人物画を描こう

「はい、今日の授業は写生を行います。ペアを組んで、お互いの人物画を書いて下さいね。教室は狭いので、外で描いてもいいですよ」


 先生の一言に、クラスは騒いだ。


「ええー! 人物画って難しいじゃん」

「せんせー、人物以外描くのは駄目なんですか?」

「そんな事より、おうどん食べたい」


「静かに、人物画以外は認められません。完成した人にはコンクールに応募出来ます。金賞を取った人には、なんとデジタルカメラが貰えますよ!」


「よっしゃーテンション上がって来たー!」

「金賞は俺のもんだぜ!」

「別に俺が賞を取ってしまってもかまわんのだろう?」




 今日は、一日使って図工の授業。外で描いてもいいという事なので、校舎から出る事にする。中庭と呼ばれる、この場所は、程良い風が吹き、校舎の影に当たって、とても涼しくて気持ちが良い。


「桜桃ちゃん。絵のモデルになってくれないかな?」


 後ろを振り向くと、白兎君が、声を掛けてくれた。二つ返事で答える。


「いいよー」

「じゃあ、この桜の木に立っていてね」


 私は、桜の木にもたれて待つ事30分。


「できたよー」


 白兎君の絵を見る。その絵は、きめ細かな色で綺麗な桜の木が一本立っていた。うまい! うまいけど、問題はそこじゃない。


「なにこれ? 桜の木だけで私いないじゃない」

「桜桃ちゃんに見立てて桜の木を書いたんだよ」

「どういうことなの? 私モデルになる必要あったの? 私の肌こんなゴツゴツしてないよ?」

「ほら、ここの桜の花がなんか、ゆっすらしてるでしょ?」

「ゆっすらって何? ちゃんと私を書いてよ! 私を!」

「ごめんね。人の絵は苦手で……下手糞でも怒らない?」

「怒らないよ。誰だって最初は下手だもん。でも、うまくなる為に頑張ってくれるならいいよ」

「ほんと? じゃあ頑張って書いてみるね」


 白兎君は笑って、新しい画用紙で絵を書き始める。

 ……そして更に待つ事40分。


「できた!」

「みせてー」


 ……う、なんだろうこれ。宇宙人? 下手糞っていうか……抽象的な人物画で、なんかサイコパスを感じる。なんで私の肌が緑色しているわけ? 私ヤメック星人だったかしら? どうしてこうなった?


「どうかな?」


 凄く視線が気になる。はっきり言うのもちょっと……。


「……うん、凄く独特な絵だね。やっぱり芸術は爆発力がなくちゃ」

「よかった! この絵は、桜桃ちゃんをピーマン風にした絵なんだよ」

「普通に描いてよ! なんでピーマンを混ぜたの!?」

「これでコンクールにも応募できるね!」

「やめてよ!」


 休憩を終えると、次は私が白兎君を描く番。画用紙に、まずは輪郭や髪の毛を下書きで描いていく。次に、丸い目、小さな鼻、笑った口を描いていく…………うーん、ちょっとバランスが悪いかな……。人物画って難しい。


「わぁ凄いね! 桜桃ちゃんの絵可愛い!」

「え? ちょっと似顔絵っぽくなっちゃったかな?」

「そんな事無いよー。漫画っぽくて可愛いよ」


 それって、人物画の褒め言葉じゃないよね? うーん、確かにデフォルメしてるかも。もうちょっと影を足してみようかな?

 そんな時、チャイムが鳴った。校舎を見上げて、掛けてある大きな時計を見ると、もう12時。12時というだけで、お腹が空いて来るよね?


「桜桃ちゃん、もうお昼だよ! 給食食べよう?」

「そうだね。お昼からまた描かせてね?」


 そんなわけで教室に戻る。教室には、水奈ちゃんが絵を描いていた。モデルは対面に座っている加島かしま君かな? 加島君は、クラスで一番背が高く、身体も大きくて、頭も坊主でやんちゃそうに見えますが、とても気が弱く小心者。髪の毛が短いと絵も描きやすそう。


「水奈ちゃんできた?」

「あともう少しよ」


 水奈ちゃんの絵を見ると、なんとめちゃくちゃ美形だった。短い黒髪に、鷹の様な鋭い目の男性……ていうかこれ、とらじろうだよね?


