第33話 誤算
外ほどの明るさを保つ白っぽい空間。
装飾品で溢れかえっていた印象は受けないが、浮き彫りなどが残る周囲から嫌ではない厳かな雰囲気はあったように思える。
少し前までは、あちこちにある焼け焦げなどのくすみのなく、かなり全体の見栄えも良かったことだろう。
しかし、今の『狭間の大広間』は荒れ続ける戦いの場でしかない。
角のない緩やかな丸みを帯びる壁には、四つの出入り口が繋がる。
おおよそ円を等分割した位置になるか。
同じ造りのアーチを描く大きな扉は、どれもしっかり閉じている。
それらの脇には飾り立てるような石柱が建つ。いや、建っていた。
繰り広げられた戦闘で、ほとんどが見るも無残に折れたり破壊されている。
また、一つで――それこそ床と呼べる面を持つ正方形の石が、綺麗に敷き詰められていたはずの床面はデコボコとあちこちで波打ち、酷い箇所だと四角い塊として完全に隆起している物もあった。
物陰となり得るそこは、広範のバトルフィールドに於いて身を寄せる場所として使われる。
つまり臨時の避難場所。
ここには戦闘を行えない者や回復を望む者が集まり、今俺はその集団に混ざる。
俺は元床石の防壁から、体を回し首をぐいっと伸ばす。
しかめっ面でのぞき見る戦闘の激震地は、大気を絶えず震えさせるもので、同時に二つ存在する魔王相手の戦いは交差し合うくらいに隣接する。
捉える視界の中には、長い髪を乱す白い騎士装束の姿もあるが、焦点は味方ではなく敵へと合わせた。
魔王の体格が人間のそれと比べれば、二回りも差がないことに客観的に見て気づく。
大きな図体に違いない。でも、ミノタウロスと似たようなものだと思えば、初めて遭遇した時感じたものよりも小さい。
それはそれとして。
俺は目と首を右から左、左から右へ――を繰り返す。
渦巻く角を二本を持ち、四本の腕を振るう獣のような体躯はそっくり。扱う武器も一緒で、上段右手にサーベル、逆の手にロッド。
下段の両手で印を組み魔法系の攻撃を行う仕草も一緒。ここからじゃ判断できないが、顔の細部まできっと瓜二つだろうな。
どっちがフェイクとか、これっぽっちも疑う気持ちが湧かないほどに双方魔王だ。
そんな双子魔王の一人に対する味方の頭数は十未満……。
「カレレのことが、心配かにゃね」
「全開で心配さ。でも全力で大丈夫だと信じているから、状況を確認してただけ」
聞き覚えのある猫の問いに答えてから体勢を戻す。
「この後、俺達があそこへ行って頑張っているカレン達と交替しなきゃだし、待っている間もやれることはあるから……て、レベル上げて、それなんだよな」
口を開きながらに隣のルーヴァを見てみれば、頬に紫のラインを入れたままだった。
「にゃははは……。ルーヴァもアッキーも刻印は消えなかったにゃーね……」
猫耳がしゅんとなりそうな結果を聞かされた直後、傍らでどしりと人の座る気配。
「回復手段がジリ貧で困ってたところだ。お陰で助かった。礼を言う」
胡座あぐらを掻く隊長のマサさんが、むっくりした上体を折った。
高難易度の敵との戦闘は”回復手段”が尽きやすい。
俺はここへ、その手段の一つを連れて来ていた。
サーシャである。
本人は妾の歌を回復薬扱いされてたまるかと駄々をこねていたが、レベルアップ時の全回復を上限以上の者が行うには、サーシャの歌が必要だった。
「マサさんの
今回の最重要度ミッション魔王討伐戦が終われば、『戦場の歌姫』として世界中で語り継がれるだろう――とかのマサさんの持ち上げで歌姫は快く演歌を歌い、この場にいる三十名近くの冒険者のHPやSPゲージの回復が可能となった。
「今の胃が痛い状況が楽になるなら、ヨイショだけじゃなく土下座でもなんでも幾らでもやってやらあな」
がはは、と笑うマサさんであるが、状況であり戦況は至って芳しくない。カラ元気もいいところだった。
けど、笑えるだけこの熊みたいなおっさんは心も強い。
「俺は顔を
周りに目を配る。
回復した集まりにもかかわらず、ここには疲れが蔓延している。
蓄積される疲労は、ゲージように一瞬でリフレッシュされない。
対魔王戦は確実な長期戦となっていた。
本来、魔物側は耐性スキルは持っていても体力の回復系スキルは持たないってのが定説だったはずなのだが、レベルを更新した魔王はそれを覆すスキルを覚えたとのこと。
あと、そんな新しい力を手に入れた様子の魔王の能力なのか影響なのか定かではないが、俺が通ってきた穴が自動修復され塞がる。
俺の驚きに薄いリアクションだったマサさんは、『壊せる奴がもういない』とだけ。
既に内側から破壊を試み、二度ほど離脱者を退避させていたようだ。
