第34話 猟術使い



 次の瞬間で、一つ前の出来事を手放さなければないほどに、広間の状況はまさしく秒単位で移り変わった。


 爆発的に大きくなった喧騒。

 俺から最も近い”赤”の扉から、三体目の魔王が現れ『黄泉の刻印』が発動されて間もなく、二つの驚嘆が巻き起こる。


 俺も含め、こちら側は誰しもが希望に打ち震え拳を強く握り締めただろう。

 雪崩れ込んで来たあちらはあちら側で、困惑と戦慄で武器を強く握り締めるしかなかったかも知れない。


 ”赤”のほぼ対面に位置する”緑”の扉。

 開くそこには数十人を超える冒険者達がいた。

 俺達デカルト隊ではない多くの仲間達。

 口々に『アリーゼ隊』の名が挙がる。


「プレアデスっ」


 俺は向き直りざま前方へ無属性魔法。

 対峙するハメとなった赤の魔王の姿を、膨張する黒球がどんどん包み隠す。

そこへ躊躇ためらわず、『レンブリカ』。

 このスキルは単体魔法にしか使えないが、『プレアデス』を二発放つよりもSPが安くつく。


「多少は――」


 時間を稼げるだろ。

 肥大化する黒球に重なるようにして、小さな黒球が出現している。


「マサさん、魔王どもは一時アリーゼ隊に任せて俺達は一度集まろう。足並みを揃えるためにも、そしてアリーゼ隊と連携するためにも」


 声を掛けると同時に指示が飛ぶ。

 丙班は”緑”の扉目指して疾走する。


「魔法使いの兄ちゃんは知っていたのか。あそこからアリーゼの連中が来てくれるって」


「その、正直アリーゼ隊のことは頭になかった。とにかく四体目の魔王が登場してくることはないとだけ――」


 切る風に髪を撫でながら振り向く。

 後方となった”赤”の扉が、徐々にその口を閉じていた。


「そういやマサさん。刻印持ちになったけど大丈夫?」


「ああ、三度目にしてとうとうモラっちまったみてーだけど、はんっ、増援が見込めたんだ。まったく構わねえ」


『デカルト隊っ。これはどういうことだっ。どうしてここが戦場になっている!? どうして魔王が複数存在しているっ』


 向かう先から、アリーゼ隊の誰かが大声で広間に問うている。


「気持ちがよく分かる質問だ」


「がははは、アリーゼの連中驚いていやがるな」


 笑い声が並走する。


「しっかし、魔法使いの兄ちゃんが刻印持ちにならなかったのは意外だったな。

見るからにさちが薄そうな兄ちゃんだから、おりゃ心配してたんだが」


 俺が苦笑して返す熊のおっさんは、軽口を叩けるくらいには心に軽さを取り戻したようだった。







 魔王らが奮うその猛威には、自らが刻んだ印のある者達を優先的に仕留めようとする動きがある。

 ただただ冒険者への殺意がそうさせているのかも知れないが、仲間をかばう俺達にとって、刻印持ちを傷めつけられることは痛手だ。

 後手に回ろうとも、俺達は仲間の保護を第一に考える。


 アリーゼ隊の合流で慌ただしい戦場は、戦える者が中央にて魔王らを食い止め、端に待機及び離脱する者を送る様相となっていくようだった。

 脅威へと向かう人波のほとんどはアリーゼ隊であり、退しりぞく形になってしまうのはデカルト隊となった。


 それから、アリーゼ隊が開扉した入り口も今は閉じている。

 つまり、また閉鎖空間となった戦場である。

 だがしかし、内部で渦巻く風向きは変わっていた。

 100対3の構図は苦境の俺達に僅かばかりの余裕を持たせてくれたし、なんでも『猟術りょうじゅつ使い』のスキルがあれば、いつでも扉の解錠が可能らしいし、舞い込んでくる話は明るいものだった。


 そして、”緑”の扉付近では、まばらに集まる人影。

 待機者達に紛れる俺と肩車の歌姫から解放されたアッキーが、折れた石柱側で相談していた話は魔王の魔監獄送りについて。


「うーん。ボクも『狭間の大広間』が生まれてしまうのにも関わらず、摂理の乱れを維持する理由は気になってました。言われてしまえば、もうそれしか考えられないです」


「摂理の乱れって、城の防衛策にしては魔物側も影響しちゃうからさあ、中途半端だよなって」


「だとしたら、『玉座の間』にいる四体目、最後の魔王を倒しても、魔監獄送りではなく別のどこかへ送られるだけになります。ボク達としては魔監獄での時間的拘束を望んだ上での討伐なのですけれど、ただの転移になりますよね」


