第40話 帰ってきた魔法使い



       ◇ ◇ ◇



 さんさんと降り注ぐ陽射しに、懐かしく香るはザイルの香り。

 時刻は昼を回ろうとしていたので、街へ到着してすぐ、俺、カレン、ルーヴァ、アッキーの一行は酒場へ向かった。


 大半は砂地しか見せるものがないザイルの宿場町も、初の訪れとなるルーヴァとアッキーの目には物珍しく映っている様子だった。

 魔王討伐後、特に次の目的も決まっていないので観光気分で同行している二人。

 ザイルは俺の故郷ってわけじゃないけれど、この地に興味を示してくれるのはなんだか嬉しい。


 そんな旅行者を、勝手を知る俺やカレンが迷子にならないように案内する。

 んで、近道でも使おうかと、通りに入ったらばったり出くわす。


 クエストの帰りだったのか、一仕事終えた様子で『腹減ったー』とお腹を擦る職業盗賊と、『もうすぐアバンチュールな季節の到来だし、精がつくものがいいわよねん』と受け答えする職業僧侶の二人組。


 真夏の太陽が似合いそうな小娘と、トラック野郎が似合いそうな角刈り乙女へ声を掛けるまでもなく、ユアはこちらに気づけば、飛びつくような勢いで駆け出してきた。


 絵に書いたようにありきたりだが、久しぶりの感動的な再開シーンだな。


「よ、ひさし……ぶり」


 健康的な小麦色の肌を惜しみなく魅せつけるユアは、両腕を広げていた俺の胸の中に――は目もくれず、傍のカレンへダイブ。

 ぐるんと回って着地。

 きゃっきゃと跳ねる黄色い声を聞いていると、大きな影が覆い被さった。


「お帰りなさい、イッサ。私~いじらしく、しおらしく待ってたわよ~ん」


 ノブエさんから、分厚い胸板の抱擁を頂きました。


 んで、感じる温もりをノブエさんの体温から気温の暑さへと変えてすぐ、


「帰ってくるの遅過ぎなんですけれどー」


 と、少しばかりの期限オーバーに機嫌を悪くするユアに迎えられた。

 だから俺は、まあまあと言って、積もる話もあるからサクっと酒場へ行こうぜ、と提案する。

 ほら、人間腹減ってるとイライラしちゃうからね。


 ところが、だ。

 腹減ってるとか言ってたくせに、ユアはクエストの荷物も置きたいし水浴びもしたいとのことで、一度宿へ戻ってから合流したいと言い出す。


 いつも水浴びとかしねーじゃん、と水だけに水を差したのがいけなかったのか、『知らない人もいるからっ』とぷいっと言われ足を蹴られた俺。


「一緒する相手が、男とかなら分かるけどさ……」


 ルーヴァと見た目は乙女のアッキーとの同じ女子同士なんだから、別に身奇麗にする必要なくない?

 それともあれなのか。

 初めて会う女の子とは、お風呂に入ってから食事するのがマナーだったりするの? 女子ってそういうものなの?


「んもう、相変わらず女心にうといわね~。相手が同じ女だから綺麗にしときたいのに~。汚いままで比べられたくないのよ。あの二人可愛いし~」


 それだけ言い残すと、ノブエさんはどすどす先ゆくユアの背中を追いかけた。


「はて」


 確かにルーヴァもアッキーも可愛いけれど、ユアも十分可愛いのに。てか、普段自分から、ウチ可愛いウチ可愛いって自慢気に言ってんじゃねーか。……ノブエさんはいつも、綺麗っすよ……たぶん。








 昼食時もあってそこそこの客入りだった酒場。

 屈強な冒険者でもたじろぐような強面の店主マスターがいる店であるが、料理が上手くてザイルでは人気のお店。

 しかしながら、俺達のいるテーブルの険悪なムードを嫌ってか、周りはちらほら空席がある。


 料理が端へ寄せられたテーブルの真ん中には、バンと広げられた書簡が乗る。

 その書簡を宿屋で受け取った、対面に座るユア。

 伏目がちで呆れたものでも見るような眼差しは、その呆れられた側である俺へと注がれている。


「ザイルに戻ってくるなり、なんなんですかー、これ」


「さあ……なんなんでしょうね……」


 とんとんと人差し指で叩かれる手紙はギルドからのもので、内容はざっくり請求書。

 サービス料金とかの文字が踊っていたが、その額――。


「1億ゴールドって何。どうしたら1億も借金ができるんですかー。イッサ被告、ユア裁判長に簡潔にお応え下さい」


「あのアホ巫女のサインがあるから、俺の上限突破の代金だというのは、なんとなく分かるんだけど……さ。それにしても、なんだよ一億って!?」


「イッサはバカなのー。それを今、ウチが聞いてんじゃんっ」


「はい、ユア裁判長。発言よろしいでしょうか」


 俺の隣から挙がった右手。

 ユアには無駄にノリが良いカレンである。


「どうぞ、カレン弁護人」


「先程も少し話しましたけれど、魔王討伐ではサーシャの力は絶対的に必要でした。ここはイッサを責めるべきではなく、このとてつもない額の請求をどうにか解消できないものか、話し合うべきではないでしょうか」