前向きに考えれば魔王を倒すのが目的で、対象も一緒になって閉じ込められているのだから問題ない。
そう、問題ないのだ――けど、倒す以外退路が絶たれているともとれる現状は地味にプレッシャーである。
んで、その倒すべき厄介な敵が倍になってんだから、笑えないよなって話だ。
俺、笑えない話って嫌い。
「マサさん……双子に見せかけて、実は三つ子とかないよね?」
「そうなら、おりゃあ胃袋ごと吐くだろうな。魔法使いの兄ちゃんには結果だったろうが、残っている連中は”まさかの二体目が現れやがった”を体験してんだ。一生分は驚いた。そんなもんはもう要らん」
「魔王には驚かせられっぱしにゃね。始めは置物に化けてて、みんなパニニクにゃ」
「折角、猫の嬢ちゃんが教えてくれたのにな。面目ね……」
マサさんは周りに指示を出しながら、ルーヴァは四肢を伸ばしたりストレッチをしながら会話する。
二人が話す内容はライアスから聞いていたものだった――――。
分散したデカルト隊の集合場所である『狭間の大広間』。
そこにあった魔王の彫像が、魔王として突如動き出した。
魔王を形取る彫像なんてあからさま過ぎるのに――とも思うが、ここは魔王の城であり城主の像を不自然とは言い難い。
ルーヴァが以前の討伐でここを通った時は、こんな物は無かったような気がするにゃーと不審がってはいたそうだが、彫像だけになんの反応もなく、それよりも直面した『玉座の間』への扉が閉ざされていたことの方が重大で、
扉の案件でも、そもそも扉自体が無かったにゃーと獣人からの報告はあったようだ。
進行してくる敵集団の中腹に、まんまと潜む魔王の彫像。
奇襲を成功させた魔王からの挨拶は、広範囲の波状で襲う『黄泉の刻印』。
予期せぬ魔王出現に、初めて経験する永遠の死がある戦い。
大混乱が容易く目に浮かぶ。
ライアスは隊全体の連携や役割が機能不全に陥り、回復の援護が受けられない状況下だったと言った。
死への恐れはライフゲージの回復を敏感にさせる。
だから過剰に回復薬を使い、早々に何もできない状態になったようだ。
攻撃を受けられない戦士は敵と距離を置くしかない。味方を援護する
ライアスは自身の不甲斐なさに、隊長からの退場命令に従うしかなかった。
「――やっと隊の統制が図れるようになって、俺が戦えない刻印持ちへ撤退指示を下してすぐ、あっちの、丁度兄ちゃんが入って来た青金の
マサさんは広間の四方にある扉を、縁に沿ってあしらわれた線の色で区別する。
確かに違いのある部分は色くらいなものだ。
『玉座の間』へ繋がる”黒”を北とするなら、”青”は南、”緑”は東、”赤”が西の方角になる。
「俺達を閉じ込めようとしていると気づいた時には、もうそっちの赤金しか開いてなくてよ。全員に駆け込むよう指示を出した途端、その向かう場所から現れやがった、二体目の魔王が。混乱に次ぐ混乱よ」
「二体目魔王の出現後、赤と金の縁の扉は閉じてしまい、ボク達はここでの戦いを余儀なくされてしまいました」
思い出したくないとフルフル頭を振るマサさんの言葉を繋いだのは、ボクっ子少女アッキーだった。
「隊長さん、こちらの準備は整いました。丙、乙、甲の三班編成できてます」
報告後、今は紫の印を刻む素朴な顔を俺へ向け直す。
サーシャを肩車して肩に乗せる少女の頭には、赤髪をくしゃっと握る小さな手が添えられていた。
「アッキーも大変だな……」
「『黄泉の刻印』は即死攻撃ではありませんし、ボクには回復スキルがありますからそうでもないです」
無邪気な微笑みが返ってきたので口にはしないけど、”大変”はサーシャの子守りへの同情だったりする。
アッキーから一段上へ。
「バカと煙は高いところがってよく聞くけどさ……」
居心地がいいのか、こちらは間抜けな笑みを浮かべている。
「何か言ったか? ちなみにじゃが、魔道士イッサ。魔王は三つ子ではなく四つ子じゃぞ」
間が抜けたようだった。
聞き直しなど必要としないサーシャのはっきりとした言葉に、すっぽりと数瞬の時間が抜け落ちた。
「はあ!???」
俺の声はマサさん
「おいおいおい――どういうこった、巫女の嬢ちゃんっ」
「ルーヴァの耳は作り物だけど、ちゃんと聞こえた」
「サーシャ、本気かっ。それ冗談とかじゃなくて本気の話かっ。嘘だろ、なあ、嘘だろっ」
詰め寄る食って掛かるっ。
「うお、うお、なんじゃなんじゃ、いきなりいぷっ」
「おいっ、サーシャ!」
ガシっと握るサーシャを力任せに引き寄せる。
「嘘ではない。ただあれじゃな。元は一体で、妾の力を欲する際に分裂して黒魔王、赤魔王、青魔王、緑魔王になっておったから四つ子とは違うかも知れん」
分裂だと!?
