第39話 魔王討伐隊の帰還



       ◇ ◇ ◇



 黒き城が城主を失ってから、数日後。

 ベネクトリアにあるギルド本部館にて、正式に今回の魔王討伐隊が解散となった。


 豪勢な祝賀会が催されたが、討伐隊に参加した冒険者に報酬などはない。

 あるのは栄誉と、彼の者を討ち倒した誉れを、酒の席で語る特権を得たくらいなものだ。

 しかし、戦友達の顔を見る限り、十分な報酬だったと思える。


 ただ、俺は少し皆と異なる待遇を受けた。

 功労賞とでも言えばいいのか、もうすぐTシャツ一枚でも過ごせそうな季節になろうとするこの時期に、高級魔道士ローブなる物を頂く。

 古代魔導士の杖といい、ますます”ザ・魔法使い”になっていく。


 それで、好みじゃないなら着なければ良いのであるが、そうもいかなかった。

 俺は、討伐隊が解散しても二週間ほど、功労者として貴族の晩餐会巡りを強いられる。

 厳密には俺が、各貴族や富豪から招待されたのではなく、冒険者ギルドが招待を受け、デカルト氏が魔王討伐の英雄に掲げられた俺を連れ回したのである。


 未だ行方知れずのミロクのこともあり、責任の名の元、断り難い俺をデカルト氏は遠慮なく利用した。


 始めは良かった。

 美味しい物も食べられるし、皆がチヤホヤしてくれる。

 ついでに、あまり見窄みすぼらしい格好も恥ずかしいので、高級魔道士ローブがあって本当に良かった、とさえ思っていた。


 けれど、懇親会の場は堅苦しいし、貴婦人に話すこと話すことすべてが、スベる。庶民の笑いがまったく通用しない。

 あと、デカルト氏の目的が次期冒険者ギルド代表の選挙を見越したコネクション作りで、ルーヴァのおへそ並みに隠す気がない見え透いたお世辞に、折角の料理を不味くさせれた。


 なんでもギルドの代表を決める選挙とは、各地の領主さん達が選ぶものらしい。

 晩餐会にはもれなくデカルト氏以外の有力候補、アリーゼ氏、ベルニ氏の顔もあった。


 もし俺が投票権を持つなら、アリーゼさんに入れるかな。

 熱血漢のベルニ氏も印象は悪くないのだが、ちょっと暑苦しかった。

 ここはやっぱり、淑女たるアリーゼさん一択。なんせ、俺の小粋な小話に大笑いしてくれた貴婦人は彼女だけだからだ。



 俺があちこち連れ回される間、カレンとアッキーは再び黒き城へ遠征した。

 見つけきれなかった魔王が落としたかもしれないドロップアイテムを、どうしてもアッキーが探したいと懇願こんがんした結果である。


 二人とも上限突破者だし、黒き城からモンスターの姿もだいぶ減ったと聞いているので心配はしていなかったけど、スキル球を見つけ出すまでアッキーがもりそうなのが不安だった。

