第32話 狭間の大広間




 柱廊を渡りきると白塗りの平面が行く手を阻んだ。

 そこに扉と分かる金色と青色の細工で縁取りされた面があり、この巨大な扉の先が目的である『狭間の大広間』なのは一目瞭然だった。

 触れる両の手から一枚岩のようなとてつもなく重く頑丈で厚いものを感じる。


「うぎいいい。こんのデカい扉わああ、なんで閉まってんだつーのおおおお、なんで魔法に扉が開くやつとかねえんだつううううのおおお」


 血管がどうにかなりそんなくらいに力を込め押してみるが、ビクともしない。

 ガンガンノックしても、蹴飛ばして涙目になってもうんともすんとも言ってくれない。


「だからよお、テメエには無理だって言ってんだろ。無駄なところで張り合おうとするな。邪魔だどけっ」


 渾身の踏んばりに息を荒げる俺の後ろでは、戦斧を構えるライアスが虫を払うような手つき。


「一緒に押そうとかはないのかよ」


「俺が巨人にでも見えるか。一人や二人でどうこうできるような代物じゃねえくらい見た目で分かれよ」


「言われなくても分かるさ。けど、もしかしたら動くかもしんねーだろ。やってみなくちゃ」


「やらなくても分かれって話なんだけどよお。まあ、テメエがこのまま俺の攻撃の餌食になろうとも別に構わねえけどな」


 ギランと輝く目。


強靭強化ウルクアレク


 ライアスの体の周りを無数の細く赤い光線が走る。

 攻撃力上昇スキルが発動されれば、双刃の戦斧がブンとくうに円を描く。


「ちょ、まさかその斧でこの扉を破壊するつもりかよ!?」


「俺のこの武器の付加スキルの効力は、対象が硬ければ硬いほど破砕力が増す。気が乗らねけどお、そいつをぶっ壊すには おあつらえ向きってやつだ」


 足幅を大きく取り重心を低くしてみせたライアス。


「んじゃ、行くぜ! 『絶命の破撃』だおらああっ」







 粉塵が収まる場所に穴が開く。

 辺りには砕かれた石が大小様々な形になって転がる。

 俺も一緒になって転がっている。

 少し離れたところではどことなく愉快そうな戦士が立つ。


「あ、危ねえな……半端ねー威力だったぞ。巻き添え食らうところだったじゃねーかっ」


「惜しかったな」


 悔しそうな浅黒い顔と白い歯を向けられる。

 その後、俺が起き上がり破片にまみれていた衣服をパンパンはたいていると、ライアスの持っていた戦斧が炭のように真っ黒になってポロポロと朽ちていった!?


「ああ、これか。『絶命の破撃』は強力だがよ、武器と引き換えの大技だからな……まあ、仕方ねえ」


「そ、そうなんだ。……なんか悪いな」


「テメエに謝られる義理はねえ」


 中にいる仲間の為にやったことだ、とポツリつけ足された俺は開かれた道へと視線を送る。

 遠くに蠢く者達の影がそこにはあった。


「俺はよお……」


「ここから先、刻印持ちがいると周りが戦いに集中できない。まだ俺は行ける側の人間だった。それだけだろ」


 ギシギシ奥歯を噛みしめている音が聞こえそうな背ける顔から、今後は俺が顔を逸らす。

 その顔は、隠れようがない場所で存在を消そうと息を殺していたサーシャへと。

 ずかずか側まで歩いてガシっと腕を掴む。


「よし、行くぞ」


「待て待て待つのじゃ。妾は今、武器ナシの戦士とどちらが安全なのかを考え中なのじゃ。忙しいのじゃ」


「好きなだけ忙しく考えてろ。俺の方は、ちょっと思いついたことがあるから遠慮なくお前を連れて行くからさ」


 ずりずり引きずってゆく。

 そんな折、大声で呼び止められた。


「どうしたライアス」


「おい、イッサっ」


「だからなんなんだよ。二度も呼ばなくても聞こえてる」


「……別に大したことじゃねーけどよ」


 一気に下がる声のボリューム。

 いやいや極端過ぎだし、それに。


「大したことじゃないなら、急ぐから今度にしてくれ」


「あの女っ。……ヘビ女がまだ戦ってたらよお、俺が折角逃げ道を作ってやったんだ、無理すんなって……」


 ふーむ。意外と大したことだった。

 なるほど、そうかそうか……そうだったのか。ライアスのやつってばルーヴァのことを。


「分かった伝えとく。お前の方こそ敵は魔王だけじゃないから気をつけろよ。ライアス、扉俺一人じゃどうにもならなかった。これ、ありがとな……いや、ありがとにゃ」


 否が応でもこれから冗談を吐く余裕なんて微塵もないだろうから愛嬌なんだけどさ……なんか、殺すぞとか聞こえる遠吠えを受けた。


「あいつ冗談が通じないよな」


 扉へ穿たれた不格好な穴の壁へ手を掛ける。

 人が通る程度には申し分ない。

 厚い隔たりだったが、数歩で潜れる。

 俺とサーシャは『狭間の広場』へ――その足を踏み入れた。

 ほんのさっきまでのライアスといた場所と時間そのものの存在が、どこか遥か遠くへとぶっ飛んでいく。

 今はまだ身近ではないしろ、奥から伝わってくる戦いの張りが隅のここですら息苦しくさせる。


「分かっちゃいたから……」


 目が耳が鼻が肌が直接知るものが、思うよりも濃厚だったとしても気構えには問題ない。

 でも、あれはなんなんだよ……。

 小さな家なら二、三十軒建てれそうな円形状のスペース――中央より奥に絶え間なく動きのある冒険者の集団が二つ。

 敵と戦う冒険者達ってのは百も承知な上、敵は予想通り魔王以外見当たらない。

 やっぱりモンスター達にとって、ここでの死は痛手ってことだろう。それにもしかすると魔王の『黄泉の刻印』は俺達だけではなく、配下のモンスター達も巻き込むのかも知れない。

 好都合な状況だ。構えていた状況だ……が。


「なあ、サーシャ……魔王が双子だったなんて知ってたか」


 驚愕の事実というか、驚愕の現実だった。

 大広間には、魔王が二人いた。


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