。


「甘いぞ桜桃」


 木刀の柄を握っていたお父さんの手が、先端に持ち変える事で瞬時に、私の振り下ろしを受けた。


「木刀には、木刀の利点がある。それは、何処を持っても手を傷を付ける事は無い——そして」


 鍔迫り合いの中から、強く押されて、思わず私は尻もちをついてしまった。


 その瞬間、私の頭上を物凄い速さの一閃が薙いだ。


「これが花見流 放閃花だ。自ら有利な体勢を作り、相手の胴を真っ二つにする勢いで振る」


 …………。


「……おい、大丈夫か?」

「ふぇ……ふぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」


 あまりの怖さに私は泣いてしまった。途端、涙で歪んだお父さんの顔が、困った顔になった。


「す、すまなかった。泣かせるつもりじゃなかったんだ」

「ふぇぇぇぇぇんんん!!!!」


 大きな泣き声が庭中に響く。そんな中、ベランダの戸が大きな音を立てて開かれると、お母さんが顔を出した。


「ちょっと、お父さん! 桜桃を泣かさないで!」

「ご、ごめん」

「教えるなら、まずはお父さんが手加減の仕方を覚えて!」

「……はい」


 しょんぼりしたお父さんと、怒ったお母さんがそんな会話をしていた。



 

 自分の部屋で、泣くだけ泣いて、泣き止んだ私は、お手伝い用の服に着替える。白のカッターシャツに、太腿を隠すぐらいまで伸ばした黒のスカート。その上からスカートの丈に合わせたエプロンを着て、調理場で仕込みをしているお父さんの元へ向かった。


 お父さんは、いつもの服装から黒地のエプロンを前に掛けている。まずは、お父さんに向かって頭を下げた。


「お父さん、ごめんなさい。私、怖くて」

「……いや、俺が悪かった。桜桃はもの覚えが良いから、つい、力加減を忘れてしまっていたよ」


 そういって、お父さんは、私の頭を撫でてくれる。嬉しいんだけど、恥ずかしい……。


「今日は遊びに行かなくていいのか?」

「うん、今日はお店お手伝いするよ」

「そうか、お昼の間は込むからな。助かるよ」

 

 日曜日のお昼は、喫茶店も忙しくなるのでお手伝い。


 お客様席は白の壁が広がり、入口側は外の街並が一望出来るガラス張りで出来ている。部屋の隅には、木製の縁取り。床は、焦げ茶色の木製の床。カウンター席はピッカピカの黄色の木で出来た横長のテーブル。テーブルの色に合わせた木製の椅子は、反発性の生地で出来ており座ると居心地が良い。

 調理場から気軽に声を掛けやすいカウンターは、お客様の要望に応えたり、会話をするのに好評みたい。テーブル席は、4人座れるぐらいの大きさの机が壁際に並ぶ。場合によっては繋げて8人席に出来たりもする。


 まだお客さんの居ないホールの中心にお父さんが立ち、その周りに4人の従業員の皆さんと一緒に横に並ぶ。

 


つばさは、ドリンク場。キリはキッチンに回ってくれ。とおる、お前は俺とホールだ。たかし! お前はつまみ食いをやめろ!」


 お昼前のお父さんは、従業員の皆さんに的確に指示をする。すると、入口の鈴が鳴ります。お客様がご来店です。


「来たぞ! いらっしゃいませ!!!」

「「「いらっしゃいませ!!!」」」


 11時になると、カレーの美味しい喫茶店『唐辛子亭とうがらしてい』はオープンした。お昼が近づくにつれて、お客様は次々と入って来る。あっという間に満席になってしまった。


「いらっしゃいませ。良ければテーブル席が空いてますので、こちらへどうぞ」


 金髪の髪を肩まで伸ばしたとおるさんは、入口に立ち、お客様をエスコートするホールというポジション。

 爽やかな笑顔と、光る歯は、見ての通りイケメン。透さん目当てのファンも多いみたい。


「透ちゃん! 私ね、透ちゃんが作ったカレーが食べたいわ」

「いけません奥さん。僕はホールを任されていて、僕がキッチンに入ると、誰もお客様のニーズに応えられなくなります」

「駄目よ。透ちゃんじゃなきゃ駄目!」

「困りましたね。旦那さんには内緒ですよ?」


 透さんの接客では、大人な女性が相手だと、何故か昼ドラが展開されてしまう。うーん、大人だ。


「ハナミンゴ! サラダの仕込み足りないわよ? 今日は日曜日なんだから平日の倍は仕込まないと駄目じゃない! ちょっと切るの手伝って!」

「あ、すまん忘れていた。すぐに入る」


 栗色のポニーテールをしたお姉さんは、キリおねぇちゃんです。キッチン担当で包丁を持たせたら右に出る者はいません。


「私がニンジンを切るから、ハナミンゴはオニオンスライス。カレーにも火を掛けておいてね」

「任せろ」


「花見さん、ドリンクを運ぶ人を回してください! 人が足りません」


 困った顔で、お父さんを呼ぶのはつばさおねぇちゃんです。緑色のショートヘアで大人しいイメージです。


「5分で片づける。持ちこたえろ!」


 お手伝いしようとドリンク場に向かう。翼さんは、物凄いスピードで、一人でドリンク場をこなす。何が凄いかって? 生ビールを片手で注ぎながら、ソフトドリンクのクラッシュアイスを入れてたり、ジュースを入れながら、ビールの泡を入れたりとそれは早い早い。