「あとアッキー。『分裂』の具合は不明だけどさ、最大数の”四”は分かってるじゃん。じゃあ、ここにいる三体を倒したら最後の魔王、また『分裂』できんじゃね? 的な」


 ルーヴァの言葉を借りるなら”セコイ”んだけど、最後の魔王は極力俺達とは戦わない腹積もりだと俺は悟った。

 『分裂』を目の当たりする前は、覚悟だと思いジリジリ胃を熱くしたが、そこにはもっと先があった。

 冷ややかな戦略。

 最後の魔王さえ存在できれば、大広間の魔王は捨て石にできる。

 そして、最後の魔王が座する『玉座の間』での魔王討伐は、俺達の望む意味でのそれには成り得ない。


「ボクとしてはドロップアイテムが増えそうな気がするので、ある意味『分裂』は歓迎できるんですけれど」


「た、たくましいな。アッキー刻印持ちなのに……」


「仮に、この城でボク達が望む結末を迎えたいのなら、全部の魔王をこの正常な場所で倒すしか手がないってことですよね?」


「ああ、だな。けどさ、最後の魔王がここにノコノコ顔を出すとは到底思えない。俺だったら絶対近づかねーもん」


「ボクも立ち入りません。……そうすると、あそこの魔王達を倒しても徒労に終わるんですね。なんだか虚しい――あっ、カレンさーん」


 不意に声音が跳ねる。

 アッキーが目一杯腕を伸ばし大きく手を振る動作を送ったところには、呼ぶ名の通りの乙女の姿があった。

 どうやら、歌姫回復(サーシャの力を使ったレベルアップ時の回復方法)が終わったらしい。


 遠目でも、凛とした身のこなしが分かるカレンが小走りになる。

 長い黒髪が上下に弾み広がる。


「戦いっぱなしだったんだから、別にゆっくりでいいのに……」


 段々と近づく労う相手を眺めながら、なんだかんだでカレンとはまだ言葉を交わしてなかったなあ――と、思った瞬間思い出す。

 どうしてそうなのかを。


「そ、そういや、元はと言えば俺が落とし穴にハマったから、カレン達とハグレたんだっけ」


 トラップにハマった時点でカッコ良いも悪いもないんだが、俺の中では”落とし穴に落ちた”って響きが、すんごいアホの子っぽくて耐え難い。

 そこに穴があったら入りたいレベルで恥ずい――否。


「穴に入ったから、恥ずかしいんだけどさ……」


 小声でブツブツ言ってたら、いつもの可憐な騎士カレンがご到着です。


「ども」


 俺はこじんまり右手の手の平を向けて挨拶。

 そうしたら、胸元で上げていたその手を取られた……取られたというか、カレンから温かみのある両の手で、柔らかく包み込まれた。

 さらに少しばかり、そっと身を寄せたカレンからは、祈りを捧げるようにその額を添えられた。


「心配していました……」


 伏せたままにカレン。


「イッサさん、『落とし穴に落ちました』のパーティメール以降、音信不通でしたからね」


「い、いろいろドタバタしててさ」


 どぎまぎしながら隣へ応える。


「――でも」


 視線を戻せば、緩やかに起こされる。

 艶のある黒髪の束が、さらりと流れた。

 心音がひとつ、とびきりに高く鳴って……後は知らない。


「イッサのことですから、きっと大丈夫だと私は信じていました」


 それはそれは、とても素敵な笑顔だった。







 カレンとあれこれ会話をする時間もなく、マサさんからの集合の伝令を持ったルーヴァが合流する。

 これからのパーティの動きを知ろうと、せかせか移動する。


 気がはやるのは、ここが戦場であるからだ。


 つかの間の休息なんてものはない。

