第25話 なんとなくが彼の良さです

 


 高台の戦場を背に丘を歩く俺とカレン。

 俺が珍しく真剣な顔をしていたからだろう。

 デカルト隊指揮官の元へ向かう最中、


「……情けないなどとは思っていませんよ。つまらない挑発にも乗らず、立派なものだったと思います」


 カレンが、ふとこんなことを言ってきた。

 見れば真剣な眼差しが迫ってきた。


「ああ……と、そんな大真面目な顔で言われるとなんか照れくさいような……でも、ありがと」


 俺の感謝の言葉は、ふふ、とカレンを笑顔に変える。

 そっちの方が、いいな。

 俺も合わせて口元を緩めた。


「いやさ、別にライアスのイチャモンを気にしてたってんじゃないんだ……。なんつーか、あいつ俺になんで魔王討伐作戦に参加してんだよ的なこと言ってたろ。それで、俺が魔王を倒す理由ってなんだろうなあ……って」


 カレンには苦しむ人を助けたいと願う強い正義がある。

 俺にもこの正義の感情はあるけど、カレンの前で口にできるほどの志ではない。


 ルーヴァは、魔王への復讐が動機だ。

 復讐なんて言葉は聞き心地悪いが、彼女の故郷の家族は散々魔王達に弄ばれたそうだ。

 人体実験とでも言えば良いのだろうか。

 魔王が治める領土の近隣に位置したルーヴァの村人の半数は、魔王の配下に連れさらわれ、その後数年に渡り、村へ戻ってくることはなかったらしい。

 そして、戻ってきた者はもう以前の面影もないくらいに精神を朽ち果てさせていたそうだ。


 それで、戦士ライアスもルーヴァと同じ理由から復讐を誓う。

 あいつがひたすらに強さへ固執するのは、復讐を遂げる為の力が欲しいと願う欲求からくるものだろうと、ルーヴァは俺に語った。


 アッキーはアッキーで自分の欲望に忠実だ。

 あのには、スキル珠の為ならどんな苦労も厭わない覚悟を感じてしまう。

 それに比べて俺は……。


「……理由がなければ駄目なんでしょうか」


 立ち止まるカレン。

 だから俺も足を止め、振り返ることになる。


「いや駄目っていうか、それなりに理由ないと、なんか適当な感じっていうか、なんとなくじゃ不真面目じゃね?」


「私に不真面目になりなさい、そう言ったのはイッサですよ?」


 少しからかうような口調のそれだったが、


「カジノのあれとこれとは話が違うって」


 カレンは無邪気な笑みを浮かべると、こうも言葉を続けた。


「なんとなくでいいじゃないですか。イッサはなんとなく居るだけで、なんとなく頼りになるんですから」


 言って、軽やかに歩き出せば俺を通り越して先へ。

 そうして直後、言い忘れていたことでもあったのか、真っ直ぐな長い黒髪をふわり膨らませ、くるり振り返った。


「私達の魔法使いはやる時はやる魔法使いです。期待してますよ。イッサの手は私の手でもありますから」


 要は私の期待に応えるのが理由になります。カレンはそう言いたいのだろう。

 再び向き直ったカレンは艶やかな髪を揺らし、サクサク先を行く。

 俺は跳ねるような足取りの道標を追いかける。

 可憐な乙女の背中に、なんとなくな俺はなんとなくやる気を充填させられるのであった。







 簡易テントを張り、テーブルが置かれるだけの作戦室。

 俺やカレンを含めた数名の冒険者達が集まるそこで、


「ベルニ隊の奴らが魔王に襲われた」


 デカルト隊指揮官マサさんの口髭が動けば、そんな言葉が飛び出た。

 北へ向かって進軍する俺達。

 三つに分かれた隊の一つベルニ隊は、俺達から一番遠い東端から北上していた隊だ。


「それで、ベルニ隊と魔王がどうなったと言うとだな……」


 俺達に難しい顔を見せるマサさん。

 そんなマサさんの二の句を継いだのは、隣に座するポニーテールの女性。

 デカルト隊の参謀役というか、本部からの伝令役でもあるギルドのエージェント盗賊職のキョウカ女史である。


「魔王からの襲撃は、ごく僅かな時間の奇襲に近いものだったと聞き及んでいます。魔王は配下のモンスターともどもこちらを殲滅させるわけでもなく、撤退。だだしこの襲撃により、ベルニ隊は半数近くの人員を失いました」


