悪魔ゼルノアル・オセ

 門から飛び出したのは、二足歩行で歩くネコ科の生物だった。金色の体毛に覆われる中、黒の斑点が目立つ。赤い毛皮のマントを羽織り、背中には、飛べないぐらいの小さな蝙蝠の羽をはためかせる。まるで豹に羽が生えた生物みたい。


 あれが悪魔? 背丈も私の首よりも小さい。あんまり怖くないかも。


「グニグニ。ようやく見つけたぞ」

「……オセの末裔か」


「出来たよ!」


 この張り詰めた空気の中、白兎君は呑気に魔法陣らくがきを書いていた。あの悪魔の似顔絵なんだろうけど、なんかもう、酷かった。猫っていうか犬とも呼べない。そう、牛ね! ぶっ潰れた!


「これが俺様? バカにしてんのか、てめぇ!」


 魔法陣は強く光り、そして発動した。


「俺様はもっとカッコイイはずだぜ! こんな、ぐおぉッ!?」


 発動した魔法なのか、金ダライが悪魔の頭上に落ちてきた。大きな衝撃音が響いて、とても痛そう。


「ば、馬鹿にしやがって! 貴様等まとめて殺してやるぜ!」


 悪魔は、マントの中から両手を広げ、長い爪を胸元でクロスさせる。これは危ない。

 白兎君の危機を感じて私は、足元に落ちていた木の枝を持って飛び出していた。そして悪魔の目の前に立つ。


「桜桃ちゃん!?」


 木の枝の先端を、悪魔に向ける。


「君は昨日の? そいつは悪魔の末裔だ! 人間が敵う相手じゃない! 早く離れるんだ!」

「私が時間を稼ぐ、だから……刀を出して! 早く!」

「無茶だ! 死ぬぞ!」


 グニグニは焦った声で叫んでいた。


「……うん、わかったよ。やってみる」白兎君は、私の声に応えてくれた。集中して地面に魔法陣を描き始める。


「こんな子供の相手をする羽目になるとは、悪魔も落ちぶれたもんだぜ。いいだろう、魔法は使わずに相手をしてやる」


 悪魔の長い爪が光る。瞳孔を細めると同時に、足を曲げて勢いよく飛び掛かってきた。引っ掛く様に振るう爪を木の枝で払う。

 続けて反対の爪で攻撃が来る。一歩後退して、身体に接触する寸前で躱す。隙だらけの悪魔の額に木の枝で突く。続けて振り回す爪は私には届かず空を切った。そのまま、木の枝を力強く押し付けて、悪魔のバランスを崩し、左足で悪魔の足を掬う様に転ばせる。悪魔は、背中を強く地面に叩きつけた。


「な、なんだこいつは!?」


 悪魔は驚いている。そして地に着いた背中を空に向けて、四足歩行で立ち上がった。


 

 ……まずは呼吸を整える。集中し、顎を引いて、目線はこの悪魔の全体を捉える。


「チッ! 不気味な目をしていやがる。まるで全てを見透かしている様な……」

「……来ないの?」

「……こんなガキにナメられてたまるか!」


 悪魔は、耳が痛くなるような咆哮を上げた。——来る。

 悪魔は、間合いを詰めて来ると同時に、爪を振り下ろして来る。早い。

 足を一歩後ろへ下げ、身体を反らして爪を避ける。次、反対の手からの突き刺しが来る。これを木の棒で払う。そして牙を剥き出して私の腕を狙って噛みつこうとしてきた。木の棒を前に向けて、悪魔の口の中に叩きつける。


「ふ! ふがふが……」


 木の棒で牽制して、間合いを作る様に距離を取る。


「できた! 桜桃ちゃん! これ!」


 白兎君は、一本の鞘に納まったそれを投げつけてくれた。鍔の部分は細く突起していて、柄頭は丸くなっている。これは、刀というより洋剣ね。でも刀身があればそれでいい。剣から鞘を抜いて、鞘を地面に置き、両手で剣の柄を強く握りしめる。両手で持って丁度良い重さだ。両刃の刀身を悪魔に向ける。