 周りに群がる者達は、魔王から待機状態を余儀なくされただけだ。

 見渡す先では常に戦闘が繰り広げられ、時に身を強張らせる荒々しい衝撃と轟音をここまで届ける。


「あそこにゃね」


 ルーヴァの飾り尻尾を追う。

 避難場所にできる範囲と箇所は限られているので探すまでもないのだが、マサさんの居所は見つけやすい。

 人集りができているところに大概いる。


 ”緑”と”青”の扉の中間辺り、より多くの建物の瓦礫が積もる物陰に足を向けた。

 すると、マサさんを囲む輪の外で、何か声掛けが行われていた。


「デカルト隊の離脱者の方は、こちらにお願いします。マサ隊長さんから指示を受けている方は、こちらにお願いします」


 サーシャまでとは言わないまでも、小柄な女の子が淡々と喋る。

 デカルト隊では見た覚えがないので、アリーゼ隊所属の冒険者になるのかな。

 ただ、あんまり冒険者に見えない。


 雰囲気的に、まだまだ大人とは言えない年頃の子。その華奢そうな体つきがいけないのか、要所要所をベルトで縛り、活発的な作業に向きそうな革の衣装がお世辞にも似合っていると言えない。

 どちらかと言うと、ワンピースのようなおしとやかな服装の方が合うのかな。

 毛先が肩に届かないくらいの黒髪で、前髪ぱっつん。容貌はころりとして可愛いく、特にぱっちりした黒い瞳が吸い込まれそうなくらいに綺麗だ。


「あの、離脱者の方? ですか……」


 俺は黒い瞳から真っ直ぐに見据えられ――はへ?


「あ、俺?」


「イササは、まじまーじ見過ぎにゃ。おニャニャの子にうつつを抜かす余裕なんて、今はにゃいのだ」


「違うって。マサさんのどうたら聞こえたから、なんだろなって気に留めてただけで」 


「サクラ、そちらの方は離脱者ではありません。敢えて述べるなら、以前話した非常にいかがわしい方です」


 キリリとした面立ちのポニーテール女史が割って入るなり、俺を非難いや、サクラちゃんとやらに手厳しく紹介する。

 盗賊風の衣装のこちらは、OLさんの格好がよく似合いそうなデカルト隊の参謀役。

 『キョウカ先輩』との静かな声を背中に俺の前へ佇めば、その纏う雰囲気の硬度を上げる。


「そして、イッサさん。まさかあなたが、サーシャさんをお救いになるとは夢にも思いませんでした」


「なんかそれ、誰かにも言われました」


 そんなに俺って、頼りなさ臭みたいなもん振り撒いていますかね。


「まだ魔王討伐作戦は継続中でありますけれども」


 すう、と。ぴしり、と。

 細身の体がこっちへ、くの字で曲がる。


「作戦へのご協力感謝致します。ギルドは貴方の功績を大きく讃えることでしょう」


 貶しからの急激な誉れだったからだろうか。

 お礼を言われて、なぜだか狼狽えることしかできない俺であった。








脱出転移陣ア・テラレ


 人を排した床面のスペースに、青白く光る六芒星の魔法陣が発現する。

 星を囲う二重円。

 魔法陣は、俺が大の字で寝っ転がっても平気なくらいの大きさがある。


「青いは送転陣そうてんじん。確認よし」

 同じ職場の先輩と俺達パーティ、その他多数に見守られながら、黒髪少女が語りきは指差し呼称。

 アリーゼ隊――兼ギルド本部に所属するこの少女サクラちゃんは、デカルト隊では誰も持たない『猟術りょうじゅつ使い』の職種を持つ。


 新設された職種のひとつだから、俺が知らなくても……だし、なんとなくデカルト氏の性格だと、うちの隊からは省かれていただろうから、猟術士を目にする機会はなかったかも。