「魔王も奇襲とかセコいことすんのな」


 と俺の率直な感想は、キョウカさんの眼差しを更に鋭利なものにしてしまう。


「今回デカルト隊もベルニ隊からの戦力の補充要請に応える為、隊からどのパーティをベルニ隊へ派遣するか。皆さんの意見を伺いたくて集まって頂きました」


「ん? 補充って、こっちから人員割くより、あっちの教会から隊に戻ったほうが早いだろ。なんでわざわざアリーゼ隊や俺達の隊から人間送るんだ?」


 『俺なんか変なこと言った?』との顔を向けたマサさんは険しい表情のまま。

 ならばと、隣のカレンへ同意を求めたら似たような顔。


「失った。それはベルニ隊の人達が教会送りにならなかった。そのように解釈しても良いのですね」


「ああ、カレンちゃんの言う通り、どうやら魔王からトドメをもらった奴らが、行方知れずになっているらしい」


 マサさんが向き合う相手を、より一層悩ませる頃には俺も理解した。


「魔王城だと教会送りにならずに、どこかへ飛ばされる。その現象がベルニ隊で起きてるってことか。なんか……いろいろ痛いなそれ」


 冒険者達のほとんどは今回のジェミコルに燃えてたから、どこかへ転移させられた奴らもいずれは合流してくるだろうけれど、いつになるかは分からない。


 あと、魔王自身が直接攻撃を仕掛けてきた事実もそうだが、その攻撃が戦闘後にも影響する痛手を被こうむるものとなれば、今以上に警戒を高める必要性が出てくる。

 より慎重な行動と移動が求められる結果は、攻める俺達側からすれば負担以外の何者でもない。


「クククッ、どうせバレちまうのにねえ。デカルトのハゲは隠し通すつもりでいるのかい。どうなんだい? そこの盗賊女」


 皆が注視するテントの端。

 半身にして佇む艶やかな衣装に身を包むミロク。煙管を吹かすさまは見慣れたもの。

 しかしながらその見慣れた妖女の艶姿が、この作戦会議の場で見れたのは珍しいことである。


「なんの話してんだよ?」


「今の話にあった連中。この世界のどこを探しても見つからない。そう、アタイがそこの女の代わりに間抜けな坊や達へ教えてやったのさ」


「今の話にあった連中。この世界のどこを探しても見つからない。そう、アタイがそこの女の代わりに坊や達に教えてやったのさ」


 問いには答えてもらえた模様のそれであったが、よく分からんぞミロク。


「そんなシケた面をアタイに向けんじゃないよ。カビ臭くなっちまうだろうが。

さっきの話は魔王からの挨拶、見せしめって言ってんだよ。これ以上ちょっかい掛けてくんなら、てめえらをあの世に送ってやるってな」


「……ミロクさん。隠しているつもりはないのです。ただ貴方の仰るような教会送りにならない死を、魔王が本当に行えるか確証がない以上、むやみに不安を煽るような発言を」


「あー、ウゼーウゼー。確証だ? あの世に逝っちまったもんが口きけるわけねーだろ。お前馬鹿か?」


「ミロク、分かった分かったから、頼む落ち着いてくれ、いや下さい。キョウカさんもなんかすみません。その、あれだな――」


 つまりあれだよな、


「魔王は俺達が教会送りにならないような攻撃をできるって話だよな。いやー魔王すげーな、教会に送られないとなれば俺達復活できないし、本当に死んだも同……然」


 ん、だと!?


「おいおいおいおい、おいっ。それマジかよ。本当にそうなのかよ!? なんでお前そんなこと知ってんだよっ、魔王ってマジでそんなことができるのかよ!?」


「さあーてね。けどそれができるから、魔王なんじゃないのかい」


 そう答えるミロクは、冷たく笑う。



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