「おのれ!」


 悪魔は木の棒を噛み砕き、再び四足歩行で飛び掛かってきた。


「死ねぇ!」


 長い爪が迫って来る。まずは袈裟切りで伸ばして来た左手の爪を弾く。右足を強く踏み込み、次は悪魔の右手に向けて、強く叩きつけて牽制する。悪魔が一歩後退した。すかさず左足を踏み込み踵を返す。身体を一回転させて三撃目を悪魔の胸元に一閃。斬り裂いた。


「——三斬花さざんか


 私こう見えて、剣術は負けないのです。だって強い魔法少女になる為に、お父さんに鍛えてもらっていたから。


「く!? ガキだと思って油断していた。そこらの戦士より強いじゃねぇか?」

「降参してくれる?」

「……降参。それもありかもしれんな」


 悪魔は、毛皮のマントを脱ぐ。すると、赤いマントには、黒の丸に模様が書かれていた。これは魔法陣!?


キャプチャ


 魔法陣は白く光り出すと、悪魔の爪が急激に伸び始めた。伸びた爪は鞭みたいに手首と足首に絡めて来る。巻き付かれた硬い爪が凄く痛い。無理矢理解こうと動かすと、皮膚が切れて血も出てきた。


「悪いな、魔法を使わないと俺もやられそうだったんでな。それほどお前は強い、誇ってもいいぞ? 将来は有望な戦士だろうな」

「嘘つき! 魔法は使わないって言ったじゃない!」

「悪魔の声に耳を傾けるものじゃないぜ? はらわたごと喰らい尽してやる! ぎゃはは」


 悪魔は、違和感に気付いて笑い声を止めた。


「……お前、剣はどうした? どこに?」


 聞こえてこない? モノ・・が落ちて来る音が。


「花見流……落花星らっかせい


 捕まえられる前に、悪魔の真上に向けて投げた剣は、悪魔の頭上に真っ直ぐと落ちている。剣は重力によって悪魔の右肩に勢いよく突き刺さる。


「ぎゃあ!」


 悪魔は驚いて、絡みついていた爪を離した。


バインドライン!」


 白兎君が地面に書いた魔法陣が強く光って、光の線が鞭の様に伸びて悪魔に絡みつく。


「な……こいつ、どうして俺様の魔法を!?」

「見様見真似でマントの魔法陣を描いてみたら出来たよ!」


 悪魔は動けないみたい。私は近付いて、悪魔の肩に刺さった剣を引き抜き。そして、悪魔の首へと刃を当てる。


「た、頼む。許してくれ! 大人しく帰るから! な、な?」

「悪魔の声には耳を貸すな……だっけ?」

「そ……そんなぁ」


 悪魔は今にも泣きそうな顔だった。私も鬼では無いので提案を持ちかけて見る。


「いいよ、助けてあげる代わりに私のお願いを聞いてもらえる?」

「俺様……いや、自分に出来る事ならば」

「私に魔法を教えて?」

「……え?」

「嫌なの?」

「い、いえ、分かりました! なにとぞ命だけは!」


 悪魔は恐怖で怯えているみたい。……そんなに怯えなくてもいいじゃない?


 そんな中、白兎君が私の手を握って来た。


「ありがとう桜桃ちゃん。これ……薬草だよ!」


 白兎君は、私の手にウリルシーユの葉? だったかな? 薬草を手渡してくれた。


「凄く強いね、桜桃ちゃん。あのね、僕、まだまともに魔法が使えないから。それまで守ってくれると嬉しい。……僕と一緒に戦ってくれないかな?」


 ちょっと考えたけど、でも答えは出ていた。


「……いいよ。言ったもん。守ってあげるって」


 そう言うと、白兎君は喜んだ。白兎君の後ろには、木槌やら、弓やら、何かしら武器やら道具やらが一杯召喚されている。そのガラクタの山の中にグニグニは埋もれていた。

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