 最終撤退の時も、説得するのが大変だったしな……。


 ルーヴァの方は後でカレン達と合流すると言い残し、故郷くにへ一時帰省したようだった。


 ルーヴァってしんみりした話が好きじゃないから、直接聞く機会があまりなかったけれど、魔王によってもたらされた災厄は今もなお、彼女の村を蝕んでいる。


 十年前、魔王はルーヴァの村人をさらった。

 その目的がなんだったのかははっきりしない。だが、死ぬことを許されない村人達は苦痛の日々で送ることとなった。

 人飼ひとかいの間とか、実験の間とか呼ばれた場所にはHPを回復する施しがされており、監禁状態を長く長く強制させられた。

 その後村人達は、魔王に挑んだ勇敢な冒険者に救出されその生命を取り留めているが、心に負う村人の傷と痛みは計り知れない。

 魔の手から逃れようとも、人飼いの間が破壊されようとも、魔王の影は人々に底冷えする恐怖を与え続けた。


――これで皆が笑えるようになるにゃ。


 ルーヴァはこの言葉とともに安寧の日々の訪れ、その吉報を持ち帰った。


 そう言えばのついでに程度の話で耳にしたのだが、サーシャの取り扱いがギルド扱いになった。

 物みたいな言い草になってしまうが、やはり『限界突破の歌声』は管理が必要なくらいに危ういものだと思う。

 特に冒険者を管理する側であるギルドとしては、この世界の主軸とも言える”レベル”に干渉する力を野放しにしたくないんだろう。


 まあ、サーシャ本人にも子守が必要だし、丁度良かったんじゃないかと思う。

 あいつのことだから、どこだろうとお気楽に過ごすだろう。

 可哀想なのは付き添うメイドのお姉さんアケミさんだろうな。

 名目上はギルド職員になるだろうけれど、サーシャは監視対象だからアケミさんも肩身の狭い思いはするだろう。


 そんなこんなのなんだかんだで、俺的にはかなりの痛手もあった魔王討伐関連の行事は、一先ずの落ち着きを見せたので、本日ベネクトリアを発とうと思うのである。


「アッキーはニヤニヤが止まらにゃいにゃね」


「えー、そんなにボク、ニヤニヤしていますかね」


「そうですね。笑顔が絶えることを知りませんね。ふふ」


 遅い朝の宿屋前。

 軒先では、爽やかな朝にぴったりの乙女たちの談笑。

 どうやら、念願の魔王のスキル球を手にしてからウキウキ満載のコレクターが、話題の中心のようである。


「イッサさん。ボク、気持ち悪くはないですよね? ニヤニヤだけなら分かるんですけれど、ルーヴァがキモキモとか言うんですよ」


「うーん。俺の浮かれ気分の時よりは百倍マシ。あと、俺と違って可愛いし」


「可愛い?」


 身長差もあり、上目遣いで『はて?』となるアッキー。

 ぐぬがっ。中身が、中身さえ完全女子なら、兄妹の契を今すぐにでも交わしたい。


「アッキー、可愛いじゃなくて可哀想ね。俺の方はどこかの盗賊娘から気色悪がられるだけじゃなく、可哀想なものでも見るような眼差しをつけ加えられるから、それに比べたら全然大丈夫全だよってこと」


「イッサ、あちら、隊長殿ではないでしょうか」


 その声に全員の首が街中の一点へ向く。

 旅立つ俺達へ餞別せんべつがあるとかで、マサ元隊長とはここで待ち合わせをしていた。

 それでこっちに歩いてくる影は二つで、一つは大きく手を上げのしのし。一つは手に風呂敷を抱えちょこちょこ。


「おほう、ルーヴァの目には美女が野獣に連行されているように見えるにゃ」


「ルーヴァ失礼ですよ。隊長殿は人として大いに尊敬できる方です」


 カレンの方も、解釈の仕方では失礼な物言いだぞ。


「がはは、元気にしていたか、我らの英雄様」


 晩餐会で一緒だったマサさん。

 俺以上に胸糞悪いとボヤいていたくせに、それをネタにしますか。


「隊長殿。お早うございます」


「おはようにゃ」


「お早うございます」


「もう俺は隊長殿でもないが、嬢ちゃんたちも元気そうで何よりだ」


 笑うマサさんの横からは、『皆様、お早うございます』と鈴を転がすような声。

 俺の前には、寄り添い合う美女と野獣。


「ええと……こちらの綺麗な方は、その……あれですか、マサさんの彼女的な」


「おうよ、俺の女房だ。おい、こいつらに渡してやれ」


 ぶっきら棒な旦那さんの言葉に、奥さんはつつましい振る舞いで手にする風呂敷をカレンへ手渡す。


「レノアが作った弁当だ。そこら辺の飯屋より数段うめーから、よかったら食ってくれ」


 マサさん夫婦は去った。

 去り際には俺にだけこっそり、魔法使いの兄ちゃんもこいつみたいな嫁をもらえよ、と奥さんを誇らしげに自慢して帰っていった。

 知られざる愛妻家の顔、というかただの惚気のろけなのだが、そんなマサさんがちょっと格好良く思えた……半分以上は、羨ましかった。


 俺が羨むマサさんの背中がベネクトリアの街中へ溶け込む頃になると、俺は自分の腕にある飾りブレスレットを眺めていた。

 カレンからお守りにと貰った数珠。

 数珠っていうのが、いかにもカレンらしいだけで、特に俺がお化けに取り憑かれたとかではない。


「今回の一番の報酬は、これかもしれないな」


 スキル珠にでも置き換えられたなら流行るかな、と商魂を揺さぶった数珠は至って普通の物。

 しかし、そう女子からプレゼントを受け取る機会もない俺にとっては、至って特別。


 記憶にあるところではユアからのガーマくん(押し付けられた人形)以来の物。加えて、贈る理由が俺の身を案じてのものだから、嬉しさも一頻ひとしきりだ。

 自重しなければ、アッキーなど足元にも及ばないくらいにニヤニヤできる自信がある。


 だってさ、お守りなのに俺だけにくれたんだ。皆にプレゼントしてもいいような物なのに、ルーヴァやアッキーにはあげてない。

 俺誕生日違うし、特別な日でもない俺への俺にだけの贈り物って、カレンにとっては特別ってことだろな。たぶん、そういうことだよね!?


 マサさん夫婦の姿を、頭の中に投影する。

 するとどうだろう。マサさんに俺が重なり、その隣の奥さんには――、


「どうかしました。私の顔に何かついていますか?」


「うばっ、なんでもないっすっ。ちょっと妄想にってただけっす」


 それよりそれより。


「俺達のこと、ユアやノブエさんが首を長ーくして待ってるだろうからさ。早く行こうぜ」


 晴天晴天。

 異世界の空の下、俺の恋心もそうなるといいなと大空を見上げた。





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