「なかなかカッコイイでしょ? とらじろう」

「加島君がモデルである意味は?」





 給食を食べ終えると、お昼休みです。クラス全員でグランドに向かい、黄色い地面に大きな四角の線を二つ書く。


「今日こそは、絶対負けないからな! 女子!」

「望む所よ!」


 今日も、お昼休みはクラスの皆でドッジボール。男子と女子に分かれて対決。私はボールを手に取り、投げる。当てる。受け取る。投げる。当てる。当てる。


「勝ったぁ!」

「花見つえー!」


 私一人で、男子を全滅させました。ふふん。

 

「桜桃ちゃん、カッコイイ!」

「スポーツ万能だよね!」


 同じクラスの女子が声を掛けて来る。ああ、それ以上褒めないで、恥ずかしくなっちゃう。

 



 お昼休みも終わり教室に戻ったら、悲鳴が聞こえた。この声は水奈ちゃん?


「どうしたの? 水奈ちゃん?」

「とらじろうが……とらじろうが!」


 水奈ちゃんが手に持っている画用紙が真っ白になっていた。お昼前までは、超絶美形のとらじろうが書かれていた筈なのに。


「ああ! とらじろう様! 何処いずこへ!?」


 物凄い迫力の演技を見た。涙も本物みたい。


「うわぁ! 僕の絵も消えている!」

「私も!」


 クラス中が、大きな騒ぎになった。


「あ、私のも消えている」


 描きかけの白兎君の人物画が消えていた。折角がんばって書いたのに……。


「僕のは大丈夫みたい」


 白兎君の、緑色の私は無事だった。……なんで?


「おい、長月! なんでお前だけ消えてないんだよ?」

「お前が消したんじゃないのか?」

「なるほど! コンクールを独り占めにする気だな?」


 なんと白兎君が疑われている。


「えー僕じゃないよ? ほんとだよ!」


 こんな時にでも白兎君は笑顔。なんか仏に見えてきた。


「それに、皆でドッジボールをしていたじゃないか」

「それもそうだったな! 長月にはアリバイがある」

「長月だけじゃない! このクラス皆で、お昼はドッジやってたんだから、絵を消すだなんて不可能だよ!」

「待って! 消したんじゃなくて、真っ新の画用紙にすり替えたのでは?」

「それなら、最後に残っていた奴が犯人か!」

「隣のクラスかも!」


クラスの皆が再び騒ぎ始める。とても嫌な空気。


「皆、聞いてくれ」加島君が一言言うと、クラスの皆は静まった。


「実は俺……豚を見たんだ」


 クラスの皆は一斉に息を飲む。加島君は言葉を続ける。


「一番乗りで帰って来た俺は、この教室に入ると豚が絵を食べている様に見えたんだ。そしてそれは、窓から飛び出していった」


「嘘だ!」

「豚が絵を食べるかよ!」

「山羊の間違いじゃないのか?」

「飛べない豚は、ただの豚だ!」

「おい、加島。まさか豚に罪をなすり付けるつもりか? お前が皆の絵を隠しているんじゃないのか?」


 再び、クラスの皆が騒ぎ始めます。今度は加島君が疑われてしまった。


「疑うのは構わないが、俺は嘘付かない。それだけは誓ってもいい」


 そんな加島君の肩に、手を乗せる人がいた。白兎君だった。


「加島君。君は最低だ! いくら、太井ふといちゃんが、ちょっとぽっちゃりしてるからって、ハッキリ豚と言うのは良くないよ!」

「え? いや、太井さんの事ではないのだが……」


 白兎君の言葉に、加島君は困惑していた。それを聞いた、クラスメイトの太井さんは、いきなり大声で泣き崩れて顔を伏せてしまった。


「加島君。あやまろう。太井ふといちゃんに『豚と言ってごめんなさい』って! 僕も一緒に謝るから! ね!」

「え……うん。太井さん。豚と言ってごめんなさい」

「ごめんなさい」


 加島君と白兎君は、太井さんに頭を下げて謝る。太井さんは、更に声を上げて泣いた。なにしとんねん。


「加島、お前最低だな!」

「加島君、そんな人だったなんて!」


 罵声が加島君に飛び交う。


「う……うわああああんんん」


 小心者の加島君は、この重圧に耐える事ができず教室を飛び出した。こんなん、私だって泣くわ。

 そんな中、先生が教室に入ってきた。


「はいはーい! 皆さん、どうしたんですか?」

「先生。描いていた絵が消えたんです」

「絵が消えた?」

「はい」

「うーん、確かに不可解なのよね。隣のクラスでも、同じような事を言っていたし……」


「とらじろう様! 今そちらへ参ります!」

「水奈ちゃん! 止めて! 窓から身を投げ出さないで!!」


 窓から飛び降りようとする水奈ちゃんの腕を掴む。なんで、そんなに重症なの?