 うん。そうだそうだ。


「例えば、ギルドの作戦過程でのことですので、必要な経費だったと交渉すれば、言葉は悪いですが、踏み倒せる部分もあるかも知れません」


「あのね、カレンの言っていることはよく分かってるの。カレンは正しいし、ギルドの書簡をシカトするわけいかないから、考えなきゃいけないけど、今はなんでこのバカが、あのちびっ子から1億ゴールドもふっかけられてんのよ、ってとこがウチは許せないの。ムカつくの。イッサが舐められてることに、問題があるの」


「あの、ボクもいいでしょうか裁判長さん。カレンさんと同じく、ボクもイッサさんの正当性についてお話があります」


 また俺の隣から手が挙がる。


「君はボクっ子かあ。ウチ昔オレっ子だったから、なんだか仲良くしたい感じなんだけどー、もしイッサ被告をかばうつもりなら、ユア裁判長の心象がいちじるしく悪くなりますので、ご注意ください」


「ええと、イッサさん……ユアさんはなんだか手厳しい方のようで……その、弱りましたね」


「だろ。すんげえ厳しい。鬼の手のように厳しい」


「こらそこっ。バカは、許可なく発言しない」


「にゃい。ユアユア。ルーヴァも参加していいにゃか」


 アッキーの隣から、にょきっと猫の手が挙がる。


「どうぞ、猫っぽい人」


「にゃ。ノブッチはついてるのかにゃ。それとともついてないのかにゃ?」


 ルーヴァのじーと見つめる好奇な目は、ユアの隣のノブエさんに固定されたまま動かない。


「あら、やだ~どうしましょう~。初対面なのに、なかなかエグい子猫ちゃんだわ~。でもお、私嫌いじゃないわよん。そういうの~」


 場に漂う微妙な空気に、誰もが口を閉ざした。

 裁判ごっこはノブエさん発言を最後に、一時休廷を余儀なくされた。








 テーブルに広げられた品の良い羊皮紙。

 書かれている数字を何度見直しても、億の桁が並んでいる。


 思い返せば、黒き城でサーシャからレベルの上限を上げてもらった時、料金的なものを払う約束をしたような気はする。

 でも、1億はないだろ。ボッタクリだろ、どの辺がサービスされてんだあのアホ巫女め。


 1回のクエスト報酬でパーティが稼げるゴールドは平均5000ゴルードくらい。

 つまり何回だ……2回で1万、10倍で10万の20回。つーことは、200回で100万、2000回で1000万。

 クエスト2万回こなして、やっと1億に届く……日に1回はクエストクリアして、返済に何年かかんだこれ……。


 食事もそこそこにテーブルにつく仲間達は、ゴールドの返済にあたり一生懸命悩み打開策を話し合う。

 納得できない請求だけど、俺が原因で持ち込んでしまった借金なのに、彼女達(混ざり者もいるが)は自分のことのようにして頭を痛める。

 皆への申し訳なさと感謝、そしてサーシャへの憎しみが湧く中、なんだかんだ俺に辛辣なユアでさえ、親身になって悩んでくれるのは一緒で。


「ねえねえ、カレン。ジュドラ何回? 何回狩れば1億になるの?」


「今は知らない方が、ユアのためですよ」


「サーシャさんからの請求がギルドを通してのものですから、どちらにしても一度、ギルドへ問い合わせてはみるべきですよね」


 テーブルに打っすユアに、気遣うカレンに、冷静なアッキー。

 そうなんだよね……どこの誰から知恵をつけられたか知らんが、サーシャ個人からとギルドからの請求では意味合いに雲泥の差がある。


 仮にサーシャ個人からの一億を無視したところで、俺の人としての何かが軽くチクリと痛む程度だが、それがギルドとなると十中八九、制裁が待っているだろう。

 予想としては職の剥奪はくだつ、俺の野良生活かな。


「カレン~。宝石ちゃんの他に、もっと稼げそうなお金持ちのモンスターとか知らない?」


 ルーヴァとの一件がそれなりに気になるノブエさんが言う。

 ぬう……この流れは非常に危険だ。

 たとえお金持ちモンスターがいたとしても、今の俺じゃあ……な。


「『ヴェルへニムドラゴン』とか、オテテゴロゴロのモンスターにゃ」


 俺にはやたら強そうなお名前に聞こえた初耳ドラゴン。


「ルーヴァ、全然お手頃ではありません。ヴェルへニム狩りは高レベルかつ熟練の冒険者向けのクエストです。ユアもノブエさんもまだ中級レベルを超えた辺りになりますから、かなり難易度の高い相手です」