「色分けはそっくりなあやつらをよく見てみると額に宝石があっての、妾がその色がぶはっ」
「分裂ってなんだっ。魔王って分裂とかできんのかよ!?」
「ぎおお、落ち着くのじゃぶ」
「いや違うっ。事実二体いるしそこじゃない。どれくらいだっ、どれぐらいまで分裂できる!? 十体とかか――それに、まさか分裂したやつが更に分裂とかできたりしないよな!?」
そうなれば、ほとんど無限増殖だろ。最悪どころの話ではない。地獄だ。
「イッサさん。それはないと思います。最大数は四つです」
みぞおち辺りからくぐもった声。
俺の手からサーシャが解放されれば、巻き添えを食らったアッキーが姿勢を正す
「ボクがそう思うのは、仮に幾らでも分裂できるなら、この世界はもう魔王の世になっていてもおかしくないです。こうしてボク達が黒き城に来るまでもなく、人間側は全滅でしょうね」
「それは言えてる……な」
「赤毛の嬢ちゃん。『分裂』は魔王が上限を超えて手にした新しいスキルかも知れねえ」
マサさんが言う。
「サーシャさんの話だと、レベル上限を上げる前に四つに分かれたようなので、
元々から備わっていた
「だったら、余計に分からないにゃ。今更『分裂』とかセコイ真似するんじゃないのにゃ、ルーヴァのイライラが止まらないのにゃ」
「やっぱり『分裂』って何かデメリットがあるんじゃないかな。逆にメリットもあるからボクの推測は成り立つんだけどね」
「推測ってなんだ?」
訪ねにアッキーはルーヴァから俺へ体を半回転。
「勘、と言ってもいいくらいのものなんですけれど……」
「案ずるな。乙女の勘ほど、確かなものはないのじゃ」
「あはは……では不確実性が高まりますね」
上からのアドバイスにアッキーが困り顔になる。
「サーシャ邪魔すんな。アッキー続けて」
「ええと、魔王も上限が上がる、イコールレベルが上がるではないと思います。サーシャさんをきっかけにした『分裂』を考えていたら、ボクは経験値に思い至ったんです。ボクらだと、例えばボクが得た経験値は同じパーティのイッサさんにも加算されますよね」
「なるほど……だから、最大数が四つってことか」
「はい、そう考えられます。数が多ければ多いほど、最も分裂によるメリットが活かせますから」
「二人だけで頷き合ってても、わからにゃいのにゃ」
ルーヴァが口を尖らす。
「魔王の『分裂』は、俺達パーティのシステムを再現した結果なんじゃないのかって話。早く強くなる必要性もあったろうし、より経験値を効率良く稼ぐ――」
「それは理解してるにゃ。ルーヴァが知りたいのは、なんで四体以上分裂しないかにゃ。パーティだといっぱい仲間がいた方がお得。魔王もいっぱい分裂した方がお得にゃ」
「デメリット部分を度外視なんだけどさ、魔王が最も必要とする経験値の効率を四倍で止めるってことは、裏を返せばもう増やせない、『分裂』できない可能性が高いだろうって考察になるんだよ」
もうこれ以上の最悪を考えたくないから曇りまくっている結論だけど……四体、他にあと二体の魔王がいるってことか。
誤算だ。とことん誤算だ。
数もそうだが。
「魔王とここで戦う意味が……意味を為さない」
頭に描いていた絵を破り捨てる。
歯痒さに強く拳を握っていると、矛のような柄の長さを持つ武器、ハルバードが真上に向かって立つ。
「とにかく、この城に四体以上は確実にいるってことだな」
そう口を動かせば、マサさんは手にする鉄棒の柄尻をドンと強く叩きつけ周りに注視させた。
「野郎ども、魔王は四体いる。あそこの二体とは別にもう二体だ。既に気合は十分だろう。気持ちを切り替えろなんて言わねえ。更に気持ちを高めてくれ。そして、自分の力を、仲間を信じて歯を食いしばってくれっ」
