夜色の約束
そらまる。
第1話 はじまりの夜
辺りは一面の緑。
そこにはぽつんと一つの人影。
膝を地に付けて涙を零している。
あれは…私の姿だ。
何かを叫んでいる。
横たわっているもう一つの人影に縋り付いている。
何をしているんだろう、何がそんなに悲しいんだろう。
知るために一歩前に踏み出し瞬きをした瞬間、世界が変わった。
視界に映るのはもう見慣れた家の天井。
むくりと体を起こすとぼーっとした頭もだんだん冴えてきた。
「寝ちゃってたんだ…。」
先程の光景は夢だったのだと理解した。
ただ、私真宵にとっては夢をただの夢だとは片付けられ無いのだ。
「今の夢の場所、行った事あるのかな…?」
そうなのだ。
ただの夢でも見た光景が実際に行くと懐かしいと感じたりする事が多々あるのだ。
あまりにも強い既視感に普通の夢では無い事を悟った。
夢では色んな事を見るのに記憶には無いので不思議である。忘れてしまっているだけなのだろうか。
ぐぐっと伸びをしてから夕飯を作ろうと台所に向かう。
面倒を見てくれているおじさんがそろそろ帰ってくるのだ。
−−そう、私には両親がいない。
物心ついてからはずっとこの森の中の小さな家でおじさんと暮らしている。
血のつながりは無く、外で倒れてたのを助けてくれたらしい。
そうしてもう数年経った。
おじさんには感謝してもしきれない。
ガラガラという扉の音におじさんが帰ってきた事を知る。
玄関に向かうと、
何故かぼろぼろのおじさんがそこにいた。
体には血が滲んで殴られたであろう痛々しい跡が沢山あった。
「おじさん…!!」
今にも崩れ落ちそうなその体を支えようと駆け寄った。
『…めん、…ごめんなぁ…。』
呻き声と一緒にそんな言葉が聞こえてくる。
「どうして…。」
どうしたの?何があったの?誰がこんな事したの?
聞きたい事は沢山あったが、あまりにショックが強く言葉が喉を痞えて出ない。
ぎゅっ、とおじさんは手を握ってきた。
その手はあまりに強く、手の骨が軋む。
離された自分の掌の中を見ると、ぼろぼろの紙切れが一枚。
馴染みの無い言葉がそこには書かれていた。
立っているのもやっとだったであろうおじさんはその場に崩れ落ちた。
−−早く手当をしないと…!
そう思いその体に手をかけようとした瞬間
バシッ
じんじんとした痛みが右手に走ってきた頃、振り払われたのだと知った。
『早く…その、場所に……行くんだ…。』
意識が遠いのだろうか。
虚ろな目をしたおじさんはそう言い、ごめん、早く、追いついてしまう、そんな様な事をつぶやいている。
「おじさんを置いてなんか…!」
行けるはずが無い。
そう言い切る前に
ぶわっ
目の前がオレンジに染まった。
いつの間に点いていたのだろう炎の渦が天井にまで届こうとしていた。
「そんな……。」
古い家ではあったからみるみるうちに燃やされていくのがわかる。
濃い煙に呼吸もままならなくなる。
早くここから出なきゃ…!
おじさんの手を掴むが、反応が無い。
意識があるのか無いのか、引っ張るもその体は鉛の様に重くびくともしない。
「お願い…!早く…早く動いて…!」
必死の思いも切なく、おじさんの服に火が移ってしまった。
「っ……。」
手に感じた突然の熱に思わず手を離してしまった。
おじさんの体はすぐ熱に包まれて炎の塊と化してしまった。
「おじ……さ…。」
もう助からない。悟って涙が溢れた。
その光景に耐えきれなく、背を向けて走り出した。
部屋の奥には大きめの窓がある。
そこに向かって体を懸命に動かす。
悲しみと煙で視界が歪む。
住み慣れた部屋の感覚を頼りに進み、手にヒヤリとした感触を感じた。
ガラスだ!
鍵を直ぐ開けて体を放り出す。
「…っ。」
茂みに放り出された体に痛みが走るがそれを反動にし、動かない足に叱咤し歩みを進める。
少し離れた所で振り返った。
−−そこには、今も燃え上がる自分の家があった。
得体の知れない私を連れて帰ってくれたおじさん。いつもは怖い顔をしてたおじさん。でもいつも優しくて。心配をしてくれて。握った手はいつも暖かくて。
「助けて…あげられなかった…!」
悲しさ、悔しさ、無力さが押し寄せて涙が止まらない。
うずくまり、でもしっかりと燃えていく家の最後を見ていた。
いつまでそうしていただろう。
火は止み、何事もなかった様に辺りは静かで暗闇に包まれている。
涙は枯れ、虚無感だけが残った。
ぼうっと家があった場所を眺める。
ふと掌に紙切れを掴んでいたことに気づく。
先程おじさんが必死の形相で渡してきたものである。
開くと、書いてあるのはやっぱり知らない言葉。
文字は読めるが何のことを指すのかがわからない。
「ここに…行けってこと…?」
早くその場所に行くんだ。おじさんの言葉を思い出す。
ということはここに書いてあるのは地名なのだろうか。
「聞いたことない場所だな…。」
〝impurity 〟
どんな場所なのだろう。
どうしてここに行かなきゃ行けないんだろう。
考えてもわからない。
でも、もう帰る家も無い。
焼けた真っ黒の家とはもう呼べない塊に近づき、手を合わせる。
そして振り返り、足を進める。
家の外にはあまり出たことが無い。
どこに進めばいいかもわからず、歩く。
びゅう、と追い風が吹く方向に。
焼けた煤の匂いが、また頬を濡らす。
どれくらい歩いていただろう。辺りは日差しが差し込み明るくなっていた。
夜通し歩いていた疲れがどっと来て、座り込む。
「ここ…どこだろう…。」
瞼が重い。我慢するも呆気なく、夢の世界に行ってしまう。
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