「でも、お金持ちなんだよね? そのヴェルドラ」


 と、ユア。

 やめろやめろ、無理だって変な気は起こすな。


「いいかユア、人には身分相応というものがあってだな」


「ねえ、ヴェルドラってジュドラよりどのくらいお金持ち?」


「ちょ、俺の話シカトすんなっ」


 金に目が眩む褐色少女の視線が、カレンから俺へ向く。


「別にダイジョブっしょ。ウチのパーティには魔王を倒した英雄様がいるんだし。信じられないけど、あんたレベル200超えてんでしょ?」


「ぬがふっ」


 キョドって奇声で返してしまう。

 やっぱそうきたか。

 このままルーヴァのパーティにずっといるってわけにはいかないし、いずれバレることではあったんだが。


「カレン……魔王を倒した後の俺のことは、ユアに話してないだよね……」


 話しそびれていました、との返事。

 まあ、ユアの反応からして、そうなんだろうけど。


「ねえ、まだなんかヤラかしてんの、あんた」


「……怒らないで聞いてくれる?」


「へー、ウチが怒るようなことをヤラかしたんだー」


 本日のユアは、いつだってご機嫌斜めのようである。

 久しぶりに帰って来たんだから、もうちょっと優しくしてやってもいいんじゃない――って誰も言わないから自分で言うけど。


「俺はレベルの上限を上げまくって、究極魔法で魔王を討ち滅ぼしました。

それで、この時使った魔法がかなり特殊でさ。生命力を使用するんだな」


「ふーん。生命力って何?」


「HPとかSPとか……レベルとか」


 もじもじとして訴えるような目でユアを見つめる。


「使ってから気づいたんだよね。まさかレベルまで消費するとは思わないじゃん。生命力って言ったらHPだろ普通」


「能書きはいいから、イッサはウチに何が言いたいの」


「魔法使っちゃったら、レベル1になってました俺です」


 俺の言葉を耳にした険しい顔のユアは、俺ではなくカレンに『マジ?』と聞いて、こくりと頷き返されると、酒場の天井を仰ぎ見た。


「うーん、数週間前の俺を見るようだ」


 いやあ、あの時はショックだった。

 レベル『217』がどんだけ目を擦ろうとも『1』だったからな。


 今は、この世界で生命力といったら、レベルもそうだよなって妙な説得力もあるし、一撃滅殺のあのアルテラスノヴァの威力を考えると、全レベルの消耗くらいの代償はあるのかなーと、こちらも納得してしまっている。


 それでも、レベル1に戻されたのは不要のおまけではあった。

 しかしまあ、俺には特性スキルの『子供の成長期』があるし、ステータス振りをやり直せると考えれば、そう悪いものでもない気はする。


「もう――」


 ぐいん、とユアの顔がテーブルへ戻ってくる。


「バカバカバカバカバカバカッサ。1億借金を抱えたあげく、レベル1の冒険者ってどんだけバカなのよっ」


「待て待て、1じゃねーから。魔王の経験値とかで、今俺レベル10はあるぞ」


「何、レベル10で威張ってんのよっ。10でヴェルドラ倒せる? ジュドラもムリじゃんっ。そんなこともわからないバカなの。ねえ、脳みそもレベル1になったのあんた」


「ひでえ。そこまで言わなくてもいいだろっ。俺だってなりたくてなったわけじゃねーんだし」


「まあまあ、イッサ。それにユアも」


「1億どうすんのよ」


 間に入るカレン越しに問われる。いや責められる。


「ええと……カ、カジノとかどうだろう?」


「………………ダメに決まってんじゃない」


「ユア今お前、『あ、それいいかも』って思ったよな。そのだったよな」


「思ってなーいっ。ウチとあんたを一緒にしないでくれるかな。ユアちゃんのオツムはバカじゃないの」


「いやー、案外手間取るかなと思っていたけど、君達が騒いでいてくれたお陰で早々に見つけられたよ」


 俺達のテーブルにハキハキと、今までなかった声音こわねこわねが突如混ざる。

 ぴたりと止む俺とユアの口論。


「酒場とはいつの時代も出会いの場所なんだねと、お姉さん身を持って知ってしまいました」


 皆が見る先では、学者っぽい装いの金髪白衣の女性がにこにこして佇む。

 この人――トーワさんだったか。あの変な場所であった変な女の人っ。


 目が合ったと思えば、青い視線は俺から別のところへ。


「トワ、姉さん」


 一言、ノブエさんが驚いたようにして漏らせば、止まっていた騒ぎがまた動き出す。


「ねねねね、姉さん!? この人が、ノブエさんのお姉さん!?」


 交互に二人を見たり、中には全然似てないにゃーとか率直な意見も飛び交ったが、総じてこの席は驚きに包まれる。


「賑やかな人達だね。ノブくん、元気にしていたかい。お姉ちゃん来ちゃったぞお」


 ノブエさんよりは全然若く見えるお姉さんが、楽しそうにひらひら手を振る。

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