第2話 優しい出逢い
『――――……?』
目を開けるとそこは見慣れない天井だった。
「私……。」
どうしてここに、と疑問に思った瞬間昨日の赤い光景が脳裏に蘇った。
そうだ。
私はもっていた数少ないものを全部無くして森の中を歩いていたんだ。
また涙が溢れそうになるがじっと堪えて起き上がる。
体の節々が痛い。
ぽとっ、とタオルが落ちてきた。
水に濡れている。
誰かが額にあててくれていたのだろうか。
でも一体誰が?
そもそもここはどこ?
起こってることがあまりにも理解できず、思考に耽っていると
コンコン、とドアをノックする音が聴こえた。
ノックされたそのドアは、ギィ…と木の軋むような古めかしい音を出して開かれた。
『ん、起きたか?』
そう優しい声音で話しかけてきたのは、髭を生やしたおじいさんだった。
目の色は緑色。慈愛に満ちた雰囲気に自然と緊張が解けていく。
「…あ、あの…私はどうして…。」
ここにいるのか。
そう聞こうとしたが、言い終わる前に私の言葉はこの人の言葉に遮られてしまった。
『お前さん……もしかして覚えていないのか…?』
覚えている…?
覚えているのは、忘れもしない昨日の記憶と、紙に書かれていた場所を目指して歩いていたということくらいだ。
そういえばそこから記憶が抜け落ちている。
『お前さん、この森の中で倒れていたんだよ。』
「…たおれ…?あ。」
そういえば疲れてそのまま眠ってしまったような気がする。
思い出したか。
そう言いながらおじいさんはマグカップに飲み物を入れる。湯気が立ち昇っているそれは、とても温かそうだ。
『驚いたよ。こんな人里離れた森にわし以外の人間がいるなんてなぁ…。しかも最初は傷だらけで死んでるかと思ったよ。
お前さんの心臓が止まる前にわしの心臓が止まりそうだったわい。』
かっかっかと笑うその人は、とてもいい人のように思えた。
…事実、そうなのだろう。
ほれ、と渡されたマグカップを両手で包み込む。
中身の液体の色は緑色。
どんな味なのだろうと身構えていたら、
『ここの付近で取れる草で入れたお茶だよ。苦く無いから身構えなくていいよ。』
そう言われ、恐る恐るそれに口をつける。
「――――…美味しい…。」
濃い色に反して味は凄くスッキリしていてとても飲みやすかった。
ふわっと鼻腔を擽る優しい匂いも温かさと共に全身に広がる。
『どうだ。温まるだろう?』
そういったその人の顔に視線を向け、優しい笑みを見ると、
一気に力が抜けた。
「…とてと助かりました…。ありがとうございます、…ええと…。」
『わしは育という。』
「いく、…さん?」
『あぁ。育じいと呼ばれることもあるよ。お前さんは?』
「真宵といいます。育じいさん、あの…本当にありがとうございました!』
立ち上がりお礼を言うと
いいよいいよと笑ってくれた。
『にしても綺麗な銀髪…それに空のような色の目をしとるんだなぁ…わしも生きてて真宵みたいな容姿のやつはあまり見たことがないのう。』
「私も育じいさんみたいな瞳は見たこと無いわ。とっても綺麗。」
暖かい空気が広がる。ぬるま湯につかっているような感覚。
もう少しこうのんびりしていたかったけど、そういうわけにもいかない。
私には行くべき場所がある。
「…あの、ごめんなさい…。助けていただいてお礼もまだできて無いのですが…私、行かなきゃいけないところがあるんです。」
そう告げて一礼する。
『お前さん、どこに行くつもりなんだ?』
そう聞かれたから、ポケットに入れていたくしゃくしゃの紙を渡した
。
それを見た育じいは、凄く驚いた様子だった。
『っ――!!…ここに…行くのか。』
「…?はい…あの、…この場所を知っていますか?」
手がかりが掴めると思い嬉しく思ったが、
はぁ…、と長い溜め息をついて育じいは諭すように言った。
『悪いことは言わない。お前さんのような普通の人は、ここには行かないほうがいい。』
「……?」
普通の人、というのはどういう意味なのだろう。
『ここには…なんて言ったらいいんだろうな…。色々な種族の人間がいるんだよ。』
話を聞く。
なんでも、そこにいる人たちは皆何かしらの普通じゃ無いものを持ってる人達が集まっているらしい。
例えば動物だったり、伝説上の生き物だったり、そういった普通の社会じゃ生きていけないような者たち。
『お前さんのようなやつが行っても、危険なだけだ。止めた方が―――』
「っ…それでも、」
と、相手の声を遮る。そう、私がそこに行く理由は、そこに何があるのか。
それを知るためだ。何かがいる?そんなの、願ったり叶ったりだ。
そもそも、人里離れて暮らしていた私だってもう普通の暮らしなんか出来ない。
「それでも、私はそこに行かなきゃいけない理由があるの…。」
育じいは何か言おうと口を開けたり閉めたりしているが、私の動かないだろう決意を悟ったのか、
再びはぁぁ…と長い溜め息を漏らし、言った。
『…わかった。もう止めない。道も教えてやろう…。』
道も教えてくれる。それは凄い助かる。人づてに道を聞くのはとても大変だったから。
『だが、わしはこの小屋を長い間空けることはできない。…そこでだ。』
ビッ、と育じいは自分の真横に腕を伸ばし指を指して、
『この小屋の隣にもう少し小さい小屋があるんだが…そこにいるやつに、お前さんの道案内と念のため護衛を頼む。』
「…護衛?」
『あぁ。さっきも言ったとおり、本当に危ない地なんだ。隣の小屋にいるやつは、そこの住人なんだが、…まぁ、…大丈夫だろう。よく俺の手伝いなんかをしにきてくれるんだ。』
少しはぎれの悪そうな言い方に疑問を抱きつつ話を聞く。
『そうだ。あっちについたら、滞在する期間はそいつに住居を探してもらいなさい。わかったね?』
『は、はい…。』
断る理由はどこにもない。滞在場所まで用意してくれるなんて。
でも見ず知らずの人間にそこまで世話を焼くなんて、本当に承諾してくれるのだろうか。
そう言うと、大丈夫大丈夫と促してくる。…少し不安。
でもこんな絶好のチャンスを逃すわけにもいかない。
育じいが貸してくれた厚手のコートを着て、隣の小屋に向かう。
小屋からでて驚いた。
小屋を外から見るとまるで一つの木の中にあるような作りだった。
木に扉をそのまま付けたような感じ。
どうやって作ったんだろうと疑問をもちつつ、隣の小屋のドアに手をかける。
ギィ、と音をたてて開いたドアの向こうには、
あどけない表情で眠っている、夕陽のような綺麗なオレンジの髪をもった少年だった。
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