 でも、オーダーが入る伝票の機械は、容赦無く次々と注文が入って来る。滝の様に伝票が音と共に流れ出ていた。

 

「翼おねぇちゃん。お手伝いします」

「桜桃ちゃん。助かります。ドリンクを持って行ってください」


 ドリンク場は、既に作り終えたドリンクだらけで窮屈だった。お盆にドリンクと、テーブル番号が書かれた伝票を乗せてホールにでる。


「うおおお! クロックフィンガー!」

「切断切断切断!」

「バックドラフト!!」

「必殺。ミリオンブレイド!」


 ホールに出ようとすると、お父さんとキリおねぇちゃんの声が聞こえる。今日もキッチンで楽しそうに立っているみたい。時々、何か必殺技みたいなのが聞こえるけど、あれは何だろう?


「お待たせ致しました。ウーロン茶と、オレンジジュースです。ごゆっくりどうぞ」


 テーブルに、ソフトドリンクを置いて一礼をする。


「やだ! 可愛い!」

「ねーねー店長の子供?」


 目の前のお客様は、女子高生ぐらいのお姉さん達。


「はい娘の桜桃と言います。本日はご来店ありがとうございます」


「お仕事してるんだねーえらーい」


 恥ずかしさを隠す様に、もう一度一礼をして、調理場へと戻る。


「おはようございまーす」


 新しい従業員が、調理場から入って来た。背は低く女性で、金色の髪は右耳から左耳にかけて髪を編み込んでいてとってもオシャレ。のほほんとした鳶色の大きな瞳をしている。


右近寺うこんじ! お前は俺の代わりにホールを頼む!」

「了解しました店長!」と、右近寺さんは手を額に当てて敬礼する。


「右近寺さんおはようございます」

「こんにちは。桜桃ちゃんもお手伝い?」

「はい! 皆さんのお手伝いしてます」


 右近寺さんと会話をしていると、大きな声が飛び交う様になってきた。いよいよ忙しくなってきたみたい。


「ハナミンゴ! スパイシーカレー2 アーモンドカレー4 ピリ辛チキントッピングで追加!」

「怯むな! 落ち着いて冷静に順番通りに片づけていけぇ!」

「きゃあ! 生ビールが出しっぱなしだった!」

「落ち着け! 大丈夫だ! このラッシュを乗り切れ!」

「ちょっとハナミンゴ! 抹茶のフィナンシェ在庫ないじゃない!」

「ふざけんな! 誰だ! フィナンシェ食った奴は! 代わりにホワイトチョコレートのフォンダンショコラをおススメしろ!」


 調理場は、てんやわんやになってきた。私は、引き続きドリンク運びを続ける。


「お待たせしました。生ビールです」


 私は、ビールをカウンター席に運ぶ。席の人は、赤い髪をしたおねぇさん。黒のTシャツ一枚とジーンズの長ズボンと随分ラフな格好。


「おお? なんだお前、マスターの娘かい? 随分と可愛いねー」

「はい、お父さんの娘で、桜桃と言います」

「私は気軽にアル子とでも呼んでくれ。ついこの間、ここで酒を飲んだんだが、いい店だな!」


 そういって、私が持ってきた生ビールを手に取って一気に飲み干した。


「ぷはっ! 何より、酒がうまい店というのは、いい店だ! マスタービールお代わり!」

「アル子ちゃん、良い飲みっぷりだねー。昼間っから酒飲んで大丈夫なのか? ていうか、昨日も飲んで無かったか?」

「大丈夫大丈夫! 私、働いてないからー! お酒はいつでもカモン!」

「仕事探せ! このニートが!」


 アル子さんと、お父さんは慣れた口調で会話をしていた。どうやらいつの間にか常連さんみたい。


「桜桃ちゃん!」


 名前が呼ばれ、後ろを振り向くと水奈ちゃんが居た。


「あ、水奈ちゃん!」

「お昼ごはん食べに来たよ」


 とはいえ、テーブルもカウンターも満席、どうしよう?


「桜桃、お友達が来たなら部屋で食べたらどうだ? お昼だし、お前の分も部屋に持っていくぞ」

「うん、わかった。お仕事は?」

「もうすぐ、バイトが来るから、今日はもういいぞ。お友達と遊べばいいさ」

「うん、お父さん頑張ってね」

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