 そんなこんなで、私を含むクラスの皆は、もう一度一から人物画を描き直し。当然、終わらないわけで、人物画の授業は明日まで延期になってしまった。





 帰り道、私と白兎君は公園に来た。


「それでは約束通り、魔法を教えて差し上げましょう」


 今日は、ぜるの……なんだっけ? 豹の悪魔が私に魔法を教えてくれる。

 ぜる……悪魔は、私をジロジロと見ます。


「ふーむ、やはり桜桃様には、魔力回路が無いので魔法は無理ですね」

「がーん」


 そんなぁ。どうして私だけ魔法が使えないの?


「ああ、泣かないでくださいませ! そして、睨まないでくださいませ! こればっかりは仕方ないのです!」


「落ちぶれたなオセの末裔」グニグニは、悪魔に対して冷たく言い放った。


「ねぇぜるぽん」

「ぜるぽん!?」

「どうして私は魔法が使えないの?」

「……う、それはですね」


「僕が答えるよ」とグニグニが近づいてきた。


「君には魔法の波動が無いからだよ」

「波動って何?」

「生きとし生ける者には、器と呼ばれるエネルギー回路があって、その大きさや形に魂とのシンパシーが——」

「小学生の私に分かる様に説明してよ。納得できるわけないじゃない」


 私の一言に、グニグニは面倒臭そうに溜息を吐いた。


「……ようするに魔力を、この世界で言う電池に例えるなら、君にはその電池を入れるスペースがないんだよ。だから、どんな魔法も使う事ができないし、僕と白兎がしたみたいに、魔力を授ける契約もできない」

「ずーん」

「電池を入れる場所が無いから諦めてって話」


 嘘……じゃあ私は一生魔法が使えないの? 魔法少女にはなれない……そんなのひどいよ……。

「ふぇ……ふぇぇぇぇぇん」


「あ、グニグニ泣かした」

「え? 僕のせいなのかい?」 

「ふぇぇぇぇぇん! ぐすんっぐすんっ!」

「桜桃ちゃん。泣き止んで? するめイカと酢蛸どっちが食べたい?」

「ふええぇぇん!!!!」

「めちゃめちゃ泣いてるじゃないか」

「桜桃ちゃん。大丈夫、僕と一緒に魔法やってみよう? ね?」

「ぐすん。……うん」


 白兎君は優しい。グニグニは嫌い。涙を拭いて、白兎君と一緒に魔法の特訓をしてみる。


「まずはこうやって指先を光らせるんだ」


 白兎君は、指先を集中させると光り始めた。私も頑張って指先を集中させる。


「無理だって、魔力回路が無いんだから」

「やかましいわ。グニグニにすんぞ」と私はグニグニを睨む。

「すいませんでした。はい」


 ……やっぱり、指先は光らない。


「いいことを思いついた」


 そう言って白兎君は、走って公園の外へ行ってしまった。暫くすると帰って来た。


「はい、これ!」


 持ってきたのは、細く銀色の棒だった。


「何? それ」

「ほら、このスイッチ入れると」


 銀の棒の先端が、緑色の光を放った。棒はペンライトだった。


「……綺麗」

「こうすれば桜桃ちゃんも、光の文字が書けるよ」

「……ありがとう。魔法は使えないけど、元気出た」


 白兎君の優しさに、ほんの少しだけど元気を取り戻せそう。

 あ、緑で思い出した。


「……ところで、聞きたい事があるんだけど?」

「どうしたんだい? 改まって」とグニグニは宙に浮きながら答えた。

「絵を食べる悪魔っているの? 豚の姿をしているらしいんだけど」


 私は、学校での出来事を思い出し、グニグニとぜるぽんに聞いてみる。


「オセの末裔。知ってるかい?」

「絵を食べるという悪魔は居ませんが、色を好んで飲み込める悪魔なら知っております。バンプフールの奴でしょう。グイソンの末裔です」

「じゃあ、クラスの人物画を飲み込んだのも悪魔のせいなの?」

「豚の姿をしているなら、おそらく間違いないかと」

「白兎君、多分また絵が食べられている。私、悪魔が居るなら倒しに行きたい」

「……うん、桜桃ちゃん。一緒に悪魔を倒しに行こ」


 私と白兎君は、急いで学校へと向かう。もしこの一件が悪魔の仕業なら、私達の手で解決をしたい。

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