隊長の激に速やかな反応はなかった。
けれども、集まる冒険者達がぽつり、またぽつりと武器を掲げる。
誰かの声は『とにかく目の前の魔王だっ』と言った。
別の誰かが『後二体残ってんだ、さっさと終わらせねーとなっ』と声を張った。
後は連鎖的に誰もが大声を上げ発奮する。
俺達を包み込む熱は、加速的に高くなった――その時だ。明らかな狼狽が見える場違いな声がマサさんを呼んだ。
「どうしたっ」
「マサ隊長っ、あれを! あれを!」
男が指差す方を俺も確認する。
扉だった。”赤”の扉だった。そして、動いていた。
外へと左右の重い扉をズズズと押し出していた。
中央に生まれた縦線が隙間になり、みるみる広がってゆく。
誰もがごくりと唾を飲み、眼を釘付けにして見守るそこには期待を裏切らない者の影が悠然と映し出される。
「心構えがあった分、胃袋は吐かなかったがムカっ腹が最高だぜ。常にこっちの出鼻を挫くじゃねーか、くそ魔王がっ」
近くで俺が愚痴を聞いていると、三体目の魔王が広間に侵入してくる。
「マサ隊長っ」
「乙甲の二班は”黒”金の扉前っ。元からいた魔王との戦闘へ走れっ。丙班は俺と一緒にこっちの魔王と戦う。囲まれ挟まれる事態だけは絶対にあっちゃならねえっ。倒さなくていいっ、魔王をこの場に食い止めることに専念しろっ」
「マサさん、こいつ俺が引き受けるから――」
額の宝石が何色だったかなんて覚えてもいないが、この赤の魔王はミロクと一緒に床の底へと落ちた奴のように思えた……。
魔道士の杖を構え神の名を呼ぶ。ジェイミーコール。
「魔法使いの兄ちゃん。兄ちゃんはこっちはじゃなくカレンちゃんのところへ走れ。今一番辛く加勢を望んでいるのは向こうの方だ」
「でもマサさん。こっちもこの少人数じゃ」
待機していた三十人の内、半数以上はさっきの指示でカレンの方に回った。
贔屓目に見ても圧倒的な戦力不足だ。
「――マサ隊長っ。マサ隊長おおおっ」
突発的な後方からの叫びだった。
あまりの切羽詰まった仲間の呼び声に、俺もマサさんも声の方へ首を回す。
「扉がああ。緑色の扉もおおお、動きいてますっ。動き出しています!!!」
ガンと音を立て、ハルバードの先の刃が床面に刺さる。
そして派手な舌打ちが鳴る。
「ふざけんなよ、ドチクショーめがっ」
マサさんの脳裏には四体目の魔王、『最後の魔王』が過ぎったんだろう。
けど、それはないはずなんだよマサさん。
相手が狡猾なら高確率でそれはない。
赤の扉から三体目が現れた以上、もう打ち止めだ。
素直に喜べないが――今開こうとしている緑の扉の先に魔王はいない。
「みんなっ、今開き始めた扉へ向かって走れっ」
「おい、兄ちゃん!?」
「大丈夫だマサさん。四体目がここに現れ――」
「マサ隊長っ」
目まぐるしく飛び交う隊長を呼ぶ声。
発されたのは間近、丙班から――。
「あの構え、刻印っ、『黄泉の刻印』っ」
身構える仲間の視線を辿る。
新しく登場した三体目の魔王の腕が絡み合っていた。
上下段の四本全部の腕を、互い違いに組ませ印を結んでいる。
『Фиолетовый――』
刹那の光の揺らめきと煌めき。
波状で広がった閃光が俺達と俺達が見る世界を紫色に染め、そして過ぎ去った。
俺は『黄泉の刻印』の攻撃を食らった。
条件反射でライフゲージをまず捉えていた。
残量に変化はない。
それから頬を撫でた。
指先では確認できない。
俺の顔をのぞくマサさんに気づく。
その顔には、さっきまでなかったはずの紫の刻印がある。
なら俺は、俺の顔は今どうなっている!?
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