 レベル主義のデカルト代表補佐のことだ、レベル99未満の冒険者は相手にしないだろう。


「この子がキョウカ女史の助手で俺達の隊に参加してたら、また違ってただろに……」


 補助スキルに特化している模様の猟術使いは、巨人の助けを要するような重く大きな扉すらも、いとも容易く開く”解錠スキル”を持つ。


 とまあ、過ぎ去ったことを悔やんでも時計が巻き戻るわけでもないので、今は唱えられた『ア・テラレ』だ。


 サックリ、魔法陣を通しての転移スキル……らしい。


 青色の魔法陣の側、キョウカ女史が周囲を見回す。


「離脱する者は、サクラが設置した青色の陣を使い外へ。転移先の城外にある待機場は、安全が確保されているので心配はありません」


「あのーキョウカさん、もしかしてこの転移陣って一方通行だったりする? サクラちゃん送転陣とか言ってたから」


 キョウカ女史が擬音のギロ、で応えてくれる中、サクラちゃんが周りへ少し下がりスペースを空けるようにお願いする。


「ええと、こっちに新しく『脱出転移陣』を作ります……」


 既に設けてあった青色の隣に、赤色で発光する魔法陣が刻まれた。


「赤いは受転陣じゅてんじん。確認よし」


「なるほど、一度一組を設置してしまえば、新しい転移陣を作れるんですね」


 と、アッキーが俺の傍らにて身を乗り出す。

 並ぶ”送転陣”と”受転陣”に、何がなるほどなのだろうと小首を傾げていたら、青色の送転陣へ乗った猟術士の少女が、パヒュンと消え去る。


「おお、あっさり消えたな」


「今ので転移された……そういう事なのでしょうか?」


 と、今度はカレンが一歩前へ。

 俺もだけど、カレンもアッキーも興味津々といった様子だ。


「順序は、受け側の発現が先になるようですね。城外にある受転陣へ飛んだ彼女は、今度は向こうで新しい送転陣を設けるんでしょう。二組あれば、送転から受転の一方通行のスキルでも往来が可能になりますから」


「さすが、アッキーは聡明ですね。私は同じ場所に魔法陣を作ってしまって、何を成すつもりだろうと、訝しみながらに眺めるだけでした」


「そんな聡明とかは、やめてくださいよカレンさん。それに、ボクなんかイッサさんに比べたら」


 アッキーとカレンから熱い眼差しが届く。

 どうしよう。転移を見て、ダンジョンからの帰りが楽だよなーの発想と、俺も欲しいなー羨ましいな―の感想しか抱いていませんでしたけれど。


「その、行ったり来たりができるんだね、『脱出転移陣ア・テラレ』って……はっ、ああ、だからかあ……」


 思考が、頭の片隅で引っ掛かっていた情景を引っ張りだしてきた。

 ”緑”の扉から、一斉に現れたアリーゼ隊の姿。


「だから、アリーゼ隊の皆はバラけないで、『狭間の大広間』へ来れたんだな」


「……アリーゼ隊は、猟術士サクラさんのパーティを先行させて、魔王城最初の大規模トラップを転移で越えていたのですね」


「トラップでの転移後、どこか適度な場所に今のような転移陣を作れば、他の冒険者も同じ道筋を辿れますからね」


 俺、カレン、アッキーの順でつぶやき見合わせる顔には、『便利』の二文字が書かれていた。


 ひとつ欠点を上げるなら、好きな時に使えない、かな。

 今回の場合だとバラけるトラップを回避した後に、待機場の受転陣を作ったと思う。

 本来、この受け側は、討伐作戦の終了時を見越して設けたもの。

 予定では、最終局面で送り側を使うはずだったから、その時まで送り側は設置できない、

 つまり、次が使えないスキルってことになる。

 しかしながら。


「任意で転移場所を作れるってのは、かなりすげーよな……」


 俺が感嘆を漏らす頃に、赤色の受転陣が強く輝く。

 戻ってきた猟術士の少女――に、すかさず歩み寄る。


「なあなあ、サクラちゃん。これってパーティしか使用できないとかじゃなくて、俺達全員使えるんだよね?」


「離脱者の方は青色の魔法陣へ乗るだけで……えっと、キョウカ先輩」


 ぐいと食い入ると、サクラちゃんは後ろへ身を引き、助けを求めるようにして顔を背けた。

 うぐ。俺は君をすごく欲しているのに。


「イッサさん。質問は私がお答えします。ただし不要なもの、公序良俗に反する言動は控えて頂きます」


「……普段から控えていますが、『脱出転移陣ア・テラレ』の制約というか、条件が知りたい。例えば動物は転移できるんだろうか、とか」


「はあ、貴方は此処にペットでも持ち込んでいるのですか」


 呆れた顔で睨まれる。

 うぬぬ、俺はただ、身近な転移と言えばの教会に、動物の転移の記録がないから念の為に聞いたのに。

 人間専用かそうでないかを知りたいのだ。


「……下らない」


 キョウカ女史がそっぽを向けば、ポニーテールの尾っぽが揺れた。


「ちょちょ、分かった分かった、待った! ズバッと核心を言うからっ」


 すうーと息を吸う。

 始終、フザケているつもりなんてなかったけれど、俺は意識して真面目であろうとする。


「転移陣……魔王には使える?」



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